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ラジェス帝国編

34話 体調の回復と食事

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うっとりと聞き惚れてしまうような低音の声で囁かれ、僕の背筋がゾクリと粟立つ。

僕がチラリと視線を流して見ると、こちらを窺うように見るレグラス様と目が合った。その瞳は真剣な光を宿していて、僕から外れる事はない。

レグラス様の美しいアイスブルーの瞳に見惚れつつ、僕はゆるっと目を細めて浮かされたような心持ちで口を開いた。

「僕……頑張りますね」

「ーー側にいて欲しい……の意味を理解してないな、君は」

レグラス様はちょっとだけ何とも言えない顔になって呟いた。

「意味……ですか?」

僕が首を傾げて彼を見ると、レグラス様はほんのり苦い笑いを浮かべた。

「いや、いい。君には時間をかけて理解してもらおう。さ、おいで。先ずは食事だ。昼も随分過ぎてしまったが、何か軽く食べよう」

そう促された僕はぱちぱちと瞬きながらも、レグラス様の言葉に素直に従った。

   ★☆★


「ほら、フェアル、これも食べて」

切り分けられ美しく皿に盛り付けられた鶏肉が目の前に置かれる。僕は隣に立ち給仕をしてくれているソルを見上げた。

「ソル、ありがとう」

「どういたしまして。それ塩レモンの味付けだから、サッパリして食べやすいよ」

「うん」

ニコッと笑いながら料理を進めてくれるソルに、僕も笑みを返す。

サグ達とは、レグラス様を噛んでしまった時に顔を合わせたのが最後だ。僕はダイニングに来て、彼らが居るのを見て少しきまり悪くて視線を泳がせてしまった。
でもサグもソルも、そんな僕の態度に気を悪くすることなく、にこにこと微笑んでくれた。

身構えていた僕だったけど、二人のいつもと変わらない態度に安堵の息をついていると、ソルは流れるような動作で僕を椅子に座らせた。
そしていつも通り、僕の側で給仕に徹してくれている。

「ほら、俺を見てないでちゃんと食べろよ」

そうソルに促されて、僕はカトラリーを持ち料理を食べ始めた。
ジューシーなお肉を味わいながら、目の前の席に座るレグラス様をチラリと見てみる。すると間髪を入れずレグラス様が視線を僕に向けてきた。

「どうした?」

さすがレグラス様、テーブルマナーは完璧で美しく食事をしながらも、周りの様子は油断なく窺っているらしい。
僕は少し考えてから話を切り出した。

「あの、僕が描いた魔法陣の事なんですけど……」

今回の騒動の発端となった魔法陣。レグラス様の描いたものをお手本にして僕も描いてみたんだけど、それが異常にレグラス様の魔力を吸い取ってしまって、今回の魔力の枯渇に繋がったんだ。
気持ちに余裕が出てきたら、やはりあの事が真っ先に気になってしまった。

「あんな事態を引き起こした原因が気になるんです。学院での特別学科の選択で、魔法陣学も面白そうだと思っていたんですけど。でももし僕が原因なら、それも難しいのかなと思って」

「ーー問題はない」

僕の話を黙って聞いていたレグラス様は、僕が言葉を切るとあっさりと返事を寄越した。

「原因は今、ダレンが調べている。それと君の学業に、あの出来事が影響することはない。君は君のしたい事を選べばいい」

何でもないことの様に言い切ると、レグラス様はグラスを満たしていた赤ワインを一口含んだ。ゆっくり味わうようにワインを飲むと、レグラス様は僕をみる目をゆるりと細めた。

「何のために私が講師として共に学院に行くと思う?君が何にも邪魔されず、好きに学べる環境を与えるためだ。君を帝国に呼び寄せたのは私の都合だが、ここでは君は自由に過ごしていいんだ。私が誰にも邪魔をさせない」

無表情に、でもはっきりと告げるレグラス様を、僕は不思議な面持ちで見つめた。
僕の魔力が目的だとしても、どうして彼はここまで気遣ってくれるんだろう。

「でも万が一、学院で僕の魔力が問題を起こしたら、レグラス様の迷惑になりませんか?」

「ならん。問題を防ぐ力も、生じた問題を解決する力も、我がナイト家は持っているからな」

なんとなく力技で問題を解決しそうな気配を感じて、僕は学院生活が何事なく送れるように全力を尽くそうと思った。

「それに……」

ふと、思い付いたようにレグラス様が言葉を紡ぐ。

「それに昔、君と約束をしたんだ。学びたいのなら協力してやるとね」

「僕と……ですか?」

子供の頃の話で記憶が曖昧だから、そんな約束をしたことすら覚えていない。

「そうだ。君は母親から色々な事を教わったと話していた。その母親が居なくなり、もう何も学べないと随分悲しそうにしていたから、私がそう提案したんだ」

「あ……」

ネヴィ家の図書室でこっそり母様に読み書きを教わった記憶が蘇る。文字を学び、単語の意味を知り、本が読めるようになると少しずつ知識が身に付き、狭かった僕の世界が一気に広がった気がして、凄くワクワクした。
それを母様に言うと、「その感覚が学ぶ喜びというものよ。よく覚えていなさい」と優しく教えてくれたんだ。

母様があの家を出ていって、もう僕にはあの「喜び」は訪れないんだなって悲しかったのを覚えている。
当時、僕は幼かったから何も考えずにレグラス様にそう話したのがもしれない。

「約束をたがえるつもりはない。君は存分に好きなだけ学べばいいんだ」

「ーーありがとうございます」

昔の約束をきちんと守ってくれるレグラス様は、本当に素敵な人だ。そう思って、僕はほんのり笑みを浮かべて心からお礼を言った。

「気にするな。それより食事が進んでいない。少しでもいいから……」

「ご歓談中失礼します。レグラス様……」

サグが静かにレグラス様に声をかけた。

「ダレン様がガラガント様と共にお見えになりました」

その言葉に僕の耳がピクリと反応する。レグラス様が大丈夫と言ってくたのだし、僕が魔法陣学を学ぶ件について心配しないことにした。
でも、それとは別にして、やはりあの件の原因は気になる。
そわつく気持ちのまま、手にしていたカトラリーを起き立ち上がろうとした僕を、レグラス様がピシリと制した。

「フェアル」

レグラス様のヒヤリとした声音に、僕の尻尾がしびっと立つ。

「ちゃんと食べるんだ。ソルが君の目の前に並べた料理を完食するまで離席は許さん」

そう言われて、僕が目の前の鶏肉に目を向けた時、ソルがそっとお皿を一枚追加してきた。
大判のその皿は、色んな種類の料理が美しく盛り付けられた
ワンプレートディッシュとなっていた。そしてその量は、僕にとってちょっと多めだ。

その皿を見て、ソルを見上げると、彼はニコッと微笑んだ。

「頑張って」

僕はぱちっと瞬き、おもむろに顔をレグラス様に向けると、彼は口の端を持ち上げ笑みの形を作ってみせたのだった。
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