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結:Bパート
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日が昇り始め辺りが段々と明るくなり、鶏達が朝を告げる鳴き声でフィアルは目を覚ました。隣というか、目の前にはフウがピッタリとくっ付いて寝息を上げている。喋り疲れていつの間にか寝てしまっていた様だ。それでも空飛ぶ絨毯は、目的地へと向かってくれていた様である。眼下に広がる懐かしい景色に、フィアルの胸は高鳴っていく……
シェリオン領……山々の織りなす地形で天然の要害を成しているが、それだけ自然豊かで平野部もあり、豊富な水源は農業・畜産・工業を支える礎となっている。豊富な食料と良質な武器が、一地方領でしかないシェリオン領をフリーブラッド帝国から守っているのであった。だからこそフリーブラッドの侵略の魔手が迫っていたという矛盾を抱えながら。
今は畜産を担う朝の早い領民達が、家畜の放牧をしている最中だ。無数の牛や馬達が眼下に広がっては、思い思いの場所で自然を享受している。
「帰って来たのね……シェリオン領に……」
「うん!おかえり、フィー!」
どうやらいつの間にかフウも目覚めていた様だ。朝日の様な明るい声が掛けられる。
「シェリオンのお家までもうすぐだね!屋敷の人達にも教えてあげなきゃ!」
するとフウは口に手を当てて、ごにょごにょと何かを話している。フウは風の龍『風津蛇』、その風は音となり、遠く離れた場所に居ようと伝えたい人物へと届けられる。
直接、人の世に干渉出来ないヤマタノオロチは、直接的に人を殺める事などが神々の盟約によって制限されている。その制限下でも「フィーの力になりたい」と伝令役を買って出てくれたフウのお陰で、未熟な自分でもフリーブラッド帝国相手に戦ってこれたのだとフィアルは感謝している。今もそうだ……
5年間、便りの一つも出すことが叶わなかったフィアルの代わりに伝言してくれている。そうでなくても嫁にいった身で出戻って来たのだから。幾らフィアルでも、言い出しにくい事だってあるのだ。
「キルヒアイスさんが、『直ちに奥様とお坊ちゃまを起こしますから、一刻も早くお戻り下さいお嬢様!屋敷の者一堂、皆お待ちしております!』だって、待たせちゃ悪いみたいだから少し飛ばすね?掴まってフィー」
まだ朝になったばかりの時間帯だが、屋敷の者達の朝は早い。特にシェリオン家執事長でもあるキルヒアイスは……屋敷の誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝る。キルヒアイスの寝ている所など、フィアルや父・ミリアルドですら見たことが無いのである。朝の弱い母マリエル、その特性を受け継いだ弟レイガルドは言わずもがなである。その母と弟を起こすという難事件から準備が始まると言うのなら……
「慌てる必要は無いわ、むしろ寄り道していってもいいんじゃない?」
「フィーがそう言うなら……それじゃあ慣らし運転も終わったし、今から少し本気のドライブしよっか!」
「えっ!?それはちょ……」
っと、と言う暇も無く世界はその姿を歪めた。声を置き去りにする……音を超えた速度によって。
「とうちゃーく!」
「……ふ……フウ……?……ひょっとして、怒ってる……?」
世界を何周したのか分からない。トンでもない寄り道にフィアルは息絶え絶えだが、フウは相変わらず元気一杯だ。
「勿論です、私は大変怒っています!フィーが神器を手放した事にではありません。フィーが私に何の相談も無く、私とお別れしようとした事にです!」
「それは……ごめんなさい。でもね……」
「謝る必要なんかないよ、フィー。罰ゲームはさっきので終わり!これでお互い、今まで通りの元通り!それでいいでしょ?」
「フウ……」
「おっといけねーや、お嬢さん。涙は家族との再会までとっときな!……なーんてね」
「ふふ……そうね、フウ。戻って来たんですものね」
フィアルが顔をあげると、そこには懐かしい門構え。豪華絢爛な宮殿、バーミンガム城に比べたら小さく、無骨で、要塞や砦と言った方がしっくり来る見た目かもしれない。でもここが自分が産まれ育った我が家……
