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ラジェス帝国編

47話 トーマさんの立場 後編

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「ネヴィ家は、獅子より猫の貴方が強いと評される事を忌み嫌っていました。例え貴方が使徒で、アステル王国が喉から手が出る程欲したとしても。それでも奴隷として創世神側へ渡してしまおうと考える程に、ね」

 そんなに嫌われていたのか……。
 分かっていたはずの事実に、胸が軋む。

「貴方が大人しく奴属していれば、私はアステル王国に帰り、婚約者と再び会うことができたのに……。残念です」

 露悪的に笑みを零すと、トーマさんはシャツのボタンを閉めジャケットを羽織り襟を正した。
 そんな彼を見つめていたレグラス様が、トーマさんの側に立つサグへ声をかける。

「連れて行け」

 その命令に、サグは一礼して答えた。
 サグに促されて踵を返したトーマさんは、何かを思い出したのか、顔だけこちらを振り返った。

「そうそう。ちなみに創世神側は、奴属の呪をかけるつもりはありませんでしたよ。魔力測定をする際に、魔珠が持つ、魔力を増幅させる機能を、私が利用したに過ぎませんからね」

 そう言い残すと、彼はサグに連れられて退室していった。
 その姿を、僕はぼんやりと見送る。
 知らない情報が一気に頭に流れ込んで、僕はもういっぱいいっぱいだったんだ。
 そんな僕に、レグラス様が労わるように声をかけた。

「大丈夫か、フェアル?」
「……フェアル。トーマは確かに気の毒ではあるけど、君が気にする事じゃないよ」

 その言葉に、僕はのろりと顔を上げる。

「気にする必要はないって……。でもネヴィ家のせいですよね? そして僕があの家に生まれてしまったせいだ……」
「違う」「違うよ」

 レグラス様とダレン様の声が重なる。

「閣下も言っただろう? 奴隷紋の事、閣下に言えば良かったんだよ。そうすれば、私達も手を差し伸べる事はできた。でもそうしなかったのは、トーマの選択だ」
「言えなかったんじゃないですか? 婚約者を人質に取られて……」
「フェアル、帝国の力を見くびってはいけない」

 レグラス様が珍しく強い口調で僕の言葉を遮った。

「トーマがどう動こうと、ネヴィ家に情報が洩れないようにする事はできるし、請われれば弱者を守ることは厭わない」
「でも、そんな事トーマさんは分からないじゃないですか! 大事な人を守りたくて、考えて行動を起こした結果が、選択の誤りだと言うんですか!?」

 感情的になった僕は、つい問い詰めるように言ってしまった。

「弱い立場の者は、追い詰められると周りが見えなくなるんです! なのに、それでもトーマさんが誤ったのだと、そうレグラス様は言うんですか!?」

 それを表情を変えることなく聞いていたレグラス様は、一言、冷たく言い放った。

「ーーそうだ」

 僕を見るアイスブルーの瞳が、酷く冷たく見える。
 僕は言葉を紡ぐ事も出来ずに、ただレグラス様をじっと見つめた。
 レグラス様は大きく息を付くと、抱擁を解き、すっと立ち上がった。

「……仕事が残っている。ダレン、後は任せる」
「やれやれ、もう、閣下も大人げない……。分かりましたよ。でも、これは貸しですからね!」

 そう言うダレン様を一瞥して、レグラス様も部屋を出ていってしまった。その後ろ姿は、僕を拒絶しているようにも見えて、酷く狼狽えてしまう。
 帝国の、このナイト家に来てから今まで、これほど冷たい態度をレグラス様にとられた事はない。
 振り返りもせずに立ち去った彼に、悲しくなって僕は俯いてしまった。

「フェアル、そんな悲しそうな顔をしないで」

 ダレン様が慰めるように言う。でも僕は顔を上げることができなくて、無言で首を振った。

「フェアル。君がトーマの事を気にする気持ちは分かるよ。なにせ自分の実家か絡む事でもあるからね。ただ……」

 そこで言葉を切ると、ダレン様は僕の隣の席へと移動してきて、僕の顔を覗き込んだ。

「ただ、閣下の気持ちも理解してあげて欲しいんだ」
「……レグラス様の気持ちって何ですか……………」

 俯いたまま、ポツリと返す。
 同期生だったトーマさんを、あんなに冷たく突き放すレグラス様を、理解するなんて僕にはできない。
 そんな僕の姿に、ダレン様はそっと苦笑した。

「フェアル、閣下にとって、トーマは学院の同期生……友人だったんだ。だからそこ、学院時代にトーマに相談されて創世神の神官達を一掃したんだよ。なのに、今回はその大事な友人に頼って貰えなかった。その閣下の気持ち、分かってあげてくれないかな」

 そう言われて、僕はぱっと顔を上げてダレン様を見た。

「友達……」
「そう、友達。閣下がアステル王国に留学する事は、早くに決まっていたから、彼はトーマやガラガント達と積極的に交流を持って、アステル王国を知ろうとしたんだ。その交流の中で友情を築いた。だからこそ留学後も彼らと小まめに連絡を取って、君を迎える準備を整えたんだ。それ程信頼していた友人に、頼って貰えなかったんだ。どれほど無念に思っていることか……」

 ダレン様の言葉に、僕はレグラス様の気持ちに気付かされ、唇を噛み締めた。
 僕の方こそ、全然周りが見えてなかったんだ………っ!
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