上 下
21 / 60

21話:お馬鹿な殿下が登場しました

しおりを挟む
魔法陣の発動で魔道と呼ばれる空間に強制的に引きずり込まれた僕は、何の抵抗もできないまま、気付けば終着点と思われる場所へと移動していた。

何の準備もしていない状態で魔法陣の転移をすると、身体へ多大な負担がかかる。僕は襲い来る眩暈と、刺すような全身の痛みに耐えきれず、その場に倒れ込んでしまった。

「っつ………」

小さく呻き、床に転がったまま痛みを耐えるように身体を丸める。ぎゅっと目を瞑り、大きく肩で息をして気分の悪さをやり過ごしていると、トスっと何かが近くに落ちた音がした。
ハッとして微かに目を開けると、目の前に赤い表紙の見慣れた本が落ちているのが見えた。

ーーお祖母様…………。

痛む身体を宥めながら頑張って手を伸ばして本を拾う。そしてギュっと目を閉じて表紙を額に押し付けた。

「ーー良かった、無事で……」

大事な宝物をなくさずに済んで安堵していると、コツンと響く足音と共にレッグプロテクターを装着した黒いくつが視界に入ってきた。

「ーー手荒なことをして悪かった」

見覚えのあるその靴は、王宮の第一騎士団の物。つま先に鉄板を仕込んであるその靴で、何度か蹴られたことがあるからよく覚えている。一瞬身構えたけど……。

ーーあれ?聞き覚えのある声?

思わず声の主を見上げた。するとそこには苦い顔をして此方を見下ろすユオ様の姿があった。

「ーーユオ様?」

「起き上がれるか?」

すっと手が差し伸べられる。躊躇したけど、いつまでも床に転がっている訳にもいかないし。
痛む身体をかばいながら彼の手を掴み身体を起こすと、ユオ様の掌からふわりと優しい力が流れ込んだ。

ーーあ……。

聖騎士パラディンだったユオ様は治癒魔法が使える。じんわりと染み込むように身体に広がる魔法は、酷い目眩と全身の痛みを癒やしていく。
労るように腕を引かれて立ち上がると、ユオ様は身を屈め服に付いた汚れを払い落してくれた。
こういうとこは本当に優しいんだよねと思いつつ辺りを見渡すと、ここは王宮内にある王族専用の神殿だった。

華美にならない程度に装飾を抑えられた神殿は、信仰のためというより王族の権威を知らしめるためにある。
あまり使用されることもないため、建てられて随分年月が経っているのに信じられないくらいにピカピカに輝いていた。

「宿から急にいなくなって心配したんだぞ。荷物がそのままになっていたから、念のため魔法陣を仕込んでおいたが正解だったな」

「……どうして僕を人間界に戻したんですか?」
ーーあのまま魔界に居たかったんですが……。

僕は丁寧に汚れを払うユオ様を、湧き上がる複雑な気持ちを押さえながら見つめた。でも彼は何も答えてはくれず、僕と視線を合わせることなく淡々と告げてきた。

「そろそろ殿下がお見えになる」

「……殿下って」

「君の婚約者・・・であられる、ナットライム殿下だ」

「僕、婚約破棄されましたけど?」

僕の言葉に、彼はすっと身を起こしゆっくりと首を振った。

「婚約破棄には陛下の裁可か必要だ。それがない以上、君はまだ殿下の婚約者のままだ」

ーー成る程。
ユオ様の言葉に、僕はさっきまで感じていた気持ちに一旦蓋をすることにした。

ーー成る程、成る程。

確かにユオ様は言っていた。陛下の了承が得られるまでは殿下の婚約者の立場だって。

ーーじゃあ今回の転移は、ちゃんと方を付けなかった僕のせいですね。

とすれば、ハッピー魔界ライフを送るために、先ず陛下に婚約破棄の了承を得ればいいわけだ!
僕はそう判断し大きく頷いた。

「じゃあ陛下に裁可を頂けば良いんですね!」

「君は………。いや良い。それより………」

僕が胸に抱えている本を、トンと指先で突いた。

「王族にお会いする場に、私物の持ち込みは厳禁だ。これは俺が預かろう」

「ダメです!」

きっぱりと断る。これだけは絶対にダメ。
ぶんぶんと首を振る僕に、ユオ様は仕方なさそうに眉を下げた。

「じゃあ見つからないように隠してやる。貸してごらん」

差し伸べられた手を見て、もう一度ユオ様を見上げる。
ユオ様は唯一僕を虐げなかった人だし、ここは頼っても良いのかもしれない。

そう判断して、本を手渡した。
ユオ様は僅かに微笑むと、本を片手の平に乗せもう片方の掌をかざして呪言を唱え始めた。
低い声が古の言葉を紡ぐたびに掌から淡い光が溢れ出し、本の形を小さく丸いものへと変えていった。
そして光が消える頃、ユオ様の掌には真紅の石が飾れたペンダントが姿を現していた。

「つけてあげよう」

ペンダントを指で摘むと、ユオ様は僕の首にそれをつけてくれた。コロンとした石が鎖骨辺りで転がる。
僕はそれが外から見えないように服の中に押し込んで隠した。

「本を見たいと願えば、いつでも姿を変える」

「ありがとうございます、ユオ様」

ほんの一時でも手放さずに済んで、ホッとしながらお礼を告げた、その時。バン!と荒々しく神殿入り口の扉が開き、ナットライム殿下がズカズカと中に入ってきた。
僕の正面まで来ると、殿下は尊大な態度で入り口を顎で示す。

「成り損ないを連れ戻せたみたいだな。あとはコイツと二人で話す。ユオ、お前は外に出ていろ」

「しかし、殿下………」

反論しようとしたユオ様は、殿下の冷たい一瞥で口を噤む。

「王族の命令に背くのか?」

「………申し訳ありません」

ぐっと握り拳を作り一礼したユオ様は気遣きづかわしげに僕を見た後、踵を返して退室していった。
それを見送ることもなくニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた殿下は、僕を見下ろしてとんでもないことを言い出した。

「よぉ成り損ない。お前に朗報だ。婚約破棄を撤回してやる」

ーーえ、嫌ですけど??
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

異世界転移は終わらない恋のはじまりでした―救世主レオのノロケ話―

花宮守
BL
19歳の礼生(レオ)は、ある日突然異世界に飛ばされた。森の中で地震と景色の歪みに驚くが、助けてくれた男にファーストキスを奪われますます驚く。やがて辺りは静まった。力を貸してほしいとお姫様抱っこで王宮に連れていかれ、長い黒髪の彼が陛下と呼ばれていることを知る。豊かで人々の心も穏やかな国に思えるのに、なぜか彼は悲しそうで、「大罪人」を自称している。力になりたい一心で身を任せ、その男、ラトゥリオ王に心を奪われていく。 どうやらレオは、強大な王のエネルギーを暴走させないための能力を持っているらしい。 では、王が大切にしてくれるのはその能力のためだけで、特別な気持ちはないのだろうか。 悩みながらも異世界に馴染んでいくレオ。かつてラトゥリオと深く愛し合っていた男の存在や、ラトゥリオと結婚した場合の後継ぎのことなど、次々に新たな問題に直面するが、持ち前の明るさで皆に愛され、生きる場所を見つけていく。 第1章 大罪人と救世主 第2章 帰れない、帰らない 第3章 ラトゥリオとアントス 第4章 元カレとお世継ぎ問題 第5章 家族 33歳×19歳。 *付きの話は大人向け。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...