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第11話 いつもと違う朝
しおりを挟む──宿のオーナーであるニコライに頼み込みレックスを宿に受け入れ看病したソフィは、疲れ果ててその傍らで眠っている。
意識の遠い外から私を呼ぶ声がする。
「……フィ……ソフィ!」
「うにゃ? …………シュティーナしゃん?」
「何を寝ぼけているんだい! そろそろ目を覚ましな!!」
シュティーナさんに促されて窓の外を見てみると既に日が高く昇り、新しい一日が始まっていた。
「ご、ごめんなさい! 直ぐに準備を……」
[木漏れ日亭]の一日は早い。
本当であれば早朝から仕事が始まるのだけど、どうやら寝過ごしてしまったみたいだ。
「いいよ、ゆっくりと支度しな。朝の仕事はもう終わってるから」
「……ごめんなさい」
「いいんだよ。昨日はその子の看病で忙しかったんだから仕方ないさ。ほら朝ごはんが冷めてしまうから、早く降りて来るんだよ」
「はい」
シュティーナさんが部屋を出ていき、私はベッドの方を見やる。
そこには容態が落ち着きスヤスヤと眠るレックスがいるのだが、あれだけ騒がしくしたのに目を覚ます素振りをみせない。
昨日は汚れていたが綺麗に拭いてあげた顔を良く見ると、本当に人形のように整った顔をしている。
「早く目を覚ましてね」
そう言いながらレックスの頬をつついて、私は自室に戻る。
そこで初めて、昨日から服を着替えてすらいないことに気付く。
……そっか、昨日は慌ててたし、そのまま寝落ちしちゃったんだ。
時間が無いのでお風呂に入ることは諦めても、とりあえずは体を拭いて着替えを済ませてから食堂に向かうと、そこには湯気を上げるご飯が用意されていた。
「いただきます!」
遅く起きてきたのに、わざわざ温め直してくれたシュティーナさんの心遣いに思わず日本人らしく声を発してしまうと、不思議な顔をされたのは言うまでも無いが別に気にしない。
そして食べ終わった頃に、ニコライさんとオットーさんがやって来る。
「それではちゃんと説明をしてくれるか?」
「はい……」
昨日はレックスを宿に受け入れる為に奔走したので、レックスを連れてきた経緯をしっかりとは説明出来ていなかった。
なので裏道でレックスと出会ったこと、そしてレックスから聞いた話をする。
「まず、不用意にそんな場所に行ったことを叱りたい所だが……」
「ご、ごめんなさい」
ニコライさんとオットーさんは真面目な顔をして私を叱ってくれる。
叱られているのだけれども、大人になるとなかなか心配をされて叱られるということはなかったので、二人の気持ちが嬉しいくなって口元が緩む。
「コラッ! ちゃんと聞いているのかソフィ!!」
「はい!」
「返事はいいんだが……まぁいい、だが危険なことになりかねないから今後は裏道を一人で出歩かないように」
「分かりました」
裏道にたどり着いたのも、この町のどこが危険なのかまだ余り分かっていなかっただけなので、今後は気を付けよう。
「それで彼……レックス君のことだが、どうするつもりなんだい?」
「どうするって、どういうことですか?」
「彼は孤児なのだろう? それも他に身請けのいないな。それならば放っておけば、そこらで野垂れ死んでもおかしくはない。だから君が彼をどうしたいのか聞きたいんだ」
つまりこのままレックスを見捨てしまうか、私が責任を持って面倒をみるかどちらを選ぶのかということだろう。
「私は彼を助けたいです」
「簡単に言うが君は彼のことを良く知っている訳ではないのだろう? それも出会ったばかりだ。君がそこまで手を貸す必要はないのだぞ?」
確かに私はレックス君のことを良く知らないし、しかるべき大人に任せて見て見ぬ振りをしてしまう方が良いのかもしれない。
それでも、わがままかもしれないが目の前で困っているレックス君を見捨てるなんて選択肢を私は取りたくないし、助けるべきだと思う。
「確かに私が手を貸す理由は無いかもしれません。でもあの時、あの場所で、私が死にかけのレックス君を見つけたのは何か意味があるのだと思うのです」
私はニコライさんの目をじっと見つめ離さない。
だがその沈黙を破ったのは横にいたオットーさんだった。
「分かった、彼は私が責任をもって面倒をみよう」
「オットーさん、あなたそんなこと……」
「もういいんだ、ニコライさん。私はもう、陰でこそこそとするつもりは無い」
……えっ、えっ? どういうこと?
「ソフィ様、今まで黙っていましたが、私は国王様に仕える騎士のオットー・ミルドです。これまで国王様の命で、ソフィ様を見守らせて頂いておりました」
オットーさんは心臓側の胸に手を当てながら跪き敬意を払ってくれる。
これまで村人Aぐらいにしか思っていなかったオットーさんが、まさかの王国の騎士だったとわ……全く気付かなかった。
「なんで、そんな……いや私はもうジャイアヌス様とは婚約破棄をしたのですから、そんなことをしていただく立場では無いのですよ?」
「いえソフィ様は尊敬すべき御方です。今は国王の命でなく、私がこうすべきだと思ったからこうしているのです」
私は頭を下げられるような人では無いし、何だか恥ずかしくなってきたので止めて欲しいのだが、話が進まないのでこのまま話を聞くことにする。
「……分かりました。ですが本当にオットーさんがレックスの面倒を見てくれるのですか? 別に私が面倒を見ても良いのですよ?」
「もちろんです。ミルド家の名に懸けて二言はありません。それにソフィ様よりレックスは歳上やもしれませんので、ソフィ様が後見人となるのは難しいかと」
「そうなのですか?」
「はい。それに彼には解決しなければいけない問題もあるようですが、今のソフィ様には解決出来ないでしょう?」
確かにレックス君は娼館から逃げ出してきたと言っていた。
なので今はまだレックス君の権利の一切はその娼館のオーナーが持っていることになる。
それは伯爵家の娘ではなくただの市民となった今の私に解決できる問題ではない。
「そうですね……分かりました。それではオットーさんに全てお任せします。よろしくお願いしますね」
こうしてレックス君の処遇が決まったので、私は今日の仕事に取り掛かろうと席を立とうとする。
しかし目の前の視界が歪み……。
「あ、れ……」
「ソフィ様!」
……ああ、たぶん風邪がうつったんだね。
そりゃ動き回って疲れていたのに、病人の側で寝落ちしたらそうなるか……。
こうして反省を繰り返しながら意識を手放し、その場で眠りにつくソフィであった。
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