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最終章?

冒険

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「言っておくが、シズクは転生者じゃない。俺たちと同じ[転生者の篝火]、こっちの世界の人間だ」
「……は?」

 意味不明なことを言い出したウォーカーに俺は唖然とする。シズクが[転生者の篝火]? 

「いや……いやいやいや、そんなわけがないだろう? だって、シズクは──」
「奴が持つ『奪力ステータススティール』という特典」

 俺の震えた声にウォーカーは上から言葉を被せてくる。やや強い語調、こちらの反論などハナから聞く気がないらしい。

「それは、相手のステータスを奪うという能力だが、似たようなものを俺たちは知っているだろう」
「……似たようなもの。転生者特典を我が物とする力……」

 ──[転生者の篝火]の力だ。

 気付いてしまう。なぜこんな単純な類似点に今まで気付かなかったのか。それとも内心では気付いてたのに、ずっと目を逸らし続けていたのか。

 俺が答えに辿り着いたことに、ウォーカーは意地の悪い笑みを浮かべる。

「篝火の力で初めに奪った『奪力ステータススティール』、それを使って奴はずっと転生者のフリをしてきたんだよ」
「いや……そんな……証拠は!? 証拠があるのか!?」

 食いかかるように俺がウォーカーに詰め寄る。座ってなどいられなかった。だがウォーカーは余裕の表情で、座ったまま俺を見上げた。心做しかその表情は取り乱した俺を楽しんでいるように見える。

「証拠か。良いだろう、少し過去を旅行するとしよう」

 ウォーカーは、机の上に置いた俺の片腕をおもむろに掴む。そしてスキルを発動した。

「<歴視トリップヒストリー>」

 瞬間、俺の視界は暗転する。

***

「ここ……は?」

 鳥の鳴き声、暖かな陽光、砂と家畜の匂い。久しぶりに感じた外の空気に俺が目を開ければ、そこは見知らぬ村だった。古い建築様式の家がぽつぽつと並んでおり、どの家にも小さな畑が隣接していた。舗装されていない道には、これまた古い様式の衣服を着用する農夫が牛を連れて歩いていた。

「時間としては二百年前、まだ共和国が教国の一部だったぐらいの昔。場所としては帝国の辺境の村。シズク、本名エイミー・レンブラントの生まれ故郷だ」

 隣に立つウォーカーが指をさす先を見てみれば、一軒の家があった。その窓には、エプロンを着けたシズクによく似た少女が料理をしているのが見える。

「齢十七歳、彼女は[転生者の篝火]の称号を獲得する」

 ウォーカーが指を鳴らす。と、同時に一気に景色が夜になった。そしていつの間にかシズクの寝室と思われる場所に俺は立っている。シズクはベッドに腰かけて、髪を結っていた。

「向こうからは見えてないのか」
「あぁ。これはあくまでも過去を一方的に見ているだけに過ぎないからな」

 そんな話をしていると、突然、。シズクが「えっ……?」と口に手を当てて驚きの表情を浮かべた。何も無いところを一心不乱に見つめる彼女、恐らくはステータスを見ているのだろう。

「それは転生者の旅人が村に訪れる前日のことだった」

 再び場面が変わる。太陽は登り、大体昼頃だろうか、今度はシズクの家のダイニングだった。シズクの面影を持つ年老いた男女二人とシズク、そして客人と思しきシズクよりも幾つか年上の女性がテーブルを囲んで食事をしていた。

「すみません……こんなものしかなく」
「魔物を撃退してくれた恩人にこのぐらいしかお礼出来ないのは本当に心苦しいのですが……」

 シズクの両親は申し訳そうな表情で女性に謝るが、当の本人はその謝罪をよそに食事にがっついていた。硬いパンを豪快に噛みちぎりながら、ポタージュを流し込む。

「いやっ……っんぐ……良いよ良いよ。私が勝手にやったことだし……っあむ……それに美味しいもん……」
「それなら良いのですが……でも、足りなかったらいくらでも言ってくださいね」
「あ、じゃあもう三本ほどパンを持ってきて欲しいかな。お腹が減ってさー……」
「あっ、ハイ」
 
 客人のあまりの食欲に少し顔が引き攣りながらも、シズクの母は席を立つ。シズクの父はそんな彼女に、煽てるような言葉を繰り返しながら、村の外の魔物の退治もやってもらおうと画策し、それを彼女はのらりくらりと様々な理由をつけて断ろうとしていた。そして、シズクは一言も発していなかった。

