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ラジェス帝国編
30話 本心 sideレグラス
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私の部屋に戻る頃には、フェアルは再び夢の世界に渡ってしまっていた。
力の抜けた彼をゆっくりとベッドへ降ろすと、ダークブルーのシーツに銀の美しい髪が舞った。顔に掛かる髪を指先で整えても、フェアルが目覚める気配は全くみられない。
私はレースのカーテンを引いた窓に目を向けた。
今の時刻は昼近く、この眠りの深さでは彼は朝どころか昼食も食べないままになってしまう。
彼が帝国に来てまだ一ヶ月も経っていないし、なんなら初めの十日は体調を崩して寝込んでいた。それでも少しは日が経っているのに、フェアルの身体には全く肉というものが付かなかった。
「学園に編入するまであと僅かしかないのに、このままでは君の体調が心配だな……」
あと数日もすれば学院へ編入する日を迎える。
今ですら少し街を散策するだけで熱を出すのだ。学院に通い始めた後のフェアルの体調も心配になる。
私は眉間にシワを寄せてため息をついた。
昨日の顛末を知ったフェアルが混乱することは、ある程度私も予想していた。
自己肯定感が低い彼だ、発情した自分を私が仕方なく慰めたとでも思うことは十分考えられる。そこに、義務だけではない別の感情が潜んでいるなどとは思い付きもすまい。
フェアルの頬を手の甲でサラリと撫でてやれば、むずかる子供のように顔を顰めて背けてしまった。
その幼い仕草からは、昨日、情欲に染まった顔を見せ、快楽に身を委ねていた淫靡な姿の名残は欠片もない。
ダレンが言っていたように、フェアルの魔管は正常に機能しているのだから、一~ニ時間もすれば彼の発情状態も解除したと思う。
しかし、与えられる快楽に困惑しながらも従順に乱れていく彼を見て、私が自分を止める事ができなかった。
気付けば丸一日寝室に篭り、フェアルの身体を隅から隅まで堪能してしまっていた。
流石に挿入まではしなかったが……。
それほど私が溺れてしまうくらいには、彼は甘く淫らに啼いてくれた。
小さくため息をつく。
今、落ち着いて考えると、随分愚かな事をしたと思う。
フェアルの体調を心配している者がやる行為ではない。
その点で言えば、ダレンが怒るのも理解できた。
「まぁ、後悔はしていないが」
自分の自己中心的な考えに苦笑が浮かぶが、本心なのだから仕方ない。
「ただ、泣くとは思わなかった……」
彼の留学にまつわる説明をした時、彼は何とか抑えようとしていたものの、微かに複雑そうな顔を見せた。
私の言葉の何かが、彼の意に沿わなかったと直ぐに気が付いたくれど、彼が理由を口にする事はなかった。
泣き止むまで抱き締めていたけれど、彼の混乱は続いていて言葉を紡ぐ事ができずにいた。
少し水分を取らせて落ち着かせようと思った私だったが、彼の上気して赤くなった顔や潤んだ瞳を見て、それを誰にも見せたくない、と思ってしまった。
だから彼に少し休むように告げて、水差しを取りに行くためにその場を離れたのだ。
戻ってきてみれば室内にフェアルの姿はなく、急いで隣の部屋を覗くも影も形も見当たらなかった。
彼がこの帝国で頼れる所はない。
そして聡い彼は、もう自分がアステール王国に帰れない事も分かっているはずだ。
だから、絶対にこの邸内にいるはず……。そう思うが、フェアルが居なくなった事実に焦燥感を煽られた私は、足音も荒く彼を探し始めた。
猫の獣人である彼は、その性質が強く出ているのか意外な場所を好む傾向にある。それを踏まえて、私は彼が行きそうな場所を一つずつ探し、図書室のカウンター下という場所で彼を発見した。
その場で眠る彼は、決して穏やかな顔ではなかった。
「君には穏やかに過ごして貰いたいと願っているのに、な」
ひっそりと囁きもう一度頬を撫でてみると、今度は彼は嫌がる素振りをみせなかった。
君に心の安寧を齎したいと願うのと同じくらい、私の手元から逃げていかないように閉じ込めたいとも思う。
この執着心が可怪しいし事くらい、自分で分かっていた。
それでも、彼への執着を抑えるつもりはない。
