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第142話
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◆◆◆◆◆◆
(首都アザンガルドの見える草原)
従者は、ゆっくりと立ち上がった。
従者は、笑ってるようにもまた苦しげに泣いているようにも見えた。
従者は、人間にも見えたが獣族のようにも見えた。
従者は、男のようにも見えたし、女のようにも見えた。
だが、被ったフードを取ってその姿を露にした時、アーサーははっきりとその相手の名前を呼んでいた。
「トモ・・・・」
漆黒の髪が草原に吹く風に煽られ乱れていた。その瞳は濡れたような暗黒色だった。
彼女の身を包んでいたフードが風に飛ばされ、草原の空の彼方に飛ばされていく。露になった姿は、線の細い女性だった。それでいて、どこにも隙の無い女性がそこにいた。
その彼女がゆっくりと口を開き優しくアーサーの名前を呼んだ。
「アーサー、ごめんなさい。死んでもらうわ。」
トモはそう言うと、右手を天にさし出した。一瞬その手に魔法陣が浮かんだが、それもすぐに消えてあとには禍々しいほどの獣の手が現れた。トモは忌々しそうに自らの尖った爪を見つめながら、薄くため息をついた。
アーサーは、トモに剣を向けながらも彼女から視線を外すと苦々しく言葉を吐き出した。
「やめろ!!その姿をするな、レン。トモに姿を似せた上に、その姿を獣と化すつもりか。それは、死んだ人間への冒涜だ!!」
アーサーの言葉に、トモは僅かに浮かべていた微笑を消し去ると真剣な顔で口を開いた。
「アーサー・・・あなたには信じられないことかもしれないけれど、私と蓮は同じ人間なの。同じ魂をこの体に宿しているの。幼くして死んだトモは、別の世界で転生して生まれ変わった・・・それが、蓮。」
アーサーはトモの言葉を掻き消すように叫んでいた。
「黙れ、レン!!俺の古傷を弄って楽しいのかよ、お前は。もうやめてくれ、トモを汚すのはやめてくれ。」
「信じなくてもいい。いいよ・・・アーサー。でも、私は伝えたかったの。私は、蓮の中に存在するって伝えたかったの。蓮は、牢獄塔に閉じ込められていた祖母によって輪廻の輪をきられてしまったから・・彼は生きる意味を見失ってしまったの。そして、蓮は・・・その意味を智也に見出した。女に生まれ変わった彼女の子供を守り、その血が王家に流れ続けるかぎりこの王国を守り続けるつもりなんだよ。その信念だけで動いているの。でも、私にそんな信念なんてない。ただ・・・あなたに会いたかっただけ。アーサーに逢いたかったの。愛しているから・・また愛し合いたかったから。」
アーサーはきつい目をしながら、彼女の咽元に剣を突きつけると口を開いた。
「俺を愛しているだと?そのお前が・・・平然と俺を殺すと口にする。」
トモは苦しそうな表情で口を開いた。
「だって・・・私は、蓮には逆らえないから。私は彼の前世だけど、彼は自分を愛せない人だから・・・前世の私を愛するはずないよ。彼が私を心の中に存在させるのは、ただアーサーの心を乱すためだけ。乱して、あなたを殺しやすくする為。でも、そのお陰で私は蓮によって実体を持つことを許された。あなたと肌を合わすこともできた。憶えていて?あの夜のことを?」
アーサーはトモから視線を逸らしつつ口を開いた。
「俺は・・以前にレンに言ったはずだ。トモヤの為にこの命を奉げる事に迷いはないと。だから、こんな方法を取る必要は無かったんだ。兵を無残に殺して、それを獣族が殺したように見せかけて、レンは何を企んでいるんだ?第一、妊婦のトモヤにこんな惨劇を見せてお前は平気なのか、答えろよレン。」