自然と高鳴る鼓動を抑えて、ゆっくり近づいて行くと……城門の如き重厚な鉄の扉が左右に開かれた。その中央に立つのは、執事服姿の老紳士。オロチと違うのは、七三に分けて香油で整えた髪型、右目にはめた単眼鏡。同じ所はロマンスグレーの髪色と、溢れるダンディズムか………
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「只今帰りました、キルヒアイス」
一礼して掛けられた渋みのある低い声に、堂々と立つフィアルが応える。臣下の礼を崩さないキルヒアイスにそのまま近づいていくと……
「おかえり、フィアル。よく帰って来てくれたね」
「ただいま、キースおじさん!」
今度はその声に抑えきれない喜びを隠そうともせず、もう一度出迎えの言葉を紡ぐキルヒアイスの首へと腕を回し、老いても尚精強な胸へと飛び込むフィアル。深い皺の刻まれた頬へキスをすると、フィアルの頬へとキスが返された。
小さな頃から変わらない。家臣として、家族としての二度の出迎え。『いつもと変わらない挨拶』
……ああ、私は帰って来たんだ。そう実感させるには、十分な包容をフィアルは感じている。そこに……
「……ぉおおおおねええさまあぁぁーーーーーッ!!」
屋敷の方から甲高い声が、フィアルの元へと爆走して来た。フィアルに迫っても減速せず、腰へとタックルするどこかで見たやり取りは、今度はフィアルが倒れず、優しく抱き止めた。
この光景をフィアルの後ろで見ていたフウから「げっ!?」と、美少女には相応しくない声が聞こえてきたが、今はこっちの元気娘との再会に、フィアルは喜びを隠せない。
「来ていたのね、『マシュー』!会いたかったわ!元気だった?」
「お姉様こそ、お加減如何でしたか?どこか悪いところはありませんか?どんな病もワタクシが治してご覧にいれますわ!」
「残念でしたーフィアルはいつも健康そのものですー。あなたの出番はありません!だから私のフィーから離れなさい、この泥棒ネズミ!!」
「んまぁ、ワタクシのお姉様に交じって毒蛇が紛れ込んでしまっていますわ!しっしっ、どこか遠くへ行って下さいまし!」
「何さ!?」
「何ですの!?」
フィアルをお姉様と呼ぶ娘。『マシュエラ・リエラエル』……マシューは、フィアルの本当の妹では無い。今はまだ……
そんな関係など気にもせずフィアルの事を心配し、一方的にまくし立てるマシューを牽制するフウ。
活動的なフウの格好に対して……おしとやかな神官服に、ピンクに近い赤の髪を二つに纏めた聖職者姿であるマシューなのだが、見た目と中身が合っていない。
もっとも、16歳という少女であるにも関わらず……その癒やしの魔法の才能から『真紅の聖女』と呼ばれるフィアルの母・マリエルが、舌を巻く程の才能に恵まれた才女であるのだが……相変わらずこの二人の似た者同士の同族嫌悪は変わらない。『マングースとハブ』の様に対峙する『赤いマシューと緑のフウ』……フィアルにとっては、『いつもの日常』であった。
じっとしていても目まぐるしく状況が変化していく……だけど5年前と変わらない光景。変わったのはマシューが、フィアルでもびっくりする程に美しく成長していた事だ。当時11歳だった可愛い蛹は、今や立派なレディへと羽化していた。
「私の方がっ!」
「ワタクシの方がっ!」
「はいはい、其処までよ。朝っぱらから女の嫉妬なんて、みっともないったらありゃしないわ」
立派?なレディ達のやり取りは飽きる事無く続いていたが、そこに割り込む中性的な声がどこからともなく聞こえてきた。
「邪魔しないでよ『ミズチ』!今どっちがフィーに相応しいか、大事な話をしているのっ!」
「お邪魔はあんたでしょ……久し振りの再会なんだから、今日くらい譲ってあげなさいな」
「『オネェ』の言う通りですわ!ワタクシとお姉様の運命の再会を邪魔しないで下さいまし!」
「ふーんだっ!あんたの運命の相手はレイ君でしょ!浮気してんじゃないわよ!」
「浮気じゃありません!本気ですわっ!」
「やれやれ、きりがないわね……えいっ」
「きゃっ……ちょっと、ミズチ!」
声の主がどこにいるかは分からないが、突如フウの頭上に魔法陣が出現し、男性の腕が生えてきた。腕はそのままフウの肩を掴んで魔法陣へと引きずり込んでいく……