抑える事ができる程度の思いなら、そもそも私が留学したあの時に彼を帝国に連れて帰ろうなどと考えなかったし、今回みたいにアステール王国に圧をかけてでも彼の身柄を奪う事はしなかった。
「レグラス様……」
軽いノックの後、ダレンが静かに部屋に入ってきた。
「フェアルの様子はいかがですか?」
「……また眠ってしまった」
短く答えると、ダレンはすっと私の隣まで来て、眠るフェアルの顔を覗き込んだ。
「ーー診察しても?」
その問いに頷いてみせると、ダレンはフェアルに手を翳し微かな声で術を唱えた。
暫く手を翳した状態でフェアルを観察していたダレンは、やがてその手を引っ込めてため息をついた。
「あのアーティファクトで魔力を抑え込んでいた影響でしょうが、彼の身体の中はボロボロです。そして今はあのアーティファクトを取り外して一気に解放された己の魔力で、更に身体を傷付けています」
「……つまり?」
「この極限状態の身体では、寝ても身体は休まらないし、食べても身体の糧になることはありません」
「どうすればいい?」
結論を求めてダレンに目を向けると、彼もまた私をじっと見ていた。
「彼の魔力を毎日閣下に移譲すれば、時間はかかりますが元気になるかと」
そのダレンの言葉に、私は訝しげに顔を顰めた。
勿論、私の特殊な身体的にはフェアルの魔力を移譲する事に異論はない。寧ろそれによって私の体調が改善するのだから、こちらから願いたいくらいだ。
そもそもフェアルを手に入れようと考えた理由の一つでもある。
だがフェアルにとっての利点が思い当たらなくて、私はダレンを見る目に力を籠めた。
するとダレンは私を見て呆れたような顔になった。
「閣下も私と同じ魔法師ですよね?何で分かんないんですか……」
その言葉に私が彼をはっきり睨むと、ダレンはやれやれとばかりに頭を掻いた。
「これが、恋は盲目ってヤツですか。ま、いいや。フェアルは幼い頃からアーティファクトで魔力を抑え込んでいましたよね?」
その言葉に頷いてみせると、ダレンは右手の人差し指を立てた。
「いいですか?魔管のサイズは生まれつき決まっていますが、身体の隅々に魔力を運ぶ魔筋は、身体の成長と共に大きく丈夫に発達するんです。勿論、その発達には己の魔力を全身に流しながらって注釈が付きます」
「…………そうか」
流石にそこまで言われて、私も気が付いた。
魔力持ちは身体の成長と共に魔筋を発達させ、そして同時に魔力のコントロールを身に着けていく。
しかしフェアルは七歳の時に魔力を封じられたため、今の彼の魔筋は七歳当時のままだ。
身体の成長に追いついていない状態で魔力を全身に巡らせるのは、例えて言えば小川に大河の水を流し込むようなもの。
水圧に耐えかねて川岸は決壊するし、周りにも甚大な被害を及ぼす。
今、フェアルの身体は川岸が決壊した状態だ。
これでは寝ても疲れは取れないし、食べても身になる筈がない。
「フェアルの魔力を閣下に吸い取って貰って、少量の魔力を身体に巡らせる所から始めた方が良いでしょう。少しずつ残す魔力の量を増やしていけば、フェアルの魔筋も年相応に発達します。そうすれば身体も丈夫になるはずですよ」
そう言われて、私は眠るフェアルを見下ろした。
彼は魔力が暴走する事を恐れているし、魔力がコントロールできない自分を不安に思っている。
それを解決できるなら、きっとフェアルは心から笑えるようになるはず……。
そして私とフェアルの間で魔力移譲することが、双方に利点があると知れば、彼の気持ちも少しは楽になるだろう。
そう考えていた私に、ダレンは冷ややかに言葉をかけた。
「閣下、フェアルを何故帝国に……いや自分の手元に囲い込んだのか、ちゃんと説明したんですか?」
「…………」
答えに私に、ダレンは大きな声をあげた。
「バカですかっ!フェアルはまだ十七歳、成人前の子供ですよ!?貴方だって留学する時には多少なりとも不安はあったでしょう?説明を受けることができた貴方ですら不安を持つなら、何も説明を受けていないフェアルがどれほど不安になるか分かりなさい!」
「話そうとは思っている」
正確には話そうとしたらフェアルが涙を流して、中断してしまった訳なのだが……。
「じゃさっさと話してしまいなさい!話さないと魔力移譲の開始は認めませんよっ!」
