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春が来ました

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「ノア・キャロラインです!ど、どうぞよろしくお願いします!」



桃色のふわふわとした頭が、ばっと下げられ、そして勢いよく元に戻った。

緊張しているのか頬も桃色に染まっている。前髪からのぞく大きな瞳は、春空のような薄い水色だ。



ノアの様子が微笑ましくて小さく笑みを零すと、僕は右手を差し出した。



「よろしく。僕はジョエル・アンダーソン。ジョエルって呼んでね、ノア」

「は、はい…!ジョ、ジョエル…先輩…」



はにかみながら恥ずかしそうにそう言った主人公は、文句なしに可愛い。

え?まじでちんこついてる? なんて、貴族にあるまじき絡みをしてしまいそうなほど可愛い。





季節は春。

ゲーム通りに討伐授業で光魔法の才能を開花させたノアは、エドウィン王子に目をかけられて執務室へと呼ばれていた。

王子も最初は様子見というところだろうが、ゲーム通りに進むなら、これから急展開で関係性が縮まっていくのだ。



リアルなゲームの展開をこんな近くで見られるなんて…!

王子に目を付けられたことも、結果オーライだったかもしれない。



「…おい、いつまで握ってる」



考えに耽っていた僕は、べりっと引き離された右手の感触に目を見開いた。

不機嫌そうな顔をしたセレスティンが、僕とノアが繋いでいた手を引き離したところだった。



「セレスティン」

「……まったく、また無自覚に誑し込んで…」

「え?」

「…ぼーっとするな。キャロラインが困っている」



そう言われてノアを見れば、確かに彼は頬を赤くして俯いていた。

握手にしては長く握りすぎて、恥ずかしかったのかもしれない。



「ごめん、ノア。考え事をしていて…」

「い、いえ!全然かまいませんから!」



赤い顔でぶんぶんと首をふるノアの表情に、とりあえず嫌悪感がなさそうで安心する。

ノアとセレスティンも今日が初対面のようだったのに、セレスティンがもうノアを守るように動いていることが驚きだった。

やはり彼は、ノアに惹かれるようになるんだろうか……そんな考えがよぎって、少し心の奥が痛む。



「今日はノアも初日だし、皆で一緒にランチでもどうだ?」

「いいですね!そうしましょう」



僕らのやりとりを面白そうに見つめていたエドウィン王子の提案で、僕らは学園のカフェテリアに向かった。





************************************



「ジョエル様!」



カフェテリアに足を踏み入れてすぐ。

聞き慣れたその声に振り返ると、そこには予想通りの笑顔があった。



「やあ、ダリア。来ていたのか」



子供のように走り込んでくるダリアに条件反射で腕を広げると、ぽふんとその体が腕の中に収まった。



「お会いできて嬉しいです!お昼休みはいつもこちらで?」

「いつもは殿下の執務室にいるんだ。今日は特別だよ」

「そうなんですの…。入学したら、ジョエル様と一緒にランチをするのが夢でしたのに」

「…今度時間を作るよ。少し待っていてくれるかい?」



宥めるようにその赤い髪を撫でると、ダリアは頬を染めて嬉しそうに笑った。





「……ジョエル、そのご令嬢は?」



背中からかけられた殿下の声に振り向くと、王子もセレスティンもノアも、目を丸くしてこちらを見ていた。

いけない。彼らと一緒にいたのをすっかり忘れていた。



「失礼しました、こちらダリア・フォレスト侯爵令嬢です。僕とは幼馴染でして」

「ご挨拶もせず、御前で失礼いたしました。今年から学園に入学しました。どうぞよろしくお願いいたします」



慌てて淑女の礼をしたダリアは、この2年でさらに愛らしい少女に成長した。

あんな小さかった女の子がこんな立派になって…と、少し兄目線で感動してしまう。



「エドウィン・ロワ・ゴールグレイだ。入学おめでとう。こちらはセレスティン・ギルクラウドと、ノア・キャロライン。ジョエルと一緒に僕の執務を支えてくれている」



王子の簡単な紹介に、セレスティンとノアが軽く礼をした。

心なしかセレスティンの表情が固く見えるのは、気のせいだろうか。



「ご紹介いただき光栄ですわ。ジョエル様からのお手紙で、殿下とギルクラウド様のお話は、よく伺っておりました」

「ほう、ジョエルはなんと?」

「お二人のことが、とてもお好きだと」

「こら、ダリア」



照れくさくてそう嗜めると、ダリアは「ごめんなさい」といたずらっぽく笑った。

微笑みあう僕らの様子を見ていた殿下が、口元に薄い笑みを作った。



「ジョエルにこんなに親しいご令嬢がいたとは、知らなかったな。…もしかして、婚約者か?」

「まだ正式なものではありませんけれど、内々には。私が学園を卒業する時にー…」



さらりと婚約事情を話し始めたダリアに、僕は内心慌てた。



侯爵家の令嬢であるダリアは、伯爵家の僕からしてみれば格上の相手だ。

当然侯爵家としては、僕よりいい縁談が来ればそちらをとりたいわけで…言わば僕は、キープされているようなものなのである。

王子たちにダリアのことを話さなかったのも、婚約がまだ正式なものではないからだった。



「ダリア、まだ正式に決まったわけではないだろう。周りに話してはー…」

「ジョエル様以上に素敵な方なんていないのは、お父様もよくわかっておりますわ。それに私が、ジョエル様以外と結婚するなんて嫌がりますもの」



学徒軍の隊長を務めた魔法の実力を持ち、王子の覚えもめでたい秀才。

地味顔だが、由緒ある伯爵家の嫡男であるし、我ながらなかなかの優良物件である。

正直ダリアの言う通り、この婚約はそのまま進むだろう。



とは言え、まだダリアが悪役令嬢の取り巻きとして断罪される可能性も消えたわけではないし、未来に何があるかはわからない。

これ以上王子たちに余計なことを話される前にと、ダリアとの話は切り上げて、半ば殿下たちの背中を押すようにしてカフェテリアの席につかせた。







「はぁ……」

「まさか婚約者がいたなんて知らなかったよ。水臭いじゃないか、ジョエル」



席に座り疲労感から溜息を吐いた僕に、王子がニヤニヤと声をかけてくる。



「ですから、内々のものだと言ったでしょう。正式に決まるまで、お話しするつもりはありませんでした」

「………正式に、受けるつもりなのか」



低く、温度のないその声は、ずっと黙っていたセレスティンから発せられたものだった。

高温の炎が燃えているような深い青の瞳が、まっすぐに僕を見つめている。周りの空気を凍り付かせるようなその視線に、思わず背筋が伸びた。



「受ける、というか……選ぶのは僕ではなく、フォレスト侯爵家だよ」

「選ばれれば、結婚する気なのか」

「それはそうなるだろうけど……って、いっ!!」



ガシっと勢いよく掴まれた右手首の痛みに、思わず声が出た。

驚いて顔を上げると、僕の手首をひっ掴んだセレスティンが、その勢いのままカフェテリアの出口に向かってずんずんと歩き出した。



「ちょっ…!?セレスティン!?」



声をかけたところで、彼の歩みが止まる気配はない。

助けを求めて後ろを振り返ると、殿下が頬杖を突きながら笑顔で手を振っていた。


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