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第1話
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「今度の金曜日の夜ね、みんなでビアガーデン行こうってなったんだけど、秋浦くんも行く?」
「……いや、俺はいいですよ。行ってきてください」
「……そんなこと言わずにさ、……行こうよ」
君は、そう言ってとても悲しそうな顔をした。胸が締めつけられた。
「……わかりました」
俺にとって、君は太陽みたいな人だった。会社に入ったばかりの俺に、君はなんでも優しく教えてくれた。朝すれちがうと、君はいつも明るく挨拶してくれた。俺が仕事で失敗すると、君は話を聞いて励ましてくれた。社外から会社に電話をかけて君が出ると、必ず俺の体調を気遣う一言を添えてくれた。
俺は、いつのまにか君のことが好きになっていたんだ。
ひと月前、俺は君に告白をした。君の返事は、俺の望むものじゃなかった。九つも離れた年齢のせいなのか、君は周りの視線を気にしているように見えた。でも、俺は、思い上がりかもしれないけど、君も俺のことを好きだと思っていたんだ。だって、俺が君の手を握ったら、握り返してくれたじゃないか。俺が君の唇にキスしたら、恥ずかしそうに微笑んでいたじゃないか。
でも、君の返事は、俺の望むものじゃなかったんだ。
それから、俺は君の顔を見ることができなくなった。君としゃべることができなくなった。君が仕事の話を俺にしてきても、そっけない返事しかできなかった。同僚に飲みにいこうと誘われても、その場に君がいるなら行けなかった。君を、避けてしまっていた。君が、そのせいでどんどん悲しい顔になっていくのに気付いていた。それでも、俺は、君から逃げることしかできなかったんだ。
次の金曜日の夜は本当に暑い夜だった。陽が落ちても気温が下がらず、シャツは汗だくだった。そしてそんな暑い夜と週末が重なって、駅前の商業ビル屋上のビアガーデンはお客がいっぱいだった。俺たちのテーブルは、やはり仕事の話で盛り上がっていた。ただ、同じテーブルを囲んでいても、俺は君と目を合わそうとはしなかった。俺は、やり場のない思いをかき消すように、飲み放題のビールを浴びるように飲んだ。久々のお酒だったせいもあって、ほどなく、歩みも思考も覚束なくなった。酩酊状態になった俺は、トイレに席を立ち、個室に入ると、すぐに便器にもたれかかった。そして、全部吐き出した。ぐちゃぐちゃになった思考の中で、胃の中のものも、涙も、全部吐き出した。
……どれぐらい時間が経ったんだろう。そろそろ戻らないと、みんな心配するかな。でも、戻りたくないな。君には、君だけには、こんなぐちゃぐちゃな俺を見られたくないな。
そう思うと、涸れたと思ったはずの涙がまた溢れてきた。トイレの外の人目に付かない物陰で、俺はしゃがんだまま動けなくなった。
「秋浦くん、大丈夫?」
その声は、聞き覚えのある声だった。夢だと思った。待ち望んでいた声だった。ずっと、聞きたかった声だった。顔を上げたそこには、君がいた。君が、太陽のように見えた。
「大丈夫? ……今日は、ごめんね」
とても悲しそうな顔だった。その顔に、俺の感情は、もう限界だった。
「……誘って。……でも、」
その瞬間、俺は君を抱きしめた。強く、強く抱きしめた。そして、君の唇をふさいだ。強く、強くふさいだ。こんなに強く誰かを抱きしめたのは、生まれて初めてだった。誰も来ないでくれと願った。この瞬間が永遠に続けばいいのにと思った。熱い涙が、止まらなかった。
「…………ん……」
どれぐらい、そうしていただろうか。息が苦しくなって、顔を少し離した。君は、俺のぐちゃぐちゃになった顔を見ながら、優しく微笑んだ。その微笑みを見て、俺は、急に自分が情けなくなった。
「………………最低だよ。最低だ。俺」
「……戻らないと。……みんなが心配するよ」
そこから、ビアガーデンを出て電車に乗るまでの記憶はほとんどない。唯一、屋上から下りる満員のエレベーターの中で、俺は君の手を、誰にも気付かれないように、強く、強く握っていたことを、憶えている。
帰りの電車の中で、俺は呆然と座っていた。ふと携帯を見ると、君からのメールが一通、届いていた。
『今日は本当にごめんね。……でも、秋浦くんにも、みんなと仲良くしてほしくて……』
それを見て、また涙が出てきた。自分の情けなさが、不甲斐なかった。未だまとまらない思考の中で、返信を打った。
『最低だ。最低です。俺、やっぱり、君のことが……』
まともな文章にもなっていない。でも、それで送信した。このぐちゃぐちゃな思いを表現するには、それしかないと思った。君からは、すぐに返信が来た。
『……あんな風に抱きしめられたら……私……』
それを見て、また自分が情けなくなった。最低な人間だと思った。もう君に合わす顔なんてないと思った。でも、君を好きでたまらなかった。