「聞き分けのない子はしまっちゃうわよーん」
「はなせー!このオカマー!あーん、フィーいぃぃ……」
フィアルへと助けを求めるフウが、頭から魔法陣へと消えていく代わりに、別の身体が足元から現れてくる。
「『オカマ』じゃなくて『オネェ』とお呼び!」
現れたのは花魁と呼ばれた者達が着る様な、派手で煌びやかな着物を身にまとった絶世の美女……にしか見えないが、着物から覗く首筋や肩などが男性のそれを示していた。
緩くウェーブのかかった水色の長髪は簪に彩られ、切れ長の眉にたれ目気味の二重には濃いめのシャドウが入り、左目元のほくろがセクシーだが男だ。頬や唇にも、最低限のメイクしかしていないフィアルなどよりもずっと濃いめに化粧してあり、妖しいまでの色気を醸し出している……が、男だ。内股で立ち、品を作って微笑する姿はどこまでも妖艶だが……今、この場にいる者の中で一番背の高いキルヒアイスよりも余裕で頭一つ大きい長身をした男である。一生懸命に声を作って中性的にしているようだが……
「男、男うっさいわね!ほっといて頂戴!」
「あ……相変わらずみたいね、ミズチ」
「あんらぁ~イヤだわアタシったら、ごめんなさいねぇフィアル。みっともないとこ見せちゃってぇ」
「感謝致しますわ、オネェ。さぁお姉様、これで誰にも邪魔されずに二人っきりに!」
「はいはい、アンタも今は我慢なさい。もう子供じゃないんだから」
「いやーん、オネェ離して下さいましぃ……あーん、お姉様あぁぁ……」
「……やれやれ、これでお邪魔虫達は大人しくなったわね。お待たせ、『僕ちゃん』」
絶える事のない賑やかな日常。個性的な面々の中にあっては、真面目な性格のフィアルでは陰が薄くなってしまう。でもフィアルを中心に、この喧騒は毎日シェリオン家で起こっていた。その見慣れた騒ぎへ、入るに入れないでいた真面目な性格の者がもう一人……
「おいおい、僕ちゃんは止めてくれよ。もう成人したんだからさ……」
「レイ……」
5年前はまだ自分の方が背が高かったのに……いつの間にか見上げる側になってしまっていた様だ。面影はあるが、男の子ではなく男になった顔。それもそうだ、シリウスがもう少年ではないのだから……彼よりは少し年上の弟・レイガルドが、もっと立派に成長していようとも不思議はない。
「おかえり……姉さん」
「ただいま……レイガルド」
シェリオン領……山々の織りなす地形で天然の要害を成しているが、それだけ自然豊かで平野部もあり、豊富な水源は農業・畜産・工業を支える礎となっている。豊富な食料と良質な武器が、一地方領でしかないシェリオン領をフリーブラッド帝国から守っているのであった。だからこそフリーブラッドの侵略の魔手が迫っていたという矛盾を抱えながら。
今は畜産を担う朝の早い領民達が、家畜の放牧をしている最中だ。無数の牛や馬達が眼下に広がっては、思い思いの場所で自然を享受している。
「帰って来たのね……シェリオン領に……」
「うん!おかえり、フィー!」
どうやらいつの間にかフウも目覚めていた様だ。朝日の様な明るい声が掛けられる。
「シェリオンのお家までもうすぐだね!屋敷の人達にも教えてあげなきゃ!」
するとフウは口に手を当てて、ごにょごにょと何かを話している。フウは風の龍『風津蛇』、その風は音となり、遠く離れた場所に居ようと伝えたい人物へと届けられる。
直接、人の世に干渉出来ないヤマタノオロチは、直接的に人を殺める事などが神々の盟約によって制限されている。その制限下でも「フィーの力になりたい」と伝令役を買って出てくれたフウのお陰で、未熟な自分でもフリーブラッド帝国相手に戦ってこれたのだとフィアルは感謝している。今もそうだ……
5年間、便りの一つも出すことが叶わなかったフィアルの代わりに伝言してくれている。そうでなくても嫁にいった身で出戻って来たのだから。幾らフィアルでも、言い出しにくい事だってあるのだ。
「キルヒアイスさんが、『直ちに奥様とお坊ちゃまを起こしますから、一刻も早くお戻り下さいお嬢様!屋敷の者一堂、皆お待ちしております!』だって、待たせちゃ悪いみたいだから少し飛ばすね?掴まってフィー」
