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ラジェス帝国編
27話 僕とレグラス様の過去
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そんな僕の疑問は、レグラス様にはお見通しだったみたいで、彼はキレイな指先で僕の鼻先をちょんと突付いた。
「私の父が、前皇帝の弟だ。爵位は公爵だが、皇族の血は流れている。だから留学生としてアステル王国に行ったんだ」
「皇弟……」
「ああ。だが、父は臣下に降った身だから、私にも皇位継承権はない。だから留学中は王宮ではなく、君の一族であるネヴィ家で世話になっていた訳だ」
そう説明されて僕は納得した。
いつの間にか現れて、いつの間にか姿を消した『ラス』様。
あれは一体誰で、何のためにネヴィ公爵家に滞在していたのか、さっぱり分からなかったのだ。
レグラス様が言ったように、アステル王国に来る留学生は皇族だから堅牢な王宮が滞在先になる。
だからこそネヴィ家に滞在していた、あの美麗な『ラス』様が留学生だとは考えもしなかったんだ。
「覚えていないかもしれないが、小さい君を一度酷く驚かせてしまった事がある。その時も君に噛まれたよ。小さい分、牙も鋭くてね。噛まれた痛みは、あの時の方が強かったように思う」
「す……すみません……」
慌てて僕は謝る。記憶にはないけど、レグラス様がそう言うなら、子供の頃の僕は彼を噛んだんだろう。
あの頃は、ネヴィ家で唯一僕を庇護してくれていた母様がいなくなって、常にビクついていた覚えはあるし。
「謝って欲しいわけじゃない」
レグラス様は真面目な顔に戻って、僕をじっと見下ろした。
「帝国にきた時、君は既に体調が悪く酷く衰弱していた。だから話をする機会がなかったんだが、丁度いい。今、話をしよう」
そう言われて、僕はコクリと頷いた。
過去の事も気になるし、何故レグラス様が僕の身元保証人になってくれたのかも気になる。
もしかしたら、それが分かるかも知れない、と僕はぐっと唇を引き締めた。
『閣下は情だけで動く方ではありません。そうするには、それなりの理由があるはずです』
脳裏にトーマさんの言葉が浮かぶ。
ーーその理由も分かるかもしれない。どんな理由でも、きちんと受け入れよう。
そう思って、僕は自分のシャツの胸元をぎゅっと握り締めた。
その僕の手を、レグラス様の大きな手が握り込んできて、僕はいつの間にか落としていた視線をぱっと上げた。
「私から話をする前に、一つ教えて欲しい。君があのアーティファクトを付けたのはいつだ?」
「……僕が七歳の時です」
答える声が小さくなる。
この歳の時、僕は感情に引き摺られて魔力暴走を起こしてしまった。まだ魔力制御を習う前の歳だった。
何故、あんなに魔力を暴走させるに至ったのかは覚えていない。多分、母様が居なくなった悲しみを昇華できずに、爆発させてしまったのだと思う。
母様がネヴィ家を去って二年も経っていたのに、あの時の自分はなんて幼かったんだろうと今でも思うんだ。
あの時、僕は住まいを本邸から離れた別棟に移されている最中で、沢山の人があの場に居た。
その場で魔力暴走が起きたんだ。大惨事になることなんて、火を見るより明らかだった。
幸いな事に死者は出なかったものの、別棟は吹き飛ばされてボロボロになり、怪我人も大勢でた。
魔力暴走が起きて初めて僕の魔力の多さに気付いた父様が、怖い顔をしてあのアーティファクトを持ってきたんだ。
『人殺しになりたくなければ、これを付けろ。一生外すな。もし外す事があれば、その時はキサマを殺す』
ーーそう、言われた。
人を傷付けたくないし、殺すなんて恐ろしくて以ての外だ。
僕は無言のまま頷いて、父様の前で、自分であのアーティファクトを付けたのだった。
「僕……魔力暴走を起こしてしまって……。父に、魔力を抑えるために付けておくように、と渡されました」
思い出したくもない過去だけど、アーティファクトを外した以上、また魔力暴走を起こさないとも限らない。
友好国でそんな事をしでかせば、両国の関係に亀裂を生じてしまう。だから僕は正直に伝えた。
レグラス様の反応は気になるけど、アーティファクトを外したのは自分の意思だ。どんな反応でも受け止めるつもりでいた。
じっとレグラス様を見つめていると、するりと彼の腕が背中に回され、ぐっと強く抱き締められた。
「ーーすまない」
僕の耳元で囁くように謝罪の言葉が告げられれる。
何に対してのものなのか僕には全く心当たりがなくて、レグラス様にぎゅっと抱き締められたままの状態で何度も瞬いた。
「……レグラス、様?」
そろりと窺うように名前を呼んでみると、僕を抱く腕に更に力が籠もった。
「君が私を噛んだのは、君が七歳の時だ。留学期間を終えて帝国に帰る事になったと告げた時、君はパニックになって私を噛んだ」
「ーーえ?」
「その行動がネヴィ公爵に知られて、君は罰として部屋での謹慎処分となったんだ。帝国に帰る前に、せめて挨拶をしたいと願ったが公爵は許さなかった。君の存在が両国の仲にヒビを入れて危険だと、別棟で隔離する、と言って……。何もできないまま、私は帝国に帰るしかなかった」
「それって……」
言葉に詰まる。じゃあ、あの時、僕が魔力暴走を起こしたのは、『ラス』様がアステル王国を去ってしまった事を知って絶望してしまったから?