あの真夏の夜の太陽を、俺は、いまも忘れない。
(了)
「……いや、俺はいいですよ。行ってきてください」
「……そんなこと言わずにさ、……行こうよ」
君は、そう言ってとても悲しそうな顔をした。胸が締めつけられた。
「……わかりました」
俺にとって、君は太陽みたいな人だった。会社に入ったばかりの俺に、君はなんでも優しく教えてくれた。朝すれちがうと、君はいつも明るく挨拶してくれた。俺が仕事で失敗すると、君は話を聞いて励ましてくれた。社外から会社に電話をかけて君が出ると、必ず俺の体調を気遣う一言を添えてくれた。
俺は、いつのまにか君のことが好きになっていたんだ。
ひと月前、俺は君に告白をした。君の返事は、俺の望むものじゃなかった。九つも離れた年齢のせいなのか、君は周りの視線を気にしているように見えた。でも、俺は、思い上がりかもしれないけど、君も俺のことを好きだと思っていたんだ。だって、俺が君の手を握ったら、握り返してくれたじゃないか。俺が君の唇にキスしたら、恥ずかしそうに微笑んでいたじゃないか。
でも、君の返事は、俺の望むものじゃなかったんだ。
それから、俺は君の顔を見ることができなくなった。君としゃべることができなくなった。君が仕事の話を俺にしてきても、そっけない返事しかできなかった。同僚に飲みにいこうと誘われても、その場に君がいるなら行けなかった。君を、避けてしまっていた。君が、そのせいでどんどん悲しい顔になっていくのに気付いていた。それでも、俺は、君から逃げることしかできなかったんだ。
次の金曜日の夜は本当に暑い夜だった。陽が落ちても気温が下がらず、シャツは汗だくだった。そしてそんな暑い夜と週末が重なって、駅前の商業ビル屋上のビアガーデンはお客がいっぱいだった。俺たちのテーブルは、やはり仕事の話で盛り上がっていた。ただ、同じテーブルを囲んでいても、俺は君と目を合わそうとはしなかった。俺は、やり場のない思いをかき消すように、飲み放題のビールを浴びるように飲んだ。久々のお酒だったせいもあって、ほどなく、歩みも思考も覚束なくなった。酩酊状態になった俺は、トイレに席を立ち、個室に入ると、すぐに便器にもたれかかった。そして、全部吐き出した。ぐちゃぐちゃになった思考の中で、胃の中のものも、涙も、全部吐き出した。
……どれぐらい時間が経ったんだろう。そろそろ戻らないと、みんな心配するかな。でも、戻りたくないな。君には、君だけには、こんなぐちゃぐちゃな俺を見られたくないな。
そう思うと、涸れたと思ったはずの涙がまた溢れてきた。トイレの外の人目に付かない物陰で、俺はしゃがんだまま動けなくなった。
「秋浦くん、大丈夫?」
その声は、聞き覚えのある声だった。夢だと思った。待ち望んでいた声だった。ずっと、聞きたかった声だった。顔を上げたそこには、君がいた。君が、太陽のように見えた。
「大丈夫? ……今日は、ごめんね」
とても悲しそうな顔だった。その顔に、俺の感情は、もう限界だった。
「……誘って。……でも、」
その瞬間、俺は君を抱きしめた。強く、強く抱きしめた。そして、君の唇をふさいだ。強く、強くふさいだ。こんなに強く誰かを抱きしめたのは、生まれて初めてだった。誰も来ないでくれと願った。この瞬間が永遠に続けばいいのにと思った。熱い涙が、止まらなかった。
「…………ん……」
どれぐらい、そうしていただろうか。息が苦しくなって、顔を少し離した。君は、俺のぐちゃぐちゃになった顔を見ながら、優しく微笑んだ。その微笑みを見て、俺は、急に自分が情けなくなった。
「………………最低だよ。最低だ。俺」
「……戻らないと。……みんなが心配するよ」
そこから、ビアガーデンを出て電車に乗るまでの記憶はほとんどない。唯一、屋上から下りる満員のエレベーターの中で、俺は君の手を、誰にも気付かれないように、強く、強く握っていたことを、憶えている。
帰りの電車の中で、俺は呆然と座っていた。ふと携帯を見ると、君からのメールが一通、届いていた。
『今日は本当にごめんね。……でも、秋浦くんにも、みんなと仲良くしてほしくて……』
それを見て、また涙が出てきた。自分の情けなさが、不甲斐なかった。未だまとまらない思考の中で、返信を打った。
『最低だ。最低です。俺、やっぱり、君のことが……』
まともな文章にもなっていない。でも、それで送信した。このぐちゃぐちゃな思いを表現するには、それしかないと思った。君からは、すぐに返信が来た。
『……あんな風に抱きしめられたら……私……』
それを見て、また自分が情けなくなった。最低な人間だと思った。もう君に合わす顔なんてないと思った。でも、君を好きでたまらなかった。
あの真夏の夜の太陽を、俺は、いまも忘れない。
(了)
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