まだ朝になったばかりの時間帯だが、屋敷の者達の朝は早い。特にシェリオン家執事長でもあるキルヒアイスは……屋敷の誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝る。キルヒアイスの寝ている所など、フィアルや父・ミリアルドですら見たことが無いのである。朝の弱い母マリエル、その特性を受け継いだ弟レイガルドは言わずもがなである。その母と弟を起こすという難事件から準備が始まると言うのなら……
「慌てる必要は無いわ、むしろ寄り道していってもいいんじゃない?」
「フィーがそう言うなら……それじゃあ慣らし運転も終わったし、今から少し本気のドライブしよっか!」
「えっ!?それはちょ……」
っと、と言う暇も無く世界はその姿を歪めた。声を置き去りにする……音を超えた速度によって。
「とうちゃーく!」
「……ふ……フウ……?……ひょっとして、怒ってる……?」
世界を何周したのか分からない。トンでもない寄り道にフィアルは息絶え絶えだが、フウは相変わらず元気一杯だ。
「勿論です、私は大変怒っています!フィーが神器を手放した事にではありません。フィーが私に何の相談も無く、私とお別れしようとした事にです!」
「それは……ごめんなさい。でもね……」
「謝る必要なんかないよ、フィー。罰ゲームはさっきので終わり!これでお互い、今まで通りの元通り!それでいいでしょ?」
「フウ……」
「おっといけねーや、お嬢さん。涙は家族との再会までとっときな!……なーんてね」
「ふふ……そうね、フウ。戻って来たんですものね」
フィアルが顔をあげると、そこには懐かしい門構え。豪華絢爛な宮殿、バーミンガム城に比べたら小さく、無骨で、要塞や砦と言った方がしっくり来る見た目かもしれない。でもここが自分が産まれ育った我が家……
自然と高鳴る鼓動を抑えて、ゆっくり近づいて行くと……城門の如き重厚な鉄の扉が左右に開かれた。その中央に立つのは、執事服姿の老紳士。オロチと違うのは、七三に分けて香油で整えた髪型、右目にはめた単眼鏡。同じ所はロマンスグレーの髪色と、溢れるダンディズムか………
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「只今帰りました、キルヒアイス」
一礼して掛けられた渋みのある低い声に、堂々と立つフィアルが応える。臣下の礼を崩さないキルヒアイスにそのまま近づいていくと……
「おかえり、フィアル。よく帰って来てくれたね」
「ただいま、キースおじさん!」
今度はその声に抑えきれない喜びを隠そうともせず、もう一度出迎えの言葉を紡ぐキルヒアイスの首へと腕を回し、老いても尚精強な胸へと飛び込むフィアル。深い皺の刻まれた頬へキスをすると、フィアルの頬へとキスが返された。
小さな頃から変わらない。家臣として、家族としての二度の出迎え。『いつもと変わらない挨拶』
……ああ、私は帰って来たんだ。そう実感させるには、十分な包容をフィアルは感じている。そこに……
「……ぉおおおおねええさまあぁぁーーーーーッ!!」
屋敷の方から甲高い声が、フィアルの元へと爆走して来た。フィアルに迫っても減速せず、腰へとタックルするどこかで見たやり取りは、今度はフィアルが倒れず、優しく抱き止めた。
この光景をフィアルの後ろで見ていたフウから「げっ!?」と、美少女には相応しくない声が聞こえてきたが、今はこっちの元気娘との再会に、フィアルは喜びを隠せない。
「来ていたのね、『マシュー』!会いたかったわ!元気だった?」
「お姉様こそ、お加減如何でしたか?どこか悪いところはありませんか?どんな病もワタクシが治してご覧にいれますわ!」
「残念でしたーフィアルはいつも健康そのものですー。あなたの出番はありません!だから私のフィーから離れなさい、この泥棒ネズミ!!」
「んまぁ、ワタクシのお姉様に交じって毒蛇が紛れ込んでしまっていますわ!しっしっ、どこか遠くへ行って下さいまし!」
「何さ!?」
「何ですの!?」
フィアルをお姉様と呼ぶ娘。『マシュエラ・リエラエル』……マシューは、フィアルの本当の妹では無い。今はまだ……
そんな関係など気にもせずフィアルの事を心配し、一方的にまくし立てるマシューを牽制するフウ。