珍しく声を荒げるダレンは、有言実行とばかりに眠っていたフェアルを自分の腕の中に抱き締めたのだった。
力の抜けた彼をゆっくりとベッドへ降ろすと、ダークブルーのシーツに銀の美しい髪が舞った。顔に掛かる髪を指先で整えても、フェアルが目覚める気配は全くみられない。
私はレースのカーテンを引いた窓に目を向けた。
今の時刻は昼近く、この眠りの深さでは彼は朝どころか昼食も食べないままになってしまう。
彼が帝国に来てまだ一ヶ月も経っていないし、なんなら初めの十日は体調を崩して寝込んでいた。それでも少しは日が経っているのに、フェアルの身体には全く肉というものが付かなかった。
「学園に編入するまであと僅かしかないのに、このままでは君の体調が心配だな……」
あと数日もすれば学院へ編入する日を迎える。
今ですら少し街を散策するだけで熱を出すのだ。学院に通い始めた後のフェアルの体調も心配になる。
私は眉間にシワを寄せてため息をついた。
昨日の顛末を知ったフェアルが混乱することは、ある程度私も予想していた。
自己肯定感が低い彼だ、発情した自分を私が仕方なく慰めたとでも思うことは十分考えられる。そこに、義務だけではない別の感情が潜んでいるなどとは思い付きもすまい。
フェアルの頬を手の甲でサラリと撫でてやれば、むずかる子供のように顔を顰めて背けてしまった。
その幼い仕草からは、昨日、情欲に染まった顔を見せ、快楽に身を委ねていた淫靡な姿の名残は欠片もない。
ダレンが言っていたように、フェアルの魔管は正常に機能しているのだから、一~ニ時間もすれば彼の発情状態も解除したと思う。
しかし、与えられる快楽に困惑しながらも従順に乱れていく彼を見て、私が自分を止める事ができなかった。
気付けば丸一日寝室に篭り、フェアルの身体を隅から隅まで堪能してしまっていた。
流石に挿入まではしなかったが……。
それほど私が溺れてしまうくらいには、彼は甘く淫らに啼いてくれた。
小さくため息をつく。
今、落ち着いて考えると、随分愚かな事をしたと思う。
フェアルの体調を心配している者がやる行為ではない。
その点で言えば、ダレンが怒るのも理解できた。
「まぁ、後悔はしていないが」
自分の自己中心的な考えに苦笑が浮かぶが、本心なのだから仕方ない。
「ただ、泣くとは思わなかった……」
彼の留学にまつわる説明をした時、彼は何とか抑えようとしていたものの、微かに複雑そうな顔を見せた。
私の言葉の何かが、彼の意に沿わなかったと直ぐに気が付いたくれど、彼が理由を口にする事はなかった。
泣き止むまで抱き締めていたけれど、彼の混乱は続いていて言葉を紡ぐ事ができずにいた。
少し水分を取らせて落ち着かせようと思った私だったが、彼の上気して赤くなった顔や潤んだ瞳を見て、それを誰にも見せたくない、と思ってしまった。
だから彼に少し休むように告げて、水差しを取りに行くためにその場を離れたのだ。
戻ってきてみれば室内にフェアルの姿はなく、急いで隣の部屋を覗くも影も形も見当たらなかった。
彼がこの帝国で頼れる所はない。
そして聡い彼は、もう自分がアステール王国に帰れない事も分かっているはずだ。
だから、絶対にこの邸内にいるはず……。そう思うが、フェアルが居なくなった事実に焦燥感を煽られた私は、足音も荒く彼を探し始めた。
猫の獣人である彼は、その性質が強く出ているのか意外な場所を好む傾向にある。それを踏まえて、私は彼が行きそうな場所を一つずつ探し、図書室のカウンター下という場所で彼を発見した。
その場で眠る彼は、決して穏やかな顔ではなかった。
「君には穏やかに過ごして貰いたいと願っているのに、な」
ひっそりと囁きもう一度頬を撫でてみると、今度は彼は嫌がる素振りをみせなかった。
君に心の安寧を齎したいと願うのと同じくらい、私の手元から逃げていかないように閉じ込めたいとも思う。
この執着心が可怪しいし事くらい、自分で分かっていた。
それでも、彼への執着を抑えるつもりはない。
抑える事ができる程度の思いなら、そもそも私が留学したあの時に彼を帝国に連れて帰ろうなどと考えなかったし、今回みたいにアステール王国に圧をかけてでも彼の身柄を奪う事はしなかった。
「レグラス様……」
