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第二章 『トリプルナイン』

CHAPTER.32 『敗北に直面していかにふるまうか』

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直ぐに戦いの火蓋は切られた。真っ先に、エレーヌは両翼を地面に叩きつけ再び空中へ飛び上がる。

光魔法マージドゥルミエ曜刃絶撃ようじんぜつげき』!」

月を背にエレーヌは上空から右手を大きく振って、ジェントルとルカへと光の刃を次々と降らせる。が、ジェントルが大きく展開させた傘によって彼らに届くことなく全弾潰えてしまう。

「そんなッものじゃ!私の傘は貫けませンよッ!」

ジェントルがそう煽る。
その直ぐ横で、ルカは横笛を軽やかに奏で、近接戦を仕掛けようと迫り来るプロ子にイノシシと熊、カラスをけしかけ足止めをする。

「もうっ、近付けない!」
「任せて。権能行使:強化エンハンス加速アクセラレーション!」

もどかしそうに動物を押し退けるプロ子を見たエレーヌが左手を掲げて叫べば、上空に残存する刃の輝きが増した。

「それがッ天使の力でsっ!?」

ジェントルが言い終わらない内から、矢継ぎ早に降り注ぐ、先よりも速く、先よりも鋭い刃。
易々と傘を貫かれ、二人が慌てて脱出する。
動物たちは、ルカの集中が途切れたせいかバラバラに逃げる。その瞬間が好機と言わんばかりに、プロ子は脚部のブーストを稼働させ一気に距離を詰める。

接近したプロ子は地面を強く踏み込んで跳ぶ。同時に砂煙を立たせることで、一瞬、二人の視線をその場に誘導する。
横にジャンプしたプロ子は更に空を蹴って加速、ジェントルの真横まで近付く。そのまま、空中から回転蹴りでジェントルを勢い良く吹っ飛ばし、二人を分断した。



「咄嗟に盾で防いだんだ。やるね」
「そうしなければッ、腕が折れる所でしたからッ!」

ぐにゃり、とへしゃげた盾を投げ捨てて、ジェントルはポケットに右手を突っ込んで何かを取り出す。
プロ子はその動きを警戒して、ジェントルに接近、すかさず手を抑える……が、ジェントルは微塵の焦りも顔に出さない。

「爆弾、デスっ!」

そう高らかに宣言した左手には確かに手榴弾が握られていた。
視認したプロ子は俊敏に後ろ飛びして距離を取る。が、そんな様子を見てジェントルは嘲る。

「スグにはッ爆発しませン!ピンをッ抜いてからが本番ッデス!!」

解放された右手でジェントルはピンが外れた状態の手榴弾を空高く投げた。

これで八日目クリエイション、『手榴弾×20』!」
「その?……っまさか!」

プロ子が想像したとおりに、ジェントルの手にピンが外れた状態の手榴弾が顕れる。だが、プロ子にそちらに意識を向ける暇は無い。
既にさっき投げた手榴弾が眼前に落ちてきていた。

プロ子のボディは未来の最先端技術によって生み出された異次元の高硬度を誇るものだ。並みの攻撃では傷一つ付けられない。実際、魔女の魔法では一切ダメージを受けなかった過去がある。
そこでプロ子は手を交差させて、脳へのダメージだけを避けた。

「おっとッ!言い忘れていましたが」

ジェントルは、手の中の手榴弾を先ほどと同じように宙へ投げてからプロ子に話しかけた。が、プロ子は無視して、次の動きを考える。

、特別製デス」

ジェントルの言葉はプロ子の耳には届かなかった。
眩しい、そうプロ子が思った次の瞬間には背中に鋭い痛みが走る。視界に葉が落ちたことから、プロ子は自分が吹き飛ばされたのだ、と気付いた。
爆発音による耳鳴りの中、態勢を立て直そうと思い、右手を地面に着こうとしてプロ子は違和感を覚えた。