「君の事を考えるなら、留学期間、あんな風に君を構うべきじゃなかった。残された幼い君が、淋しさのあまり魔力を暴走させてしまう事など、考えなくても分かった筈なのに……」
「っ、でも、レグラス様が悪いんじゃないんです。僕が感情をコントロールできなくて仕出かした事だから……」
「いや。君の、ネヴィ家での境遇を考えると、先ず帝国に連れて帰る方法を探すべきだったんだ。それをせずに、君と過ごす安穏な生活を享受していた愚かな自分に心底腹が立つ」
ギリリっと彼が歯を食いしばる音がする。
そんな昔の事、レグラス様が後悔することじゃないのに、と僕は思う。
『ラス』様のことは、この間夢を見るまで殆ど忘れていたくらいだ。僕はあの魔力暴走を彼のせいだとは思っていない。
自分の過去の行動に責任を持つのは、自分自身であるべきだと思うんだ。
他人のせいにしたら、もうそこから先の成長は望めないと僕は思っている。だからレグラス様にもそんなに自分を追い詰める程後悔して欲しくない、僕は心からそう思った。
「私の父が、前皇帝の弟だ。爵位は公爵だが、皇族の血は流れている。だから留学生としてアステル王国に行ったんだ」
「皇弟……」
「ああ。だが、父は臣下に降った身だから、私にも皇位継承権はない。だから留学中は王宮ではなく、君の一族であるネヴィ家で世話になっていた訳だ」
そう説明されて僕は納得した。
いつの間にか現れて、いつの間にか姿を消した『ラス』様。
あれは一体誰で、何のためにネヴィ公爵家に滞在していたのか、さっぱり分からなかったのだ。
レグラス様が言ったように、アステル王国に来る留学生は皇族だから堅牢な王宮が滞在先になる。
だからこそネヴィ家に滞在していた、あの美麗な『ラス』様が留学生だとは考えもしなかったんだ。
「覚えていないかもしれないが、小さい君を一度酷く驚かせてしまった事がある。その時も君に噛まれたよ。小さい分、牙も鋭くてね。噛まれた痛みは、あの時の方が強かったように思う」
「す……すみません……」
慌てて僕は謝る。記憶にはないけど、レグラス様がそう言うなら、子供の頃の僕は彼を噛んだんだろう。
あの頃は、ネヴィ家で唯一僕を庇護してくれていた母様がいなくなって、常にビクついていた覚えはあるし。
「謝って欲しいわけじゃない」
レグラス様は真面目な顔に戻って、僕をじっと見下ろした。
「帝国にきた時、君は既に体調が悪く酷く衰弱していた。だから話をする機会がなかったんだが、丁度いい。今、話をしよう」
そう言われて、僕はコクリと頷いた。
過去の事も気になるし、何故レグラス様が僕の身元保証人になってくれたのかも気になる。
もしかしたら、それが分かるかも知れない、と僕はぐっと唇を引き締めた。
『閣下は情だけで動く方ではありません。そうするには、それなりの理由があるはずです』
脳裏にトーマさんの言葉が浮かぶ。
ーーその理由も分かるかもしれない。どんな理由でも、きちんと受け入れよう。
そう思って、僕は自分のシャツの胸元をぎゅっと握り締めた。
その僕の手を、レグラス様の大きな手が握り込んできて、僕はいつの間にか落としていた視線をぱっと上げた。
「私から話をする前に、一つ教えて欲しい。君があのアーティファクトを付けたのはいつだ?」
「……僕が七歳の時です」
答える声が小さくなる。
この歳の時、僕は感情に引き摺られて魔力暴走を起こしてしまった。まだ魔力制御を習う前の歳だった。
何故、あんなに魔力を暴走させるに至ったのかは覚えていない。多分、母様が居なくなった悲しみを昇華できずに、爆発させてしまったのだと思う。
