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第151話
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◆◆◆◆◆◆
蓮の腕の中で、ローズが徐々に力を失っていく。蓮の腕を掴んでいたその細い手も、力なくはがれベッドの上に落ちてしまった。蓮はローズをきつく抱きしめると必死に叫んでいた。
「駄目だ、智也!!死んだりしないでくれ。俺を一人にしないでくれ。俺は・・お前さえ傍に居てくれればそれだけでいいんだ。だから、お願いだから、死ぬな!!」
ローズの目がゆっくりと閉じ、僅かに開いた彼女の唇から、蓮を想う言葉が零れ落ちた。
「もし・・・もう一度、命が巡るなら・・・今度は、あなただけを・・・あなただけを愛するわ、蓮。蓮だけを愛して・・・愛し合いたい・・・」
その言葉を聞いた時、蓮はぼろぼろと涙を流していた。蓮は、自分の腕の中で最愛の人の鼓動の拍動が途切れ弱まりそして完全に沈黙する瞬間に遭遇した。同時に、元の世界の『智也』の肉体も死を迎えたことを蓮は悟った。それでも、彼は人形のようなローズを抱きしめたまま気が狂ったように呟き続けていた。
「何故死んだ。なぜ、死んだんだ?これは神が俺に下した俺への罰なのか?精神の一部を・・・『トモ』をアーサーの刺客として放たなければ、魔法陣を正常に保つ力を失わずにすんだ。そうすれば、智也もこいつの妹も元の世界に無事に送り届けることができたんだ。それなのに・・・これは・・・多くの人間の命を奪ってきた罰なのか?だから、一番大切なものを目の前で失うことになったのか?」
蓮はローズを抱きしめうな垂れたまま尚も呟き続けていた。
「・・・そうだ、ローズは『命が巡るなら』と言ってたな。その命を巡らせるのも神様か?・・・命が巡るなら・・命は巡って・・そして、『智也』の魂はどこに行くんだ?輪廻してまた生まれ変わるのか?俺は、それを待ち続けるのか?」
蓮は、恐怖にも似た思考に思い至り身震いした。そして、語気を強めて言葉を吐き出していた。
「そんな神様はいらない。俺からこいつを奪う神など、俺が殺してやる。そうだ、俺がその神になればいい。命の巡りを俺が支配する・・・『智也』の輪廻を断ち切ろう。俺が、『トモ』の祖母に輪廻を断ち切られたようにこいつの魂がもうどこにも行かないように輪廻を断ち切ればいい。そして、ローズの肉体に再び魂を定着させるんだ。」
蓮は暗黒のマントから、ノートを取り出した。それは、蓮、智也、モモを異世界へと導いたノートだった。蓮は目を瞑ると、『トモ』の祖母の脳を喰らった牢獄塔での出来事を思い出していた。
牢獄塔で、老婆から『トモ』の先祖に突出して呪いの魔法陣を得意とした魔法使いが存在していたことを聞かされていた。その男の描いた魔法陣、文章を老婆はすべて読み脳に記録していた。そして、蓮はその彼女の脳を喰らうことで、異世界と元の世界を繋ぐ魔法陣を作る技術を会得した経緯がある。
蓮は、己の脳に刻んだ魔法陣のすべてを海馬から読みおこし羅列して見比べ、消去しては必要とする魔法陣を探す作業に専念した。
どれほどの時間が要したかは、蓮本人にもわからなかった。だが、腕に抱くローズの体のぬくもりがまだ残っていることに蓮は安堵の息を吐き出した。涙に濡れた蓮の瞳はいつの間にからんらんと輝きだし、邪悪なものさえ感じさせるものとなっていた。
「・・・・見つけた。特定の魂の呼び戻しと肉体への定着の魔法陣。だが・・・この魔法陣は今の俺には強力すぎて形態を保てない。どうすればいい?『トモ』を失った俺の精神ではこの魔法陣は発動できないのか?いや・・方法はあるはずだ。さがせ、探せ!!」
蓮は再び目を瞑ると記憶に探りをいれる。
脳に刻まれたその知識は、一瞬の光のように目の前を過ぎ去ろうとした。だが、蓮はそれを逃さなかった。捉えた知識は、蓮の決意をひるませるものではなかった。
「こんな簡単なことで、魔法陣が発動できるならいくらでもくれてやる。俺の寿命の一部を欠けた精神の対価として補完する。『智也』の魂を探し出しその輪廻を断ち切り、ローズの体に定着させる。魔法陣よ、発動しろ!!」
蓮の言葉と同時に、ローズの寝室の天井全体を覆うような魔法陣が出現した。その魔法陣は、歪みも無く美しいほどの円を空中に浮かび上がらせていた。その魔法陣から幾重にも青い光が部屋全体に伸びて求める魂を探し始めた。やがて、その光の束は部屋を飛び出しそしてすぐに目的の魂を探し当てた。