アーサーの言葉が、蓮の心を揺るがしたのは明らかだった。トモの姿に薄っすらと蓮の影が重なってはゆらゆらとして消えていく。そしてまた現れると、蓮は苦々しく口を開いた。
「アーサー。前世のトモを実体化させたのは、お前に無償の愛を求めることは難しくなったと判断したからだ。お前は、政略結婚とはいえその女との間に子をもうけた。それはお前が思う以上に大きな変化だ、アーサー。お前は、我が子をその手に抱けばトモヤと命の天秤にかけるはずだ。」
「命の天秤?」
トモの姿に重なった蓮の影が濃くなった。その顔は苦悩に満ちているように、アーサーには思えた。蓮は、咽元に剣先を押し付けられていることもかまわず心ここにあらずという感じで独り言をはじめた。
「命の天秤だ。俺の言葉じゃない、あいつの作り出した言葉だ。ようやく呼吸をし始めた。なんで、息を止めるんだ。俺の声は届かないし、いや・・・くそ、どうして俺はまたこんなにも智也を苦しめているんだ。また息が止まった。呼吸をしろ、智也・・・もっとゆっくり、深く・・息をするんだ。命の天秤か・・・そんなに、泣かないで、智也。」
不意に蓮が、目を瞑りやがて静かに口をひらいた。
「命の天秤は後者に傾いた。アーサー・・・智也は選んだ。苦しみながら、選んだんだ・・・後者を。」
「どういう意味だ?」
アーサーが聞きなおした時には、もう蓮の影は薄くなり消え去りトモの姿が草原の中くっきりと浮かび上がっていた。夕陽を背に負った彼女は、神々しいばかりに輝いていた。アーサーは、あまりの美しさにその姿に見とれてしまった。トモの咽元に突きつけていた剣先が自然と下に落ちていった。それでも、まだアーサーの剣は彼女の胸を突き抜ける位置で止まっていた。
アーサーが初めてトモと出逢った時も、彼女は夕陽を背にしていた。
堅苦しい王宮から抜け出し、アザンガルドの街を歩いている時にアーサーは彼女と出逢った。美しい黒い髪、黒い瞳の少女だった。そして、アーサーは彼女に一目惚れした。彼女を欲するあまり、王家の契約魔法使いとしたのだった。欲しくて、彼女が欲しくて王宮に連れ込み、そして・・・カインに殺された。
アーサーの心にはいまだに罪の意識が根付いていた。
カインがトモを殺したが、アーサーが王宮にトモを連れ込まなければ彼女は殺されなかったはずだからだ。トモを死なせたのは自分だと、アーサーはずっと心の奥底に罪を抱えていた。
幼かった少女はもういない。だが、目の前に美しく成長したトモがいる。草原で強い風を受けて立っている。その女性が悲しげに微笑んで呟いた。
「アーサー、私と一緒に死んで・・・お願い。」
「トモ」
それは一瞬の出来事だった。
トモはアーサーに抱き着くと彼女の胸元に突きつけられた彼の剣先を自らの体内に突き刺した。同時に、トモは尖った獣の爪をアーサーの胸に食い込ませていた。
風渡る草原を夕陽が真っ赤に染めあげていた。その中、アーサーはトモを抱きしめていた。そして、トモもアーサーを抱きしめていた。二人は抱きしめあったまま、ゆっくりと草原に崩れ落ちた。二人の体は、風に煽られた草原の草に体を包み込まれる。
「アーサー、これで・・・私は・・・蓮から解放されたわ。もう一度・・・死ぬのね、私。」
「今度は、俺も一緒に逝きたい・・・もう・・・・一人で死ぬな、トモ。」
アーサーは、死んだ。
蓮により実体化された黒髪の女性を抱きしめ、首都アザンガルドを望む草原でその命を散らした。命の天秤は残酷に傾き、一人の男は生命を奪われ、もう一人の女性は精神を奪われた。
だが、二人は殺しあったにもかかわらず、彼らは穏やかな、あるいは幸せそうな表情をしていた。
王家の血に宿った青白い炎はアーサーの体からゆっくりと離れると、それは意志を宿した青い龍のように天を走りその力を求める男の元へと飛び去っていった。