「右手が……動かない?」

プロ子の右手は肘あたりから砕けていた。
プロ子の頭が真っ白になる。想定外の損傷に、脳裏に浮かぶ膨大なエラーが代わりに思考を埋め尽くす。

「可哀想にッ」
「……っ!」

ジェントルの声でプロ子は正気を取り戻した。まずはこの場からの避難だ、とプロ子は冷静に思考を再開する。背にしている木を思い切り蹴りつけて、前回りの形で立ち上がって飛来する手榴弾から間際で逃れる。

「元気ッですね!ですが、これでお仕舞デスっ!これで八日目クリエイションっ、『透明マント』!」

ジェントルが異能を使った。
そう認識した次の瞬間には、プロ子は彼を見失っていた。

「どうですッ!ワタクシの姿、見えますかッ!?」

勝ち誇ったような声が響き渡る。

「光学迷彩……じゃなさそうだね」
「そんなモノっと同じにしないで下さいッ!これも現代科学じゃ真似出来ない特別製デスっ!」

プロ子は声のする方を探ろうとしたが、それも分からない。恐らく、それすらも隠す代物しろものなんだろう、とプロ子は推測した。

「ただ、欠点があるとすればッ!」

後ずさったプロ子に何かがぶつかる。

「コチラから攻撃すればッ壊れてしまうとこデスっ!」

ジェントルはプロ子の背中に銃口を突きつけ、ゼロ距離で拳銃の引き金を引いた。




バサバサ、という羽根の音と心地よい笛のメロディーが夜に映える。空を覆い尽くす数千羽を超える膨大な数のカラスは、一声も鳴かなかった。統率された動きで、縦横無尽に空を舞うエレーヌを追い掛け続ける。

「あー、もう!」

圧倒的数の暴力によって、直ぐにエレーヌは囲われた。視界が奪われ、翼も身動きが取れないほどに全身カラスに包まれる。自慢のゴールドの髪をついばまれ、全身鉤爪で引っ掻かれて彼女は我慢の限界に達した。

「出来れば殺したくなかったんだけど、仕方ない!光魔法マージドゥルミエっ『輝姫きき影滅皇光覇えいめつこうこうは』!」

力強くエレーヌが詠唱した、その刹那。
彼女の両翼が一層眩しく輝いて、囲い込んでいた数十羽のカラスが一斉に融解する。
しかし、直ぐにその空白を埋めるようにカラスが密集する様子を見て、ルカは満足気にせせら笑った。エレーヌは、その嘲笑をカラスの隙間から目にしたが、逆に笑い返して、こう唱える。

「権能行使:拡散ディフュージョン!」

天使の権能によって、融解した場所から放たれたのは更なる光。その光によって、融解したカラスがまた新たな光を放ち、連鎖反応的にカラスが消滅していく。

「っ馬鹿な!ここまでとは……!」
「んー、やっぱ明るい方が良いな」

エレーヌの光によって一瞬、夜の闇は取り払われる。勿論そこには、先刻までのカラスは一匹たりとも居ない。

「じゃあ、終わりにする?」

冷や汗を垂らすルカにエレーヌが勝利を確信したエレーヌが地上に降り、一歩進んだその時だった。

ドスンっ、というにぶい衝撃がエレーヌを横から襲った。

「あがっ……!?」

あまりの衝撃の鈍重さに、エレーヌは軽々と吹っ飛ばされる。

「ここまで使役に時間が掛かるとは、な」

エレーヌに体当たりをしたのは2トントラックほどの現実離れした体格の猪だった。

「お前がアレだけ、カラスを殺した所為で山の主様もお怒りだぜ」

未だうずくまって嘔吐えずくエレーヌだが、それでも戦意は失われていない。懸命に立ち上がろうとする。

「はっ!威勢だけは良いなァ?まぁ良い。『押し潰せ』」

再び、巨大な猪はエレーヌへ向かって突進を始めた。
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