母様がネヴィ家を去って二年も経っていたのに、あの時の自分はなんて幼かったんだろうと今でも思うんだ。
あの時、僕は住まいを本邸から離れた別棟に移されている最中で、沢山の人があの場に居た。
その場で魔力暴走が起きたんだ。大惨事になることなんて、火を見るより明らかだった。
幸いな事に死者は出なかったものの、別棟は吹き飛ばされてボロボロになり、怪我人も大勢でた。
魔力暴走が起きて初めて僕の魔力の多さに気付いた父様が、怖い顔をしてあのアーティファクトを持ってきたんだ。
『人殺しになりたくなければ、これを付けろ。一生外すな。もし外す事があれば、その時はキサマを殺す』
ーーそう、言われた。
人を傷付けたくないし、殺すなんて恐ろしくて以ての外だ。
僕は無言のまま頷いて、父様の前で、自分であのアーティファクトを付けたのだった。
「僕……魔力暴走を起こしてしまって……。父に、魔力を抑えるために付けておくように、と渡されました」
思い出したくもない過去だけど、アーティファクトを外した以上、また魔力暴走を起こさないとも限らない。
友好国でそんな事をしでかせば、両国の関係に亀裂を生じてしまう。だから僕は正直に伝えた。
レグラス様の反応は気になるけど、アーティファクトを外したのは自分の意思だ。どんな反応でも受け止めるつもりでいた。
じっとレグラス様を見つめていると、するりと彼の腕が背中に回され、ぐっと強く抱き締められた。
「ーーすまない」
僕の耳元で囁くように謝罪の言葉が告げられれる。
何に対してのものなのか僕には全く心当たりがなくて、レグラス様にぎゅっと抱き締められたままの状態で何度も瞬いた。
「……レグラス、様?」
そろりと窺うように名前を呼んでみると、僕を抱く腕に更に力が籠もった。
「君が私を噛んだのは、君が七歳の時だ。留学期間を終えて帝国に帰る事になったと告げた時、君はパニックになって私を噛んだ」
「ーーえ?」
「その行動がネヴィ公爵に知られて、君は罰として部屋での謹慎処分となったんだ。帝国に帰る前に、せめて挨拶をしたいと願ったが公爵は許さなかった。君の存在が両国の仲にヒビを入れて危険だと、別棟で隔離する、と言って……。何もできないまま、私は帝国に帰るしかなかった」
「それって……」
言葉に詰まる。じゃあ、あの時、僕が魔力暴走を起こしたのは、『ラス』様がアステル王国を去ってしまった事を知って絶望してしまったから?
「君の事を考えるなら、留学期間、あんな風に君を構うべきじゃなかった。残された幼い君が、淋しさのあまり魔力を暴走させてしまう事など、考えなくても分かった筈なのに……」
「っ、でも、レグラス様が悪いんじゃないんです。僕が感情をコントロールできなくて仕出かした事だから……」
「いや。君の、ネヴィ家での境遇を考えると、先ず帝国に連れて帰る方法を探すべきだったんだ。それをせずに、君と過ごす安穏な生活を享受していた愚かな自分に心底腹が立つ」
ギリリっと彼が歯を食いしばる音がする。
そんな昔の事、レグラス様が後悔することじゃないのに、と僕は思う。
『ラス』様のことは、この間夢を見るまで殆ど忘れていたくらいだ。僕はあの魔力暴走を彼のせいだとは思っていない。
自分の過去の行動に責任を持つのは、自分自身であるべきだと思うんだ。
他人のせいにしたら、もうそこから先の成長は望めないと僕は思っている。だからレグラス様にもそんなに自分を追い詰める程後悔して欲しくない、僕は心からそう思った。
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