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(首都アザンガルドの見える草原)
従者は、ゆっくりと立ち上がった。
従者は、笑ってるようにもまた苦しげに泣いているようにも見えた。
従者は、人間にも見えたが獣族のようにも見えた。
従者は、男のようにも見えたし、女のようにも見えた。
だが、被ったフードを取ってその姿を露にした時、アーサーははっきりとその相手の名前を呼んでいた。
「トモ・・・・」
漆黒の髪が草原に吹く風に煽られ乱れていた。その瞳は濡れたような暗黒色だった。
彼女の身を包んでいたフードが風に飛ばされ、草原の空の彼方に飛ばされていく。露になった姿は、線の細い女性だった。それでいて、どこにも隙の無い女性がそこにいた。
その彼女がゆっくりと口を開き優しくアーサーの名前を呼んだ。
「アーサー、ごめんなさい。死んでもらうわ。」
トモはそう言うと、右手を天にさし出した。一瞬その手に魔法陣が浮かんだが、それもすぐに消えてあとには禍々しいほどの獣の手が現れた。トモは忌々しそうに自らの尖った爪を見つめながら、薄くため息をついた。
アーサーは、トモに剣を向けながらも彼女から視線を外すと苦々しく言葉を吐き出した。
「やめろ!!その姿をするな、レン。トモに姿を似せた上に、その姿を獣と化すつもりか。それは、死んだ人間への冒涜だ!!」
アーサーの言葉に、トモは僅かに浮かべていた微笑を消し去ると真剣な顔で口を開いた。
「アーサー・・・あなたには信じられないことかもしれないけれど、私と蓮は同じ人間なの。同じ魂をこの体に宿しているの。幼くして死んだトモは、別の世界で転生して生まれ変わった・・・それが、蓮。」
アーサーはトモの言葉を掻き消すように叫んでいた。
「黙れ、レン!!俺の古傷を弄って楽しいのかよ、お前は。もうやめてくれ、トモを汚すのはやめてくれ。」
「信じなくてもいい。いいよ・・・アーサー。でも、私は伝えたかったの。私は、蓮の中に存在するって伝えたかったの。蓮は、牢獄塔に閉じ込められていた祖母によって輪廻の輪をきられてしまったから・・彼は生きる意味を見失ってしまったの。そして、蓮は・・・その意味を智也に見出した。女に生まれ変わった彼女の子供を守り、その血が王家に流れ続けるかぎりこの王国を守り続けるつもりなんだよ。その信念だけで動いているの。でも、私にそんな信念なんてない。ただ・・・あなたに会いたかっただけ。アーサーに逢いたかったの。愛しているから・・また愛し合いたかったから。」
アーサーはきつい目をしながら、彼女の咽元に剣を突きつけると口を開いた。
「俺を愛しているだと?そのお前が・・・平然と俺を殺すと口にする。」
トモは苦しそうな表情で口を開いた。
「だって・・・私は、蓮には逆らえないから。私は彼の前世だけど、彼は自分を愛せない人だから・・・前世の私を愛するはずないよ。彼が私を心の中に存在させるのは、ただアーサーの心を乱すためだけ。乱して、あなたを殺しやすくする為。でも、そのお陰で私は蓮によって実体を持つことを許された。あなたと肌を合わすこともできた。憶えていて?あの夜のことを?」
アーサーはトモから視線を逸らしつつ口を開いた。
「俺は・・以前にレンに言ったはずだ。トモヤの為にこの命を奉げる事に迷いはないと。だから、こんな方法を取る必要は無かったんだ。兵を無残に殺して、それを獣族が殺したように見せかけて、レンは何を企んでいるんだ?第一、妊婦のトモヤにこんな惨劇を見せてお前は平気なのか、答えろよレン。」
アーサーの言葉が、蓮の心を揺るがしたのは明らかだった。トモの姿に薄っすらと蓮の影が重なってはゆらゆらとして消えていく。そしてまた現れると、蓮は苦々しく口を開いた。
