46 / 54
ラジェス帝国編
46話 トーマさんの立場 前編
しおりを挟む
胸元の奴隷紋から目を離せずにいる僕に、トーマさんはすっと目を細めた。
「私の一族である兎族は、獣人の国アステル王国においてヒエラルキーの最下層でした。肉食獣系の獣人に搾取され続ける、そんな一族だったんです」
そう言うと、自分の胸元の紋に視線を落とし、それをひと撫でした。
「この紋が刻まれた日、私は婚約者と共に街へ出かけ、婚姻式で交わす指輪を探すはずでした。あの日はとても人が多く、私は人波に流され、大通りに押し出されてしまいました。そこにネヴィ家の馬車がやって来たんです。貴人の通行を妨げた罰として、私は捕らえられ身柄をネヴィ家へと引き渡されました」
淡々と話すトーマさんは、顔を上げて窓の方に目を向けた。
そのなんの表情も浮かばないトーマさんの顔から目が離せない。
「後で考えてみると、全ては仕組まれていたのでしょう。『誰』かがネヴィ家の馬車を止め、罰として奴隷紋を刻む。ただそれが運悪く私だった、とい訳です」
「何故……ですか? そんな……獅子の一族ではない者に、ネヴィ家の奴隷紋を刻むなんて、そんなの許されません……」
僕は震える声をなんとか振り絞って言った。
奴隷紋は、犯罪者を出してしまった一族が、その者を責任持って監視する、という意味で刻む。
トーマさんの一族の紋ならまだしも、何故、ネヴィ家の紋が刻まれるというのだ。
そんな僕に視線を向けると、トーマさんはポツリと言った。
「ああ……フェアル様はご存知ないのか……。私が帝国に送り出されていた時は、まだ贄として奴隷を留学生に付ける風習があったんです」
「留学生に奴隷を?」
初めて聞く情報に、トーマさんから視線を外し、僕は床を見つめて考えた。そして、直感的に気付く。
創世神が奴属の呪を掛けていた事と、トーマさんの奴隷紋は関係があるんだ!
僕は慌ててトーマさんに視線を戻した。
「何故留学生に奴隷を付けるんですか? 贄って一体……」
「ーーフェアル」
レグラス様が僕を抱く腕に力を籠めた。
「アステル王国がずっと求め続け、だが探す方法がないものがある」
「え……?」
レグラス様の突然の言葉に、僕はぱちりと瞬いた。振り仰いで見ると、真摯な光を灯すアイスブルーの瞳とかち合う。
「アステル王国は獣神を祀る。その獣神の使徒が、極稀にこの現し世に降臨する事があるという。類稀なる力を持つというその使徒は、強い力を持つ王家か四大公爵に降臨する言われ、その者は……」
ふと言葉を切ると、レグラス様は僕の髪をそっと撫でた。
「その一族の中にあって、ハズレの姿形をしているらしい」
「……は、ハズレ……」
その一族の中に、生まれる可能性があるハズレ者である『最弱者』……つまり僕だ。ガラガントさんも、コモドドラゴンの一族の中で蛇の獣人というハズレ者だった。
「魔力測定するために必要な魔珠は、創世神の神殿が独占していて、アステル王国が手に入れる術がない。だから、アステル王国は留学生として、ハズレ者と呼ばれる者を帝国に送るんだ。魔力測定を受けさせるためにね」
「あ……」
僕は小さく声を上げた。
そうだったのか……。
帝国からは皇族が留学生としてやってくるのに、何故アステル王国はハズレ者を留学させるのか不思議だったんだ。
帝国での獣人の扱いは最低最悪と聞いていたから、そのせいかと思っていたけれど、ハズレ者の受け皿にされて帝国は腹を立てないのかな……とも思っていた。
考え込む僕に、トーマさんがレグラス様の説明を引き継いで続けた、
「もし留学生の中に使徒がいれば、創世神が手放すはずがない。あの宗教は人族が唯一として謳っていますから。なのに余所の宗教の、しかも人族以外に神の使いが現れては外聞が悪い。だから魔力測定の時を狙って、留学生全員に奴属の呪をかけていたんです」
「相変わらず胸糞悪い奴らですね……」
今まで黙って話を聞いていたダレン様が、苛立たしげに呟く。
トーマさんはちらりとダレン様を見た後、そっと瞑目した。
「胸糞悪さの程度は創世神も、アステル王国も、ラジェス帝国も大して変わりがないのでは?」
その言葉に、レグラス様とダレン様は目を合わせる。
トーマさんは目を開けて、二人を睨むように見た。
「創世神の神官は、アステル王国からの留学生を奴属させ、教典を守ろうとした。アステル王国は、創世神の企みに気付いて、留学生が使徒だった場合を考え、奴属の呪を二人分引き受けさせるために『贄』を同伴させ、留学生を守ろうとした。ラジェス帝国は、留学生を取り込んで、その魔力の多さを有効利用して帝国を守ろうとした」
