61 / 61
第11章 マーロ商会
#59 冷蔵庫
しおりを挟むハヤトは試作品に魔力バッテリーを内臓させて、冷蔵庫を完成させる。
マーロ商会との交渉の為に、秘中の秘でもある魔力バッテリーを組み込むことは躊躇われたが、ウェルギリウスが手を回し悪用はされないようにしてくれるだろうと判断したのだ。
アダムスにも魔力バッテリーを内臓させることに許可を求めたところ、意外にもすんなりと話が進み、交渉の道具に使う許しを得ることが出来た。
これでマーロ商会と再び会談に臨む為の道具は整ったのだが、肝心な事の用意がまだである。
ハヤトは相談をするためにもウェルギリウスの元に向かうことにした。
■■■
ハヤトとヒソネは聖都市にあるウェルギリウスの自宅に到着し、実演の為に作った小型の冷蔵庫を持ち込む。それは小型ではあるが二段に仕切られて冷蔵と冷凍の実演が出来る優れものだ。
「これは一体、何なのかな?」
「開けて頂けると直ぐにわかりますよ」
ウェルギリウスは不思議そうな顔をするも、恐る恐る冷蔵庫の扉を開ける。すると流れ出してきた冷気に驚き、そして中に入っていた瓶を取り出す。
「冷たい……これは魔法で冷やしておるのだな?」
「ええ、その通りです。もう一つの扉も開けてみてください」
ウェルギリウスはハヤトの言葉に従い、下側の扉も開ける。そこには凍った液体の入った瓶が入っており、ウェルギリウスは再び驚く。
「凍っているだと……こんなことが……これも魔結晶で制御する技術かね?」
「はい、上下で二つの魔力バッテリーを用いていて、それぞれに程度の違う氷系の魔法を刻んでいるんですよ。それで冷蔵と冷凍を分けています。食材が傷まないように保存するための冷蔵庫という商品です」
「もはや驚くことは無いと思っていたが、こうして実物になるとその凄さが分かる。これは流通を変えてしまうかもしれんな……」
遠くの場所から鮮度を保ち運ぶ為には、食材が傷まないようにしなければならない。
日本では当然に冷蔵で輸送する技術が確立し、各家庭でも冷やして保存することが出来る。
しかしこの世界では、これまでにそういった設備が確立しておらず、必要ならば魔法師が作り出した氷で保管するのが常だった。だがそれでは氷が溶けるまでという輸送の時間的制約が発生するか、魔法師を常駐させなければならないのでならず莫大な費用が掛かるので、食材の為に使われることなど滅多にない。
「価値をお分かり頂けて何よりです。これは魔法が使えなくとも普通の人が魔力を注ぐだけで使えますから、使い勝手は良いですからね。まぁ今はまだ作製コストが高すぎて一般向けに販売できるような値段ではないですが、商人には売れること間違いないでしょう」
「ああ、これがあれば運ぶことの出来なかった物を聖都市に持ってくることが出来る。それは莫大な利益を生むだろうからな」
簡単に手に入れられる場所で入手して、入手困難な別の場所で売ることは商人の基本だ。そこに無いものだからこそ、付加価値が生まれる。
これまで聖都市で手に入れることが難しかった生鮮食品を売れるとなれば、多くの人が買い求めるだろう。
「この冷蔵庫を交渉材料にと考えているのですが、その為にもウェルギリウスさんには約束して貰わなければならないことがあります」
「……それは、やはり魔力バッテリーを使用しているからかね?」
「はい……やはり魔力バッテリーを世に出すということは、それなりに覚悟をしなければいけません。こちらでも手は施すつもりですが、ウェルギリウスさんにはマーロ商会に魔力バッテリーを世に出さないことを約束させて欲しいのです」
魔力バッテリーを複製することは簡単ではないだろうが、それでも不可能ではない。
複製を防止する手立てを確立するまでは、冷蔵庫もそうだが魔力バッテリーを内臓した魔道具を対外的に商品として販売するわけにはいかないのだ。
「ふむ……ということはマーロ商会で冷蔵庫の使用を独占してしまって良いということかな?」
「……まぁ、そうなりますね」
ウェルギリウスは直ぐに意図を理解し確認してくる。
新たな市場の独占は商人にとってはまったくもって甘美な響きだ。
ウェルギリウスは現役を退いているとはいえ、脳内ではバッチリとどれぐらいの利益がもたらされるか計算されているだろう。
「分かった。今回の提携話が纏まった暁には、マーロ商会の現会長には私が必ず約束をさせよう」
「ありがとうございます。断られたらどうしようかと思っていたので、良かったです」
「ハハハ、お互いにとって損が無いどころか利益しか無いのに断ることなどないよ。それに君の為になら、多少の無茶は聞いても良いかなと思っているよ」
「それはありがとうございます。ではお願いついでにもう一つ、お願いがあるのですが……」
「何かね?」