「アーサー。前世のトモを実体化させたのは、お前に無償の愛を求めることは難しくなったと判断したからだ。お前は、政略結婚とはいえその女との間に子をもうけた。それはお前が思う以上に大きな変化だ、アーサー。お前は、我が子をその手に抱けばトモヤと命の天秤にかけるはずだ。」
「命の天秤?」
トモの姿に重なった蓮の影が濃くなった。その顔は苦悩に満ちているように、アーサーには思えた。蓮は、咽元に剣先を押し付けられていることもかまわず心ここにあらずという感じで独り言をはじめた。
「命の天秤だ。俺の言葉じゃない、あいつの作り出した言葉だ。ようやく呼吸をし始めた。なんで、息を止めるんだ。俺の声は届かないし、いや・・・くそ、どうして俺はまたこんなにも智也を苦しめているんだ。また息が止まった。呼吸をしろ、智也・・・もっとゆっくり、深く・・息をするんだ。命の天秤か・・・そんなに、泣かないで、智也。」
不意に蓮が、目を瞑りやがて静かに口をひらいた。
「命の天秤は後者に傾いた。アーサー・・・智也は選んだ。苦しみながら、選んだんだ・・・後者を。」
「どういう意味だ?」
アーサーが聞きなおした時には、もう蓮の影は薄くなり消え去りトモの姿が草原の中くっきりと浮かび上がっていた。夕陽を背に負った彼女は、神々しいばかりに輝いていた。アーサーは、あまりの美しさにその姿に見とれてしまった。トモの咽元に突きつけていた剣先が自然と下に落ちていった。それでも、まだアーサーの剣は彼女の胸を突き抜ける位置で止まっていた。
アーサーが初めてトモと出逢った時も、彼女は夕陽を背にしていた。
堅苦しい王宮から抜け出し、アザンガルドの街を歩いている時にアーサーは彼女と出逢った。美しい黒い髪、黒い瞳の少女だった。そして、アーサーは彼女に一目惚れした。彼女を欲するあまり、王家の契約魔法使いとしたのだった。欲しくて、彼女が欲しくて王宮に連れ込み、そして・・・カインに殺された。
アーサーの心にはいまだに罪の意識が根付いていた。
カインがトモを殺したが、アーサーが王宮にトモを連れ込まなければ彼女は殺されなかったはずだからだ。トモを死なせたのは自分だと、アーサーはずっと心の奥底に罪を抱えていた。
幼かった少女はもういない。だが、目の前に美しく成長したトモがいる。草原で強い風を受けて立っている。その女性が悲しげに微笑んで呟いた。
「アーサー、私と一緒に死んで・・・お願い。」
「トモ」
それは一瞬の出来事だった。
トモはアーサーに抱き着くと彼女の胸元に突きつけられた彼の剣先を自らの体内に突き刺した。同時に、トモは尖った獣の爪をアーサーの胸に食い込ませていた。
風渡る草原を夕陽が真っ赤に染めあげていた。その中、アーサーはトモを抱きしめていた。そして、トモもアーサーを抱きしめていた。二人は抱きしめあったまま、ゆっくりと草原に崩れ落ちた。二人の体は、風に煽られた草原の草に体を包み込まれる。
「アーサー、これで・・・私は・・・蓮から解放されたわ。もう一度・・・死ぬのね、私。」
「今度は、俺も一緒に逝きたい・・・もう・・・・一人で死ぬな、トモ。」
アーサーは、死んだ。
蓮により実体化された黒髪の女性を抱きしめ、首都アザンガルドを望む草原でその命を散らした。命の天秤は残酷に傾き、一人の男は生命を奪われ、もう一人の女性は精神を奪われた。
だが、二人は殺しあったにもかかわらず、彼らは穏やかな、あるいは幸せそうな表情をしていた。
王家の血に宿った青白い炎はアーサーの体からゆっくりと離れると、それは意志を宿した青い龍のように天を走りその力を求める男の元へと飛び去っていった。
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