活動的なフウの格好に対して……おしとやかな神官服に、ピンクに近い赤の髪を二つに纏めた聖職者姿であるマシューなのだが、見た目と中身が合っていない。
もっとも、16歳という少女であるにも関わらず……その癒やしの魔法の才能から『真紅の聖女』と呼ばれるフィアルの母・マリエルが、舌を巻く程の才能に恵まれた才女であるのだが……相変わらずこの二人の似た者同士の同族嫌悪は変わらない。『マングースとハブ』の様に対峙する『赤いマシューと緑のフウ』……フィアルにとっては、『いつもの日常』であった。
じっとしていても目まぐるしく状況が変化していく……だけど5年前と変わらない光景。変わったのはマシューが、フィアルでもびっくりする程に美しく成長していた事だ。当時11歳だった可愛い蛹は、今や立派なレディへと羽化していた。
「私の方がっ!」
「ワタクシの方がっ!」
「はいはい、其処までよ。朝っぱらから女の嫉妬なんて、みっともないったらありゃしないわ」
立派?なレディ達のやり取りは飽きる事無く続いていたが、そこに割り込む中性的な声がどこからともなく聞こえてきた。
「邪魔しないでよ『ミズチ』!今どっちがフィーに相応しいか、大事な話をしているのっ!」
「お邪魔はあんたでしょ……久し振りの再会なんだから、今日くらい譲ってあげなさいな」
「『オネェ』の言う通りですわ!ワタクシとお姉様の運命の再会を邪魔しないで下さいまし!」
「ふーんだっ!あんたの運命の相手はレイ君でしょ!浮気してんじゃないわよ!」
「浮気じゃありません!本気ですわっ!」
「やれやれ、きりがないわね……えいっ」
「きゃっ……ちょっと、ミズチ!」
声の主がどこにいるかは分からないが、突如フウの頭上に魔法陣が出現し、男性の腕が生えてきた。腕はそのままフウの肩を掴んで魔法陣へと引きずり込んでいく……
「聞き分けのない子はしまっちゃうわよーん」
「はなせー!このオカマー!あーん、フィーいぃぃ……」
フィアルへと助けを求めるフウが、頭から魔法陣へと消えていく代わりに、別の身体が足元から現れてくる。
「『オカマ』じゃなくて『オネェ』とお呼び!」
現れたのは花魁と呼ばれた者達が着る様な、派手で煌びやかな着物を身にまとった絶世の美女……にしか見えないが、着物から覗く首筋や肩などが男性のそれを示していた。
緩くウェーブのかかった水色の長髪は簪に彩られ、切れ長の眉にたれ目気味の二重には濃いめのシャドウが入り、左目元のほくろがセクシーだが男だ。頬や唇にも、最低限のメイクしかしていないフィアルなどよりもずっと濃いめに化粧してあり、妖しいまでの色気を醸し出している……が、男だ。内股で立ち、品を作って微笑する姿はどこまでも妖艶だが……今、この場にいる者の中で一番背の高いキルヒアイスよりも余裕で頭一つ大きい長身をした男である。一生懸命に声を作って中性的にしているようだが……
「男、男うっさいわね!ほっといて頂戴!」
「あ……相変わらずみたいね、ミズチ」
「あんらぁ~イヤだわアタシったら、ごめんなさいねぇフィアル。みっともないとこ見せちゃってぇ」
「感謝致しますわ、オネェ。さぁお姉様、これで誰にも邪魔されずに二人っきりに!」
「はいはい、アンタも今は我慢なさい。もう子供じゃないんだから」
「いやーん、オネェ離して下さいましぃ……あーん、お姉様あぁぁ……」
「……やれやれ、これでお邪魔虫達は大人しくなったわね。お待たせ、『僕ちゃん』」
絶える事のない賑やかな日常。個性的な面々の中にあっては、真面目な性格のフィアルでは陰が薄くなってしまう。でもフィアルを中心に、この喧騒は毎日シェリオン家で起こっていた。その見慣れた騒ぎへ、入るに入れないでいた真面目な性格の者がもう一人……
「おいおい、僕ちゃんは止めてくれよ。もう成人したんだからさ……」
「レイ……」
5年前はまだ自分の方が背が高かったのに……いつの間にか見上げる側になってしまっていた様だ。面影はあるが、男の子ではなく男になった顔。それもそうだ、シリウスがもう少年ではないのだから……彼よりは少し年上の弟・レイガルドが、もっと立派に成長していようとも不思議はない。
「おかえり……姉さん」
「ただいま……レイガルド」
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