「ラーカス商会は冒険者向けの商品に対しては充実しているのですが、如何せん食材や料理に関してはからっきしなのです。交渉は自ら行いますが、どこに行けば良い食材を買え、聖都市でどの料理人に調理を頼めば良いのかお教え頂けないでしょうか?」
ハヤトの頼みにウェルギリウスは何やら考え込んだ険しい表情になる。
「ふむ……その情報料は高くつぐぞ?」
「……ええ、当然に見あった対価はお支払いたします」
息を飲んで返事をしたハヤトを見て、ウェルギリウスはニヤリとし再び口を開く。
「それならば私にも美味しい料理を振る舞って貰おうかな」
「えっ!? そんなことで良いのですか?」
「ああ、構わないよ。だが私の舌を納得させるだけの、とびっきりのおもてなしを頼むよ」
「はい!」
こうしてハヤトはウェルギリウスに再交渉の場を整える手伝いをしてもらい、マーロ商会と再び交渉を行う準備に取りかかった。
ウェルギリウスに教えて貰った各地に点在する最高の食材を仕入れ、会場も最高の準備を整えていく。
ウェルギリウスの紹介だと伝えると、皆が快く交渉に応じてくれたところを見るに、ウェルギリウスの人柄が伺える。そして何処に運ぶのか伝えると驚かれるのをセットにしながら、食材を購入しては聖都市に運んでいく。
お店の一室を会談の場とするのだが、そこには実験でボツとなった物も組み合わせを変え設置した。この世界には無い快適な空間を作り出せ、ヒソネにも大変好評だったので、交渉相手にも喜ばれるに違いない。
こうして全ての準備が整い、ラーカス商会の行く末を決める、マーロ商会との再交渉が始まるのであった。
0
お気に入りに追加
711
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
男女貞操逆転世界で、自己肯定感低めのお人好し男が、自分も周りも幸せにするお話
カムラ
ファンタジー
※下の方に感想を送る際の注意事項などがございます!
お気に入り登録は積極的にしていただけると嬉しいです!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あらすじ
学生時代、冤罪によってセクハラの罪を着せられ、肩身の狭い人生を送ってきた30歳の男、大野真人(おおのまさと)。
ある日仕事を終え、1人暮らしのアパートに戻り眠りについた。
そこで不思議な夢を見たと思ったら、目を覚ますと全く知らない場所だった。
混乱していると部屋の扉が開き、そこには目を見張るほどの美女がいて…!?
これは自己肯定感が低いお人好し男が、転生した男女貞操逆転世界で幸せになるお話。
※本番はまぁまぁ先ですが、#6くらいから結構Hな描写が増えます。
割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて!
♡つきの話は性描写ありです!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
誤字報告、明らかな矛盾点、良かったよ!、続きが気になる! みたいな感想は大歓迎です!
どんどん送ってください!
逆に、否定的な感想は書かないようにお願いします。
受け取り手によって変わりそうな箇所などは報告しなくて大丈夫です!(言い回しとか、言葉の意味の違いとか)
作者のモチベを上げてくれるような感想お待ちしております!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
理不尽な異世界への最弱勇者のチートな抵抗
神尾優
ファンタジー
友人や先輩達と共に異世界に召喚、と言う名の誘拐をされた桂木 博貴(かつらぎ ひろき)は、キャラクターメイキングで失敗し、ステータスオール1の最弱勇者になってしまう。すべてがステータスとスキルに支配された理不尽な異世界で、博貴はキャラクターメイキングで唯一手に入れた用途不明のスキルでチート無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ご指摘ありがとうございます。
パッと見でどこなのか分からなかったので、そのままにしときます……。
スミマセン。
まだ色々と文体が安定していない中で書いた作品なので、後日に全面改稿を予定しています。なのでその際に見つけて修正しますm(__)m
感想ありがとうございます。
指摘箇所を修正しましたm(__)m
更新、頑張ります( *・ω・)
感想有難うございます。
そう言って貰えると励みになります。
魔王を倒すのはもう一つの話に任せるつもりなのでアヴラムに出逢う所までが区切りかなと思っていますが、それまでにこの商会をNo.1にしないといけないので今後はその過程を書いていく予定です。
とりあえずはアヴラムの方を5万字書かないといけないと思って頑張っているので少し更新が止まりぎみですが、ゆっくりと待っていただければ幸いです(´-ω-`)