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第0章 アヴラムは決意する

#5 決別の時

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 聖騎士団から謹慎を言い渡された次の日、アヴラムは再び国王に謁見することになった。

 国王はアヴラムが目の前に来ると、挨拶もそこそこに諭し始める。

「アヴラムよ! 心を入れ換えて勇者に付き従うのであれば、ワシはお主を咎めたりはせぬわ。勇者もお主のことが心配だからこそ、今回のことは水に流して赦してくれるそうだ。それに勇者だけでなく皆も心配しておるぞ」

 体よくあたかも正義が勇者側にあるかのように言われても、既にアヴラムには届かない。

 国王は事実を知らないだけなのかも知れないが、このまま聖騎士団、そして勇者一行に残ることで陰謀に巻き込まれる可能性は高い。そうなると飼い殺されることは目に見えている。

 謹慎を言い渡され聖騎士団に取り上げられた聖剣の代わりに、国王が新たな剣を授けてくれるそうだが、そんなものは必要ない。相棒とも呼べる聖剣を失った時に、ここでのアヴラムの命は尽きたも同然だ。

 これまで[救国の聖騎士]と持て囃されてはいたがそれは聖剣があってこそでもある。写真や絵などが出回らない世界で伝わるのはその人の特徴的な物だけで、アヴラムの場合は金髪で蒼の魔石が埋め込まれた聖剣を携えている、と言った具合だ。
 聖剣を失った今、アヴラムを[救国の聖騎士]と認識できる要素はほとんど無くなったと言える。金髪の人などこの世界ではめずらしく無いのだ。
 もし聖騎士団が情報を操作し、新たな象徴となる人を打ち立てれば、アヴラムが[救国の聖騎士]と呼ばれていたことを分かる人などいなくなるだろう。

 もし、このまま勇者のパーティーに居続ければ、他の仲間のように甘い汁をすすって美味しい思いをすることができるのかもしれないし、それは多くの人にとっては特権に映るのかもしれない。
 だが、今も城の侍女達に囲まれている、あの欲望に従順な勇者に付き従うことが、本当にアヴラムのやりたいことかと聞かれると答えは否である。

 それならば答えは一つ。

■■■

 思ってもいない答えだったからか、国王の傍らで話を聞いていた神官達が騒ぎ立てる。

「なっ!! お前は国王のせっかくのご配慮を無下にし、さらには王命にも逆らうつもりか!?」

 改めて退団の意思を告げると、神官から引き留めとも取れないような、罵詈雑言に近い言葉を掛けられる。
 勇者や仲間達も引き留めてくるが、アヴラムの決意は固まったので知ったことではない。

 勇者も根は良い所があるのかも知れないが、人は変わるものだ。これ以上一緒にいることで、お互いが駄目になるくらいならば、その前に別々の道を選ぶ方が良い。そしてこれからは、それぞれで魔王を倒す為に頑張るべきである。

 流石に命まで取られるのであれば、暫くは大人しくしてタイミングを見計らってから逃げ出そうと思うのだろうが、そこまでの扱いにはならずに済むことになった。

 それならば正式に堂々とここから去るだけだ。

 神官は避難の目を、勇者とその仲間達は何故なのかと不思議そうな目をアヴラムに向けているが、気にすることはない。むしろアヴラムにとっては仲間だと思われていたのだと思うと不愉快なくらいである。

 勇者パーティーを抜け出すのであれば、と交換条件に出されたものはアヴラムにとってはもはやどうでも良いことだ。

 特権の剥奪、名誉騎士としての称号剥奪、これまでの功績の削除、聖騎士団からの永久除名などなど。
 つまりこれまでの実績を全て取り消し、騎士としては追放処分にされるということなのだが、別に困ることは無い。

 確かに聖剣を取り返す機会が無くなったというのは痛いのだが、取り戻す為に払わなければいけない負担を考えると、それもやむ無しだ。
 おそらく聖剣は後任の聖騎士団員に引き渡されるはずなので、魔物討伐に役立ててくれることを願うしかない。

 色々な地位の剥奪などは身内がいたならば迷惑を掛けかねないが、アヴラムは孤児であり天涯孤独の身だ。それに唯一の家族と思っていた聖騎士団も、もはや帰る場所とは思えない。

 ならばもう、何も迷うことは無いのだ。

■■■

 これまで積み上げてきた全てを失ったアヴラムは今、城を出た先にある門の前にいる。

 家は聖騎士団の本部の中にあったので、引き払う手間も無ければ、物もあまり持っていなかったので、出るとなったら本当に呆気ないぐらい簡単に物事が進んだ。
 手元にあるのはこれまでに貯めた僅かばかりのお金と、一般の冒険者にも劣るぐらいの装備だけである。

 武器は聖剣しか使ってこなかったが護身用の短剣があるので、Aランクの魔物でも出てこない限り、不覚を取ることは無いだろう。

 別れを告げた時に聖騎士団の中で仲の良かった人達に止められはしたが、もうあの勇者、そして教会内部に渦巻く陰謀に付き合うのは耐えられないので、留まるわけにはいかない。
 中には国王の息の掛からない、貴族の護衛職を紹介してくれる人もおり、いろいろ引き合いはあったのだが全て断った。
 幼少期より戦い続けてきたアヴラムは、せっかく自由の身になれたので、思うがままに生きてみたいのだ。

 アヴラムは心残りはもう無い……と思ったが、一つだけ放置していることがある。
 幼少期から共に育ったイヴリースに何も告げていないのだ。しかし、むしろ任務で聖都市から離れていて助かったと思う。
 もしもイヴリースがこの場にいたら何をしでかすか、分からないのだ。

 このまま聖都市に留まり続けることも出来ないので、イヴリースには申し訳ないがこのまま黙って旅立つことにした。

 アヴラムは既に聖騎士団から手を切られた身で、国王にも目をつけられている。聖都市に留まり、人に迷惑を掛けたくも無いのだ。

 いつもなら行われる出立式など存在するはずもないし、見送りも断った。王と教会に歯向かった自分に荷担していると思われるのは申し訳ないからだ。


 こうしてただの一般人となったアヴラムは聖都市を一人静かに後にするのであった。
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