魂はすぐ傍にまだ留まっていたのだ。蓮は魔法で部屋の外の様子が見えていた。『智也』の魂は、廊下の床にうずくまったローズの息子ラインハルトの傍をふわふわと漂っていた。肉体を離れた魂に意志があるかどうかは蓮にもわからなかったが、それでも子を想う『智也』の意志が伝わるようで胸が熱くなり、同時にその愛情を一身に受ける息子ラインハルトに嫉妬めいた感情を覚えた。
蓮の精神の欠落を彼の寿命の一部で補った魔法陣は、絶大な力を示した。魔法陣は求める魂を見つけると、一気にその魂を魔法陣内に取り込みそしてその魂の定着場所に向かって円を集約しながら空をきった。
蓮の胸に抱かれたローズの体がドンと一瞬空に浮いた。魔法陣は魂を取り込んだままローズの体に体当たりした形になったためだ。蓮はローズの胸に魔法陣が刻まれたことを見て取った。火傷をしている様子ではないことにほっと安堵の息を漏らしたが、それでもこの魔法陣の痕は一生消えそうに無いことを悟り胸が痛んだ。
蓮はローズをベッドに寝かすと、魂の定着に成功したと確信しつつも僅かに怯えを覚えながら、彼女の名前を呼んだ。
「智也・・・・いや、ローズ。目を覚ましてくれ。お前を待っている人が沢山いるんだ。お前の息子のラインハルトも廊下で泣いているよ。目覚めないと・・・お願いだ。ローズ・・・目覚めてくれ。俺に、また笑顔を見せてよ。その為だったら、俺は・・・なんだってするから。」
ローズは目覚めない。蓮は、いつの間にか涙を流していた。その涙をローズの頬に零したまま、彼女の唇を優しく奪っていた。そして、そっと話しかけていた。
「愛している・・・ローズ、心から・・愛しているんだ。眠り姫は、キスで目覚めるのが相場だろ?それとも、俺のキスじゃ満足できないか?息子のラインハルトのキスで目覚めるなら彼を呼んでもいい。とにかく、目覚めてよお願いだから・・・俺を一人にしないでくれ。」
ローズがピクリと身を震わせた。そして、ゆっくりと閉じた目を開く。焦点の定まらぬ瞳のまま、それでも見慣れた顔を見つけて彼女は口を開いた。
「蓮・・・?」
ローズの言葉に蓮はもはや返事もできなかった。ただただ、生還したローズをきつく胸に抱きしめることしか彼にはできなかった。
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蓮の腕の中で、ローズが徐々に力を失っていく。蓮の腕を掴んでいたその細い手も、力なくはがれベッドの上に落ちてしまった。蓮はローズをきつく抱きしめると必死に叫んでいた。
「駄目だ、智也!!死んだりしないでくれ。俺を一人にしないでくれ。俺は・・お前さえ傍に居てくれればそれだけでいいんだ。だから、お願いだから、死ぬな!!」
ローズの目がゆっくりと閉じ、僅かに開いた彼女の唇から、蓮を想う言葉が零れ落ちた。
「もし・・・もう一度、命が巡るなら・・・今度は、あなただけを・・・あなただけを愛するわ、蓮。蓮だけを愛して・・・愛し合いたい・・・」
その言葉を聞いた時、蓮はぼろぼろと涙を流していた。蓮は、自分の腕の中で最愛の人の鼓動の拍動が途切れ弱まりそして完全に沈黙する瞬間に遭遇した。同時に、元の世界の『智也』の肉体も死を迎えたことを蓮は悟った。それでも、彼は人形のようなローズを抱きしめたまま気が狂ったように呟き続けていた。
「何故死んだ。なぜ、死んだんだ?これは神が俺に下した俺への罰なのか?精神の一部を・・・『トモ』をアーサーの刺客として放たなければ、魔法陣を正常に保つ力を失わずにすんだ。そうすれば、智也もこいつの妹も元の世界に無事に送り届けることができたんだ。それなのに・・・これは・・・多くの人間の命を奪ってきた罰なのか?だから、一番大切なものを目の前で失うことになったのか?」
蓮はローズを抱きしめうな垂れたまま尚も呟き続けていた。
「・・・そうだ、ローズは『命が巡るなら』と言ってたな。その命を巡らせるのも神様か?・・・命が巡るなら・・命は巡って・・そして、『智也』の魂はどこに行くんだ?輪廻してまた生まれ変わるのか?俺は、それを待ち続けるのか?」
蓮は、恐怖にも似た思考に思い至り身震いした。そして、語気を強めて言葉を吐き出していた。
「そんな神様はいらない。俺からこいつを奪う神など、俺が殺してやる。そうだ、俺がその神になればいい。命の巡りを俺が支配する・・・『智也』の輪廻を断ち切ろう。俺が、『トモ』の祖母に輪廻を断ち切られたようにこいつの魂がもうどこにも行かないように輪廻を断ち切ればいい。そして、ローズの肉体に再び魂を定着させるんだ。」