ふと口を噤み、その瞳を揺らした。
「誰も……私たちを守ってはくれない……」
そのポツンとした呟きに、僕は胸が苦しくなった。
そっと自分の胸を押さえていると、レグラス様が宥めるように僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「奴隷紋の事を何故言わなかった? 言いさえすれば、何らかの手段を考える事もできたはずだ」
「確かに、言えば私は守られたのでしょうね。でもネヴィ家に身柄を抑えられたままの、私の婚約者はどうなります? 長く私の帰りを待ってくれていた彼を、誰も守れはしない」
そう言うと、トーマさんは僕をじっと見つめた。
「私の一族である兎族は、獣人の国アステル王国においてヒエラルキーの最下層でした。肉食獣系の獣人に搾取され続ける、そんな一族だったんです」
そう言うと、自分の胸元の紋に視線を落とし、それをひと撫でした。
「この紋が刻まれた日、私は婚約者と共に街へ出かけ、婚姻式で交わす指輪を探すはずでした。あの日はとても人が多く、私は人波に流され、大通りに押し出されてしまいました。そこにネヴィ家の馬車がやって来たんです。貴人の通行を妨げた罰として、私は捕らえられ身柄をネヴィ家へと引き渡されました」
淡々と話すトーマさんは、顔を上げて窓の方に目を向けた。
そのなんの表情も浮かばないトーマさんの顔から目が離せない。
「後で考えてみると、全ては仕組まれていたのでしょう。『誰』かがネヴィ家の馬車を止め、罰として奴隷紋を刻む。ただそれが運悪く私だった、とい訳です」
「何故……ですか? そんな……獅子の一族ではない者に、ネヴィ家の奴隷紋を刻むなんて、そんなの許されません……」
僕は震える声をなんとか振り絞って言った。
奴隷紋は、犯罪者を出してしまった一族が、その者を責任持って監視する、という意味で刻む。
トーマさんの一族の紋ならまだしも、何故、ネヴィ家の紋が刻まれるというのだ。
そんな僕に視線を向けると、トーマさんはポツリと言った。
「ああ……フェアル様はご存知ないのか……。私が帝国に送り出されていた時は、まだ贄として奴隷を留学生に付ける風習があったんです」
「留学生に奴隷を?」
初めて聞く情報に、トーマさんから視線を外し、僕は床を見つめて考えた。そして、直感的に気付く。
創世神が奴属の呪を掛けていた事と、トーマさんの奴隷紋は関係があるんだ!
僕は慌ててトーマさんに視線を戻した。
「何故留学生に奴隷を付けるんですか? 贄って一体……」
「ーーフェアル」
レグラス様が僕を抱く腕に力を籠めた。
「アステル王国がずっと求め続け、だが探す方法がないものがある」
「え……?」
レグラス様の突然の言葉に、僕はぱちりと瞬いた。振り仰いで見ると、真摯な光を灯すアイスブルーの瞳とかち合う。
「アステル王国は獣神を祀る。その獣神の使徒が、極稀にこの現し世に降臨する事があるという。類稀なる力を持つというその使徒は、強い力を持つ王家か四大公爵に降臨する言われ、その者は……」
ふと言葉を切ると、レグラス様は僕の髪をそっと撫でた。
「その一族の中にあって、ハズレの姿形をしているらしい」
「……は、ハズレ……」
その一族の中に、生まれる可能性があるハズレ者である『最弱者』……つまり僕だ。ガラガントさんも、コモドドラゴンの一族の中で蛇の獣人というハズレ者だった。
「魔力測定するために必要な魔珠は、創世神の神殿が独占していて、アステル王国が手に入れる術がない。だから、アステル王国は留学生として、ハズレ者と呼ばれる者を帝国に送るんだ。魔力測定を受けさせるためにね」
「あ……」
僕は小さく声を上げた。
そうだったのか……。
帝国からは皇族が留学生としてやってくるのに、何故アステル王国はハズレ者を留学させるのか不思議だったんだ。
帝国での獣人の扱いは最低最悪と聞いていたから、そのせいかと思っていたけれど、ハズレ者の受け皿にされて帝国は腹を立てないのかな……とも思っていた。
考え込む僕に、トーマさんがレグラス様の説明を引き継いで続けた、
「もし留学生の中に使徒がいれば、創世神が手放すはずがない。あの宗教は人族が唯一として謳っていますから。なのに余所の宗教の、しかも人族以外に神の使いが現れては外聞が悪い。だから魔力測定の時を狙って、留学生全員に奴属の呪をかけていたんです」
「相変わらず胸糞悪い奴らですね……」
今まで黙って話を聞いていたダレン様が、苛立たしげに呟く。
トーマさんはちらりとダレン様を見た後、そっと瞑目した。