軽いノックの後、ダレンが静かに部屋に入ってきた。
「フェアルの様子はいかがですか?」
「……また眠ってしまった」
短く答えると、ダレンはすっと私の隣まで来て、眠るフェアルの顔を覗き込んだ。
「ーー診察しても?」
その問いに頷いてみせると、ダレンはフェアルに手を翳し微かな声で術を唱えた。
暫く手を翳した状態でフェアルを観察していたダレンは、やがてその手を引っ込めてため息をついた。
「あのアーティファクトで魔力を抑え込んでいた影響でしょうが、彼の身体の中はボロボロです。そして今はあのアーティファクトを取り外して一気に解放された己の魔力で、更に身体を傷付けています」
「……つまり?」
「この極限状態の身体では、寝ても身体は休まらないし、食べても身体の糧になることはありません」
「どうすればいい?」
結論を求めてダレンに目を向けると、彼もまた私をじっと見ていた。
「彼の魔力を毎日閣下に移譲すれば、時間はかかりますが元気になるかと」
そのダレンの言葉に、私は訝しげに顔を顰めた。
勿論、私の特殊な身体的にはフェアルの魔力を移譲する事に異論はない。寧ろそれによって私の体調が改善するのだから、こちらから願いたいくらいだ。
そもそもフェアルを手に入れようと考えた理由の一つでもある。
だがフェアルにとっての利点が思い当たらなくて、私はダレンを見る目に力を籠めた。
するとダレンは私を見て呆れたような顔になった。
「閣下も私と同じ魔法師ですよね?何で分かんないんですか……」
その言葉に私が彼をはっきり睨むと、ダレンはやれやれとばかりに頭を掻いた。
「これが、恋は盲目ってヤツですか。ま、いいや。フェアルは幼い頃からアーティファクトで魔力を抑え込んでいましたよね?」
その言葉に頷いてみせると、ダレンは右手の人差し指を立てた。
「いいですか?魔管のサイズは生まれつき決まっていますが、身体の隅々に魔力を運ぶ魔筋は、身体の成長と共に大きく丈夫に発達するんです。勿論、その発達には己の魔力を全身に流しながらって注釈が付きます」
「…………そうか」
流石にそこまで言われて、私も気が付いた。
魔力持ちは身体の成長と共に魔筋を発達させ、そして同時に魔力のコントロールを身に着けていく。
しかしフェアルは七歳の時に魔力を封じられたため、今の彼の魔筋は七歳当時のままだ。
身体の成長に追いついていない状態で魔力を全身に巡らせるのは、例えて言えば小川に大河の水を流し込むようなもの。
水圧に耐えかねて川岸は決壊するし、周りにも甚大な被害を及ぼす。
今、フェアルの身体は川岸が決壊した状態だ。
これでは寝ても疲れは取れないし、食べても身になる筈がない。
「フェアルの魔力を閣下に吸い取って貰って、少量の魔力を身体に巡らせる所から始めた方が良いでしょう。少しずつ残す魔力の量を増やしていけば、フェアルの魔筋も年相応に発達します。そうすれば身体も丈夫になるはずですよ」
そう言われて、私は眠るフェアルを見下ろした。
彼は魔力が暴走する事を恐れているし、魔力がコントロールできない自分を不安に思っている。
それを解決できるなら、きっとフェアルは心から笑えるようになるはず……。
そして私とフェアルの間で魔力移譲することが、双方に利点があると知れば、彼の気持ちも少しは楽になるだろう。
そう考えていた私に、ダレンは冷ややかに言葉をかけた。
「閣下、フェアルを何故帝国に……いや自分の手元に囲い込んだのか、ちゃんと説明したんですか?」
「…………」
答えに私に、ダレンは大きな声をあげた。
「バカですかっ!フェアルはまだ十七歳、成人前の子供ですよ!?貴方だって留学する時には多少なりとも不安はあったでしょう?説明を受けることができた貴方ですら不安を持つなら、何も説明を受けていないフェアルがどれほど不安になるか分かりなさい!」
「話そうとは思っている」
正確には話そうとしたらフェアルが涙を流して、中断してしまった訳なのだが……。
「じゃさっさと話してしまいなさい!話さないと魔力移譲の開始は認めませんよっ!」
珍しく声を荒げるダレンは、有言実行とばかりに眠っていたフェアルを自分の腕の中に抱き締めたのだった。
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