蓮は暗黒のマントから、ノートを取り出した。それは、蓮、智也、モモを異世界へと導いたノートだった。蓮は目を瞑ると、『トモ』の祖母の脳を喰らった牢獄塔での出来事を思い出していた。
牢獄塔で、老婆から『トモ』の先祖に突出して呪いの魔法陣を得意とした魔法使いが存在していたことを聞かされていた。その男の描いた魔法陣、文章を老婆はすべて読み脳に記録していた。そして、蓮はその彼女の脳を喰らうことで、異世界と元の世界を繋ぐ魔法陣を作る技術を会得した経緯がある。
蓮は、己の脳に刻んだ魔法陣のすべてを海馬から読みおこし羅列して見比べ、消去しては必要とする魔法陣を探す作業に専念した。
どれほどの時間が要したかは、蓮本人にもわからなかった。だが、腕に抱くローズの体のぬくもりがまだ残っていることに蓮は安堵の息を吐き出した。涙に濡れた蓮の瞳はいつの間にからんらんと輝きだし、邪悪なものさえ感じさせるものとなっていた。
「・・・・見つけた。特定の魂の呼び戻しと肉体への定着の魔法陣。だが・・・この魔法陣は今の俺には強力すぎて形態を保てない。どうすればいい?『トモ』を失った俺の精神ではこの魔法陣は発動できないのか?いや・・方法はあるはずだ。さがせ、探せ!!」
蓮は再び目を瞑ると記憶に探りをいれる。
脳に刻まれたその知識は、一瞬の光のように目の前を過ぎ去ろうとした。だが、蓮はそれを逃さなかった。捉えた知識は、蓮の決意をひるませるものではなかった。
「こんな簡単なことで、魔法陣が発動できるならいくらでもくれてやる。俺の寿命の一部を欠けた精神の対価として補完する。『智也』の魂を探し出しその輪廻を断ち切り、ローズの体に定着させる。魔法陣よ、発動しろ!!」
蓮の言葉と同時に、ローズの寝室の天井全体を覆うような魔法陣が出現した。その魔法陣は、歪みも無く美しいほどの円を空中に浮かび上がらせていた。その魔法陣から幾重にも青い光が部屋全体に伸びて求める魂を探し始めた。やがて、その光の束は部屋を飛び出しそしてすぐに目的の魂を探し当てた。
魂はすぐ傍にまだ留まっていたのだ。蓮は魔法で部屋の外の様子が見えていた。『智也』の魂は、廊下の床にうずくまったローズの息子ラインハルトの傍をふわふわと漂っていた。肉体を離れた魂に意志があるかどうかは蓮にもわからなかったが、それでも子を想う『智也』の意志が伝わるようで胸が熱くなり、同時にその愛情を一身に受ける息子ラインハルトに嫉妬めいた感情を覚えた。
蓮の精神の欠落を彼の寿命の一部で補った魔法陣は、絶大な力を示した。魔法陣は求める魂を見つけると、一気にその魂を魔法陣内に取り込みそしてその魂の定着場所に向かって円を集約しながら空をきった。
蓮の胸に抱かれたローズの体がドンと一瞬空に浮いた。魔法陣は魂を取り込んだままローズの体に体当たりした形になったためだ。蓮はローズの胸に魔法陣が刻まれたことを見て取った。火傷をしている様子ではないことにほっと安堵の息を漏らしたが、それでもこの魔法陣の痕は一生消えそうに無いことを悟り胸が痛んだ。
蓮はローズをベッドに寝かすと、魂の定着に成功したと確信しつつも僅かに怯えを覚えながら、彼女の名前を呼んだ。
「智也・・・・いや、ローズ。目を覚ましてくれ。お前を待っている人が沢山いるんだ。お前の息子のラインハルトも廊下で泣いているよ。目覚めないと・・・お願いだ。ローズ・・・目覚めてくれ。俺に、また笑顔を見せてよ。その為だったら、俺は・・・なんだってするから。」
ローズは目覚めない。蓮は、いつの間にか涙を流していた。その涙をローズの頬に零したまま、彼女の唇を優しく奪っていた。そして、そっと話しかけていた。
「愛している・・・ローズ、心から・・愛しているんだ。眠り姫は、キスで目覚めるのが相場だろ?それとも、俺のキスじゃ満足できないか?息子のラインハルトのキスで目覚めるなら彼を呼んでもいい。とにかく、目覚めてよお願いだから・・・俺を一人にしないでくれ。」
ローズがピクリと身を震わせた。そして、ゆっくりと閉じた目を開く。焦点の定まらぬ瞳のまま、それでも見慣れた顔を見つけて彼女は口を開いた。
「蓮・・・?」
ローズの言葉に蓮はもはや返事もできなかった。ただただ、生還したローズをきつく胸に抱きしめることしか彼にはできなかった。
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