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40話:大公の絶望

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「ヤツは自分の最愛を奪った者達をどうしても許す事ができなかった。だからこそ蛮行に及び、その結果天界からの制裁を受けたのだ」

「何故、その時の人間界は『審判を下す者』を殺めたんですか?」

「それは………」

珍しく言い淀んだラニットは、チラッとプルソンに視線を流した。プルソンは直ぐに視線に気付くと、無言のまま一礼して退室していった。

パタンと執務室の扉が閉まる音が響く。
ラニットは優しい手付きで僕を抱えると、自分と向き合うように体勢を変えた。
片方の手で腰を支えながら、もう片方の手で顎を柔く持ち上げる。のぞきこんでくる黄金の瞳には、心配そうな光が宿っていた。

「魔界の歴史は殺戮と略奪の歴史でもある。せっかくオマエが癒やしの地として選んだのに、失望させたくないが……」

僕を気遣い言葉を選びなが話すラニットに、静かに首を振ってみせた。

「人間界も似たようなものです。清廉潔白な者など王族には殆どいませんよ。骨肉相食むなんて普通にあるし、血を血で洗う戦いなんて歴史書のあちこちに書かれています」

にこっと微笑んで見せると、ラニットは険しかった目元を緩めて明らかに安堵したような゙息をついた。

「そうか……。ならば話そう」

まるで自分の心を落ち着かせるように、僕の髪を梳くとさっきまで重かった口を開いた。

三百年前に魔界を治めていた魔王様はザガンという名前の、異常に血を好む危険な魔族だったそうだ。
保有する魔力は膨大で、望む事は何でも指先一つで叶える事ができた彼は、日々を退屈に暮らしていたそう。

そんな時、不意にザガンは思った。
天界、人間界、魔界がこの世を形作っていると言うけれど、どれか一つを潰したら世界は一体どうなるんだろう、と。

元々血を好む性質の彼は、迷う事なく思い付きを実行し始めた。即ち、人間界の生き物を皆殺しにする、という恐ろしい思い付きを……。

強力な魔力を奮う魔王を前に、人間は為す術もなくどんどん殺されて行く。当然ながらその凶行は天界に届き、最終通告として『審判を下す者』が現れたんだ。

その人はその時、人間界の魔族領にいて、魔王の無慈悲な所業に心を痛め、逃げ惑う人間に救いの手を差し伸べていた。

ーーーーーーが。人間達は考えた。
今、この『審判を下す者』を殺せば、魔界は最後の救いを失くし天界によって滅ぼされるじゃないか、と。

庇う様な事を言いたくはないけど、その時の人間ももう疲弊しきってたんだと思う。
毎日毎日、誰かしら理由もなく惨たらしく殺されていく。明日は自分かもしれないと恐怖に震える日々。

そして、彼らはとうとう実行してしまったのだ。
優しかった唯一無二の魔族を、自分達を守るためという名目で殺めるという事を……。

その時、大公は愛しい人を支援するために魔族領を訪れていて、その場を見てしまったらしい。
助けるために振るった力も間に合わず、人間の手にかかって死んでいく愛しい人の姿を………。

魔族は死ぬと身体は塵となって消えるという。
最後の瞬間を抱きしめる事もできず、ただ風に散っていく愛しい人の姿を見て、大公が何を思ったか。

僕は激しく痛む胸を押さえて俯いた。ぐっと唇を噛み締める。
人間界の歴史書に、そんな出来事なんて一言も記されてなかった。

多分、あまりに都合が悪くて、なかった事にされたんだ。

泣くな、泣くな、泣くな…………っ!
人間である僕が泣くなんて、大公に失礼だ!

でも胸を掻き乱す、酷く苦くて強い感情の押さえ方が分からなくて、僕は詰めた息を吐き出す事もできずにいた。

すっと、頭の後ろが温かなモノで覆われる。
何だろ……と思う間もなくぐっと力が籠められ、気付いたらラニットの胸に抱き込まれていた。
頭に当てられたのは、ラニットの掌みたい。
あやすように頭を撫でつつ、優しい力で僕の額をラニットの胸に押し付けている。

「オマエを悲しませたくはない。知らずに済むのなら、ずっと黙ったままでも良かったんだ」

静かに響く声は、ズッシリと低く重い。でも労るような音を含んでいて、苦しかった胸を柔く包み落ち着かせてくれた。

僕はラニットの胸に額を擦り付けて、小さく頷いた。

「大公が絡むなら注意が必要だ。話を聞くとオマエが選択してくれて、俺がどれ程安堵したか知るまい?」

ラニットは優しくて、そして心配症だ。必要なら有無を言わせず知らせる事もできるのに、いつも気遣って僕に選択肢をくれる。

ラニットの胸に顔を埋めたまま、僕は話の続きを願った。
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