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44話:本当の願い

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ふっと大公の手から力が抜ける。
僕は自分の身体を支えきれなくて、くの字に身体を倒して激しく咳き込んだ。

圧迫され途絶していた気道が広がり、勢いよく空気を取り込んでしまいう。喉も胸もヒリヒリと痛むけど、それでも空気を求めて忙しく呼吸を繰り返した。

「………何故抵抗しない?」

ついさっきまで僕の首を締めていた大公は、感情を伺わせない声で呟いた。
僕は喉を手で押さえながら、僅かに首を傾け視線を上げる。
彼は冷ややかな目で僕を見下ろしていた。

「て……い、こう、しても、無意味、なので……」

掠れる声で言葉を紡ぐ。

「無意味、とは?」

「僕、魔王になったといっても、人間ですから。純粋に力では負けます」

さっきよりは滑らかに言葉が出る。
首を締められた驚きですっかり忘れていた身体の痛みが振り返すのを顔を顰めてやり過ごすと、僕は身体を起こして真っ直ぐに大公を見つめた。

「それに、人間が憎いと思っている大公の気持ちも、分からなくはないので」

僕だって、ユオ様に人間界に連れ去られた時、魔界に戻りたくて、魔王様だったラニットに会いたくて、悲しかったし寂しかった。そしてあの時、人間界の都合だけで理不尽に僕を振り回す人達が憎く感じたのも事実だ。

でも、僕はそのあとラニットの元に戻れたから、まだいい。
でも大公は大事な人を亡くし、元凶となったザガンも倒され、行き場をなくした憤りや哀しみを昇華できずにいる。
そんな彼の痛みが、どうしても理解できてしまうんだ。
ーーそれに………。

「僕はこの世に絶対に必要な存在という訳でもありませんし」

生きる理由もないけど、死ぬ理由もない。そんな惰性で存在していた僕。
今は『審判を下す者』としての役割りがあるし、魔王の座にもついたから、簡単に死ぬつもりはないけどね。

「貴方が死ねば哀しむ者がいるとは思わないのか」

「えーーー?」

ぱちぱちと瞬く。僕が死んで哀しむ人?
いるかなぁ、そんな酔狂な人……。

人間界には誰もいないと思う。唯一可能性があるのはお祖母様だけど、もうお亡くなりになってるし。
真っ黒さん達なら、もしかしたら……?でもあのヒト達、人形だってラニットが言ってたし感情とかあるのかな?

ううん………と考え込む僕を見て、大公は少しだけ冷たかった瞳の色を和らげた。

「貴方は随分と鈍感だ」

え?突然の悪口ですか?
びっくりしていると、ふ、と口の端で僅かに笑んだ。

「そうしなければ、生きていくのも難しい環境にいた貴方には同情する」

静かにそう言うと、大公は踵を返した。

「ーーが、私は魔族だ。自分のやりたいことを、やりたいようにやる」

「貴方が本当にしたい事は何ですか?」

去っていく背中に問う。
彼は一瞬足を止め、でも振り返ることなく歩みを再開させた。

「ーーーーさっきも言っただろう。復讐だ」

短くそう言うと、もう足を止めることなく部屋から出ていってしまった。

「復讐、ですか……」

僕はどっと疲れた気分になって、ゴロリとベッドに転がった。
全身がズキズキと痛む。無意識に胸元に手を伸ばして、服越しにペンダントに触れた。
聖騎士ユオ様の力で作られた石は、まだ治癒魔法の効果があるらしく、痛みがすうっと引いていく。

僕を害して、ラニットに復讐を?
それって復讐になるのかな?

僕は大公が去った後の扉に目を向けた。
『審判を下す者』を殺す事は、人間界への復讐にはなるだろう。
でも、ラニットに対しは何の意味もないと思うけどなぁ。
例えこのまま大公に殺されても、彼は何一つ痛痒を感じないと思う。

それに、大公は本当に復讐を願っているのかな?
それにしては、僕の傷の手当もしてくれてるし、さっき起こす手助けをしてくれた手付きは優しかった。

視線を戻して、白い天井を見る。
大公が望む事は別にある気がする。そしてそれ・・は、何となくだけど、大公自身の『死』なんじゃないかなって思ったんだ。

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