「胸糞悪さの程度は創世神も、アステル王国も、ラジェス帝国も大して変わりがないのでは?」
その言葉に、レグラス様とダレン様は目を合わせる。
トーマさんは目を開けて、二人を睨むように見た。
「創世神の神官は、アステル王国からの留学生を奴属させ、教典を守ろうとした。アステル王国は、創世神の企みに気付いて、留学生が使徒だった場合を考え、奴属の呪を二人分引き受けさせるために『贄』を同伴させ、留学生を守ろうとした。ラジェス帝国は、留学生を取り込んで、その魔力の多さを有効利用して帝国を守ろうとした」
ふと口を噤み、その瞳を揺らした。
「誰も……私たちを守ってはくれない……」
そのポツンとした呟きに、僕は胸が苦しくなった。
そっと自分の胸を押さえていると、レグラス様が宥めるように僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「奴隷紋の事を何故言わなかった? 言いさえすれば、何らかの手段を考える事もできたはずだ」
「確かに、言えば私は守られたのでしょうね。でもネヴィ家に身柄を抑えられたままの、私の婚約者はどうなります? 長く私の帰りを待ってくれていた彼を、誰も守れはしない」
そう言うと、トーマさんは僕をじっと見つめた。
146
お気に入りに追加
1,107
あなたにおすすめの小説
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【完結済】ヒト族ですがもふもふの国で騎士団長やらされてます。
れると
BL
■本編完結済み■
獣人の国で力も体力もないヒト族のオレが身体強化の魔法と知識で騎士団長やらされてます!目下の目標は後輩育ててさっさと退団したいけど中々退団させて貰えません!恋人と田舎でいちゃいちゃスローライフしたいのに今日も今日とて仕事に振り回されてます!
※大人な内容はタイトル後に※あります。キスだけとかただのイチャイチャは付けないかもしれません。。。
※処女作品の為拙い場面が多々あるかと思います、がとりあえず完結目指して頑張ります。
※男性のみの世界です。おばちゃんとか彼女とか嫁とか出てきますが全員男の人です!
気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた。
しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエルがなんだかんだあって、兄達や学園の友達etc…に溺愛される???
家庭環境複雑でハチャメチャな毎日に奮闘するノエル君の物語です。
若干過激な描写の際には※をつけさせて頂きます。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【FairyTale】 ノンケ同士×お互い一目惚れ。甘い恋♡
悠里
BL
拓哉×圭 ◇社会人・同期◇
入社式で、優しくてカッコいい、イケメンすぎる男に一目惚れ。
惚れたものは仕方ない、しばらく、ときめく片思い生活を楽しんで、
その内、好きな女の子でも出来たら、忘れるよなっ。
なんて、思ってたのに。まさかの両想い…?
甘い社会人ラブを目指します♡
2024/7/9 表紙を差し替えます。
グロッタさん@grottagrandeが描いてくださいました。素敵なワイシャツ姿と💕右下の出会い可愛いイラストもぜひご覧ください✨
プライド
東雲 乱丸
BL
「俺は屈しない! 」男子高校生が身体とプライドを蹂躙され調教されていく…
ある日突然直之は男達に拉致され、強制的に肉体を弄ばれてしまう。
監禁されレイプによる肉体的苦痛と精神的陵辱を受ける続ける直之。
「ヤメてくれー! 」そう叫びながら必死に抵抗するも、肉体と精神の自由を奪われ、徐々に快楽に身を委ねてしまう。そして遂に――
この小説はR-18です。
18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします。
エロのみのポルノ作品です。
過激な生掘り中出しシーン等を含む暴力的な性表現がありますのでご注意下さい。
詳しくはタグを確認頂き、苦手要素が含まれる方はお避け下さい。
この小説はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
また皆様に於かれましては、性感染症防止の観点からもコンドームを着用し、セーファーセックスを心掛けましょう。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる