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【恋愛編】
負けずぎらいの令嬢は、原因と結果の間にあるものに思いを馳せる
しおりを挟むウッドヴィル本邸に辿り着いた時、わたし達......お兄様と、わたしと、ジンジャーは精神的疲労でヘロヘロになっていた。
話し続けたレジーは精神的にはまだまだ余裕がありそうだったけれど、声が枯れていた。
ヘトヘトになっている私たちを見て、お父様は「細かい報告は朝」と一言命じ、それを聞いたカーターが使用人総出で全員の風呂の用意をするように伝え、各自が部屋で食事を摂れるよう取り仕切った。
ああ、お家がいちばん。って、こういう時に思う。
使用人が各自の仕事をするためにテキパキと散った後、お父様はお兄様に話を聞くため書斎へ行き、お母様がわたしの方へ歩み寄ってくる。
「おかえりなさい、シャーロット」
「お母様」
背が高いお母様は凛とした雰囲気のクールビューティ。
わたしにとっては自慢の母で、愛情深く、少し怖いかた。
だけど、それだけじゃない、......ひとりの人間で、女性で、誰かの友人で、いろいろな思いがあって、わたしを育てて下さった。
昨日と今日とで、見る目が変わった。
お母様がわたしの全身を惚れ惚れと眺めて言う。
「似合うわ、スタンフォード卿に告げられたのね」
そう、そうだわ。
今朝、求婚されたのよ!お母様にとってはそれが最新ニュースよ。
「はい、お返事もしました」
「明日結果を聞かせてちょうだい。お父様がいちばんでなくてはね。スタンフォード卿の愛情の深さは、この翠色のドレスを見れば一目瞭然です」
「お母様......あの、いつからご存知だったの? スタンフォード卿が計画されてたこと」
「半年前かしら。貴女のデビュタント前には緑の染料を完成させたいが、デビューに間に合わなければ、シャーロット嬢のエスコートはセオドアにしていただけないか......と、お父様に直訴の手紙を」
「大胆......、」「それだけ必死なのが伝わってきたから、お父様もこっそり支援したのよ。染料の開発を」
レジーにそんなに求められていたと知って、わたしは頬を染めて俯いた。
「レジーとわたしの願いを叶えようとして下さったのね。お父様、......お兄様、お母様も」
原因と結果の間にあるもの。
わたしがレジーをお慕いしたのが原因、両思いになれて、恋が成就したのが結果。
なら、原因と結果の間にあるのは......。
そう考えたら、たくさんの出来事が絡まり合っているのがわかる。
お兄様が学院でレジーと友達になったから、お父様がお兄様に"友達を連れてくるように"と命じたから、わたしはレジーに出逢えた。
レジーがお転婆で生意気なわたしに呆れなかったから、わたしは優しいレジーに恋をした。
お母様がわたしを貴族の型に嵌めず、自由に育てたから、レジーはわたしを好きになってくれた。
レジーが、貴族として苦しんだ過去があったから。
お母様を亡くされたレジーの、入学の時期が遅れたから。
残された日記を読んだから。
ウィロー様が日記を残したから。
お母様とウィロー様の関係が、うまくいかなかったから。
レジーのお父様が......ウィロー様との関係を修復しようとなさらなかったから......。
いいことも、悪いことも。
愚かさも、思慮深さも。
失敗も、成功も。
出来事のぜんぶが、今のわたしとレジーの婚約に繋がっているのがわかる。
手を繋いで、長い時間をかけて美しい模様を描く、レース編みの模様みたいに。
+++
わたしがお風呂で世話されている間に、ジンジャーは家令と家政婦長との面談にいった。
いつもわたしを世話してくれているエリカが、なんだか懐かしい。
エリカはあわ立てた海綿でわたしの腕を撫でながら、うずうずした気配を送っている。
昨日何が起きたか知りたくて仕方ないんだろう。
「エリィ、あの赤毛の彼女だけどね。お兄様が侍女にスカウトしたのよ。話してると面白いだけじゃなくて、すごく賢い人よ。仲良くしてね」
「お話しできるのが楽しみですわ。お嬢様、おまかせください......あのぅ」
「いいわよ、聞きたいことは何?」
「ありがとうございます、あの、そのスタンフォード卿とは......一晩ご一緒に過ごされて......」
モゴモゴ言いにくい感じで尋ねられる。
「ジンジャーがいてくれたのだから、誤解されるようなことは何もないのよ?」
「あああ......ですよねぇぇ!」
エリカが安心した、というようにパアッと明るい声になって、笑ってしまった。
「昨日、報せが届いた時はちょっとした騒ぎになったんです......。スタンフォード卿のお人柄を私どもは存じてますけど、その、外聞的にはあまりにも大胆でしたし.....。」
わたしの髪を洗っている、エリカと同期の黒髪の女中デイジーも、昨夜の本邸の状況を話してくれた。
眉をへにょりと下げて、エリカが続ける。
「そうなんです......。細かいことは我々には伝わっていなかったんですもの。やっぱりお供をするべきだったと、私ども落ち込みましたわ」
「感謝するわ、そんなふうに心配してくれたこと」
「......シャーロット様」
侍女二人は嬉しそうにすると、しゃんと姿勢を直し、軽く会釈した。
レジーのご実家の使用人の話を思い出す。
わたしは恵まれてる、恵まれてることに気づかないで済むくらい、恵まれてきた。
主人を主人と思わない、どうなったって自分には関係ない、そういう者だっているのだ。
この環境を当たり前と思ってはだめ。
十分温まって体を拭き取る布を持つエリカに歩み寄りながら、わたしはウィンクした。
「エリィ、誤解されるようなことはなかったけどね、 昨日と今日で、色々あったのよ? この家を出る前には思いもしなかったことが、色々と。わたし頑張ったわよ、あなたの言う通り」
「......!!」
エリカの目がキラキラになった。
「あのお方との仲に、進展が!?」
コクリと頷く。
「そっ、それって、お気持ちを伝えるところまで行けたんですか?」
たんぽぽみたいな髪色のデイジーも意気込んで訊いてくる。
トントン優しく髪を拭ってくれる手が弾んでいる。
やっぱりみんな恋のお話が好きなのね。
照れながら惚気る。
「スタンフォード卿も同じ気持ちだって......」
きゃあ!と二人の歓声が揃う。
ああ、お行儀悪い、我が屋敷のメイドたち。
「それでね......、あの、聞きたいことがあるんだけど。エリィとデイジーは、恋人はいる?」
二人がスンとなった。
「そんな暇、ありません」
「ここには好みの男、いません」
「えぇ......」
いないの? うち、近侍と従僕はイケメン揃いだと思うんだけど。
「顔はいいかもしれないですけど!あいつら中身はタラシとナルシストとドMとゲイです!」
ポカンとした。
「......なんて?」
「デイジー、お嬢様に変な言葉教えないで!」
「はっ!失礼しましたぁ......」
「ええと、よくわからないけど、恋人がいないのはわかったわ......」
うちの男性使用人が見掛け倒し?だってことも、なんとなくわかったわ......。
夜は冷えるし、髪を乾かすために暖炉に火を入れてもらった。
暖かく乾いた空気の中で、お肌の手入れもする。
ジンジャーが戻ってきて、恐縮しながら残り湯を使った。
新入りにエリカとデイジーが優しくて、ホッとした。
でも、エリカもデイジーも恋人いないのは意外だった。
恋人のキスのことは誰に聞けばいいのかしら。
ジンジャーだけじゃなくていろんな人の話を聞きたいのに。
お母様とお父様がどんな感じなのかはあんまり知りたくないのよね......。
ツルツルのむき卵みたいになって、さっぱりしたところで夕食をいただく。
レジーも今頃くつろげているかしら。
男性陣は一緒に行動してるかもしれないわね、寄宿学校で居住を共にして、勝手知ったる仲ですもの。
わたしも混ざりたいって、何度思っただろう。
一人、姉妹がいたらよかったなぁ......こういう時、家の中で同じ立場の人が誰もいないのは寂しい。
温まった膝の上に、ビョンと黒い毛玉が乗ってきた。
「ブラッキー」
むるぅ、と喉を鳴らして目を細めるふわふわのオデコにキスをする。
ブラッキーは黒に近い焦茶色の雄ネコで、目は金色。
わたしの愛猫で、家族全員の間を渡り歩いて誰かしらにいつも構われている。
食事の邪魔だけど膝からおろせなくて、カトラリーを置いてなでなでしまくった。
可愛い。寂しさが癒えていく気がする......。
食事が中断してしまっているので、侍女たちに声をかける。
「エリカも、デイジーも、冷めちゃうから順番にお湯を使ってきて。今ジンジャーは家政婦長といるのかしら」
「使用人部屋に通された後でしょうから、お仕着せにお着替えして屋敷内の案内中だと思いますわ、新人のお決まりコースです」
「お嬢様、彼女の呼び名なんですけど......その、いいんでしょうか? 赤毛のジンジャーって......」
言いにくそうにデイジーが眉を曇らせる。
赤毛の人を侮蔑する言い方についてデイジーは心配しているのだ。ジンジャーって呼びかけるのは意地悪な言い方だったりする。それは私も気になってた。
「彼女本人が、言ったの。"ジンジャーと呼んでくだせぇ"って......。本名は別にあるってことよ。何か考えがあるんだと思う。お兄様もわたしも、そのまま呼んでるわ。何か問題があったら、お母様かカーターが言うでしょうから、それに従って」
エリカとデイジーは素直に頷いた。
「はい」
「言葉についても、わたしは訛りを直せと言うつもりはないから、そのままでね。何よりその方が、会話のテンポが良くて楽しいの」
「彼女は、馬鹿にされたり、からかわれたりするのが、嫌じゃないんですね......」
「相手を見極める手段なんじゃないかと、わたしは推測してる。さぁ、どっちか下がって」
目線でエリカが勝ったらしい、先に行った。
気まぐれなブラッキーも、満足したのか膝から降りて次の甘え先に巡回しにいった。
やっと食事が再開できる。
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