上 下
12 / 60

12話:優しさの対価

しおりを挟む
扉があったところはぽっかりと穴が開いていて、もわもわと白い埃が立っている。床には木っ端みじんに砕け散った扉の残骸と、壁だったはずの漆喰の破片が散らばっていた。

壁に埋め込まれていた筋交すじかいも根元からバッキリ折れてしまっている。 
少し時間が経って舞い上がった埃が着いた時、ガラガラと崩れ落ちる残骸の山を踏み越えて、全く無傷の四人が姿を現した。

「ちょっとぉ、ラニット、いくらなんでも酷いんじゃないのよぉ」

ああん髪に埃が付いちゃった……と嘆きながらアスモデウスが頭を振って木屑を振り払った。ヴィネもガッチリした肩に付いた漆喰の欠片を払い落しながら、ズシズシと足音を立ててダイニングルームに足を踏みいれてくる。
二人とも、魔王様からの攻撃に何の痛痒も感じていないみたい。凄い。

『うっさ!、音うっさ!!耳やられるじゃん。猫の耳は超良いんだからさ!ちょっとは気を使ってよ、ラニット!!』

ベレトは耳の良さが災いしたのか、耳をピクピク動かしながら不機嫌そうに目を細めている。猫の眉間の皺って、可愛いなぁ……。
猫のベレトですっかり癒された僕は、ほわほわ和みながら微笑ましくその様子を眺めていた。するとぐっと魔王様が僕の腕を掴んで、自分の背後に隠すように引き寄せてきた。

「呼んだ覚えはないぞ」

「いつまでも呼ぼうとしないからだろう。俺達は魔王の間で待機していたというのに、無視しやがって」

ヴィネの言葉に、魔王様は鼻で嗤う。

「必要があれば呼ぶと言っておいただろう」

ーー何だか不穏な雰囲気です。大丈夫でしょうか?

仲間なのに剣呑な雰囲気となってしまっていて、つい魔王様の上着を掴んで彼を見上げてしまった。すると魔王様は少し視線を流して、ゆるりと眦を緩めた。

「この程度は日常茶飯事だ。気にするな」

随分物騒な日常だなぁと思っていると、耳元に音にならない声が聞こえてきた。

”あまりラニットに心を許さない方が良いですよ” 

きょとんと瞬く。誰の声?
チラリと四人に視線を流すと、物静かに控えていたプルソンが此方を見ながら綺麗な人差し指を唇の前で立てた。

”ラニットの得意分野は懐柔と支配です。信頼し過ぎると後悔するのは貴方ですよ”

黒い布で覆われた目をじっとみつめる。僕の視線に気付いたのだろう。彼はふわりとこの上もなく優しく美しい笑みを浮かべた。

”此処は魔界、我々は魔族です。それをお忘れなく”

「どうした?」

無言で前を見つめる僕の頭にポンと手を置いて、魔王様が心配そうに声をかけてきた。その声に引き寄せられるように、もう一度彼を見上げる。

信頼し過ぎるな?
……でも。
裏切られることも、騙されることも「成り損ない」の僕にとっては普通の事だ。だって僕は人間に成れなかった落ちこぼれだし、裏切りなんて極当たり前の事なのに何故そんな忠告をするんだろう。

困惑した僕は魔王様の背中に擦り寄り、握りしめていた上着にそっと顔を寄せた。魔王様に隠れるようにして、ちらりとプルソンに目を向ける。彼は美しい笑顔を浮かべたまま、まだ僕を見ていた。

ーー信じれるものなんて、そんなもの………。

僕はプルソンから目を離さず、ゆるりと口角を持ち上げてみせた。我ながら随分自嘲気味の笑みになる。

ーーこの世にある訳ないじゃないですか。

信じさえしなけれは、裏切られても悲しくないって事に気付いたのはいつのことだったか………。

ーー昔過ぎて忘れちゃいましたね。

視線の先で、プルソンがはっと息を飲んだように見えたけど。それだってどうでもいい事。
思い出したように痛み出した心から目を背けるように、僕はそっと目を伏せたのだった。

視線を逸らしてしてしまった僕は、そのあとプルソンが考え込むような素振りをした事も、魔王様が僕とプルソンに目を向けて険しい目をした事にも、全く気付く事はなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...