「その日の夜、エイミー・レンブラントは転生者の部屋を尋ねる」

 再び場面が変わる。例の転生者の客人に充てられた一室のようだ。そこにシズクが入ってきたところだった。

「あの……お姉さん。ちょっと聞きたいことがあって」
「お姉さんって。私は、あなたは?」

 おずおずと部屋に入ってくる少女を見て、微笑みながら転生者の彼女はそう言った。

「私はエイミー。エイミー・レンブラント」
「そ、じゃあエイミー、私に聞きたいことって何かな? 冒険譚ならいっぱい喋れるよ。ほら、おいで」

 恐らくシズクは各地の村を転々として来たのだろう。居候させてもらった家の子供に話しかけられるなんて慣れっこだと言ったふうに、手招きをして、シズク……いや、エイミーを自分の隣に座らせた。

「ううん、違くて。シズクさんはって知ってる?」
「……え?」

 エイミーの純粋な瞳で問われたシズクは、裏返った声で驚きの表情を見せた。

「それから『奪力ステータススティール』のシズクと、[転生者の篝火]のエイミー・レンブラントは二人で冒険を続けた」

 ウォーカーの合図で場面が切り替わる。そこは氷の洞窟、そこは真っ赤な花畑、そこは鬱蒼うっそうとした森林。場面が変わる度に二人は魔物と戦い、鍋を囲み、おにぎりを食べ、談笑し、まさに寝食を共にしていた。

「どうして……シズクは私と冒険をしてくれてるの?」

 ある夜、火を囲みながらエイミーはそう言った。ずっと思っていたが、その声色や雰囲気は今の『シズク』よりも内向的だ。どちらかと言えば、シズクの方が、俺の知っている『シズク』とは喋り方や纏う雰囲気が似ていた。

「んー、私はさ、理由も分からないままに何故か別の世界に転生しちゃってるわけでしょ? だから私の目標って、転生の謎を探すことで、」
「うん」
「だから、私に少しでも関係ありそうなものは私にとって生きる希望なの。例えそれが『私を殺せ』って絶えず何かに囁かれている女の子でもね」

 シズクはそう、エイミーに微笑んだ。

「親友のように相棒のように各地を旅する二人だったが、二百年前は転生者が少ないこともあり何の手掛かりも掴めなかった。そして、冒険を初めて二年が経った頃、悲劇が起こる」

 景色が一変する。真っ暗な洞窟だ、湿度が高く、何よりも暑かった。そんな洞窟で二人分の苦しそうな息遣いが聞こえてきた。

「……もう何日かな?」
「……」

 二人は洞窟の地面に横たわっていた。エイミーの手には剣が握られているが、その手にもほとんど力が入っていない。二人とも、やせ細り、目は虚ろで唇は青白く、明らかに死の危機に瀕していた。

 そんな中、シズクの言葉にエイミーは、ただ手を握り返すだけの返事をする。

 傍には何も入っていない空っぽのカバンが落ちていて、後ろを見ても前を見ても、今いる場所の出口は見当たらなかった。恐らくだが閉じ込められたのだろう、と俺は推測する。

「このままじゃ二人とも死ぬ。エイミーも分かってるよね」
「……」
「だからさ、私のことを殺してくれる?」
「へ……?」

 普通の調子で、突拍子もないことを言うシズクにエイミーは首を横に向けて戸惑いの声を上げる。俺も同じだった。

「なん……で?」
「もう食べるものが無いから」
「だから……どうして?」
「生きないと駄目なんだよ。生きないと」

 自分に言い聞かせるようにシズクは二回、そう言った。

「私はね、前の世界では碌な生き方をしてこなかったんだ。退屈な人生の要因を周りの環境のせいだと、当時の私は思い込んで、暗い部屋で青白い光を浴びる毎日を送っていた」

 無理をするような明るい声で、シズクは微笑みながらそう語る。エイミーはシズクの方を必死で見ているが、シズクは天井を、もしくはその先のどこかを見つめていた。

「でもね、そんな生き方を、そんな死に方をした私でも、今はすごく楽しいの。こんなに生きていることって素晴らしいんだって思えた」
「じゃっ……じゃあシズクが──」
「私は良いんだ。本当は私はもう死んだ身だから。エイミーと一緒に旅した二年間は本当に楽しかった」

 シズクはエイミーの剣を持ち上げる。エイミーは必死で抵抗するが、それでも剣を離さないでいることで精一杯だった。

「だから、ごめんね。エイミーは生きてね」

 シズクは自分の首に刃をあてた。


***


「……」
「この後は見せないでおくが……まぁ篝火の仕様をエイミー・レンブラントはこの後、シズクのステータスを受け継ぎ、さらにその肉体までも我が物とし、生き延びた」

 いつの間にか書斎に俺は戻ってきていた。見せられた光景に、どっと疲れが押し寄せて、ついその場に座り込んでしまう。

「そして、同時にエイミー・レンブラントは歪んでしまったんだ」

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