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第140話
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◆◆◆◆◆◆
(アーサーの馬車)
「ちょっと待って、馬車に私だけが乗るってどういうこと!!アーサーは乗らないの?」
村に連れ立ってきた兵に、無理やり馬車に押し込まれそうになった、智也が悲鳴のような声をあげる。アーサーはそんな彼女を落ち着かせるようにそっと頬に唇を寄せてキスをするとそっと囁いた。
「レンが、言っていたことを忘れたのか?馬車に張られた防壁の魔方陣は一人分が限界だと言っていただろ?彼が守りたいのは、トモヤお前だ。そして・・・俺が守りたいのもお前なんだ。」
「アーサー、私は!!」
「レンは城に防壁を張って、我が母や妻やそのお腹の子を守ってくれている。きっと、お前の元に駆けつけたいだろうに・・・それを我慢して、俺の体せつな人達を守ってくれているんだ。その気持ちに、俺は報いなければならない。俺は、お前を必ず無事に王宮に送るよ。安心しろ。」
不安げな顔をした智也を馬車に押し込むと、アーサーは馬車の馬を操る従者の横に乗り込むと手綱をともに手に取り馬を王宮に向かって走らせ始めた。その馬車の周辺を、馬に乗った兵が取り囲み併走する。
「アーサーお兄様ぁあああーーーーーー!!」
妹のメアリーの悲鳴のような声を背後に聞きながら、アーサーは馬車を走らせた。馬車は、村を出るとうっそうと茂る森に覆われた道を王宮に向かって車輪を軋ませながら走り続けた。
周辺に、獣族の気配は無かった。それでも、警戒は怠らず妊婦を乗せていることも配慮しつつも馬に鞭打って早く獣族のテリトリーである森の中を無事に出たいとアーサーは真剣に願った。
そして、その願いが叶い馬車は無事に深い森の中を突っ切って草原へと出た。そこからは、夕陽で真っ赤に染まった首都のアザンガルドが見えた。アーサーと隣に座る従者はそのあまりの美しさに、馬車の歩みを止めてしまった。突然馬車が止まったことを不審に思ったのか、馬車の中の智也が窓に身を寄せていることがアーサーには分かった。そして、同じようにそのアザンガルドの街並みの美しさに息を飲んでいることに気が付いた。
暗い森を馬車で走っているときは、アーサーはすでに日が翳って夜になっていると勘違いしていた。おそらくは智也もまたそう勘違いしていたのだろう。アーサーは、危機的状況にあるにもかかわらず首都アザンガルドの景色に心を奪われていた。油断と言うよりは、この場所が王宮への道とアーサーの城の道に分かつ場所であることにある種の躊躇があったのかもしれない。
だが、アーサーはそんな気持ちを振り切るようにして馬車をまた走り出させようとした。だが、手綱で鞭打たれ嘶いた馬たちがありえない咆哮をあげて嘶いた。そして、その馬の足がありえない方向に千切れとんだことにアーサーは全身を凍りつかせた。真っ赤な血を滴らせて、馬の足が次々と引きちぎられて草原を血の海に変えていった。
足を失った馬はそのまま地面へと倒れこみ、ひき手を失った馬車は、バランスを崩しぐらりと前のめりとなったがなんとか倒れることは免れた。これも、蓮が施した防壁の魔方陣のお陰かもしれない。
「きゃぁ!!」
アーサーは馬車の中から聞こえた智也の声を聞くことで、ようやく冷静さを取り戻した。尋常でない今の状況が示していることはただ一つだった。アーサーは、馬車を囲っている兵士たちに注意を喚起した。
「獣族が近くにいるぞ!!」
だが、その注意喚起は虚しく終わってしまった。騎乗の兵たちの首が、何の容赦も無く見えぬ何かで引きちぎられて夕陽の中血しぶきが空に向かって立ち上る。何個目かの兵の首が引きちぎられた時、それが馬車の窓にぶつかった。真っ赤な血しぶきが窓を赤く染め上げていた。
「いやぁああーーーーー、アーサーァアアアアーーーーーー!!首が、首がぁああ!!」
智也の泣き声のような悲鳴が聞こえた。隣の従者は震えて馬車の運転席から転がり落ちると、地面にひれ伏すとぶるぶると震えていた。アーサーも馬車の運転席から降りると、馬車の窓に近づくとマントでできるだけ血をぬぐって叫んでいた。
「目を瞑って何も見るんじゃない、トモヤ。大丈夫だ、馬車は防壁の魔方陣で守られている。お前は大丈夫だから。」
「アーサーは?アーサーは、どうなるの?ねえ、いま馬車の扉を開けるから早く中に入って。お願い、アーサー!!」
アーサーは剣を抜き取ると、叫んでいた。
「駄目だよ、トモヤ。目を瞑っているんだ!!馬車の地面に身を伏せてじっとしているんだ。」
「でも、でも!!あっ・・もう、どうして開かないのこの扉は!!アーサー、アーサーァアアーー!!」
智也は必死で馬車の扉を開こうとしている様子で、ガチャガチャと音がしたが開く様子はなかった。アーサーは、彼の名前を呼ぶ智也の声を聞きき胸がきゅっと痛む想いがした。その想いを押し殺して、彼は剥きだしの剣を、地面にひれ伏しぶるぶると震えている従者に向けた。
「・・・・いくら獣族でも、人間の目が見えぬほどの速さで動けるとは思えない。少なくとも、俺の目を欺けるとは思えない。確かに兵たちの首は獣の牙や爪によって引きちぎられているように見えるが、そう装うこともできるはずだ・・・・魔法使いならばな。」
アーサーは苦しげに言葉を吐き出していた。兵たちや、馬の手足が引きちぎられた状態はあまりにも不自然だったからだ。
「わたしは・・・ただの従者です。アーサー様、剣を納めてください。」
従者は地面に身を伏せたまま声を震わせそう答えたが、アーサーは剣を納めることはしなかった。
「なぜだ・・何故お前だけ、生きている?馬車を止めるつもりなら馬の足と同時に俺やお前の頭も先に切り落とすことが道理だろ。だが、そうはせず・・・先に護衛の兵を獣族が殺したように見せかけた。そろそろ、正体を現してはどうだ?それとも、トモヤに知られるのが怖いのか?」
地面に伏した従者がぴくりと震え、そして静かに笑い声を上げて口を開いた。
「智也に正体を知られるようなへまを・・・俺がすると思っているのか、アーサー?」
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(アーサーの馬車)
「ちょっと待って、馬車に私だけが乗るってどういうこと!!アーサーは乗らないの?」
村に連れ立ってきた兵に、無理やり馬車に押し込まれそうになった、智也が悲鳴のような声をあげる。アーサーはそんな彼女を落ち着かせるようにそっと頬に唇を寄せてキスをするとそっと囁いた。
「レンが、言っていたことを忘れたのか?馬車に張られた防壁の魔方陣は一人分が限界だと言っていただろ?彼が守りたいのは、トモヤお前だ。そして・・・俺が守りたいのもお前なんだ。」
「アーサー、私は!!」
「レンは城に防壁を張って、我が母や妻やそのお腹の子を守ってくれている。きっと、お前の元に駆けつけたいだろうに・・・それを我慢して、俺の体せつな人達を守ってくれているんだ。その気持ちに、俺は報いなければならない。俺は、お前を必ず無事に王宮に送るよ。安心しろ。」
不安げな顔をした智也を馬車に押し込むと、アーサーは馬車の馬を操る従者の横に乗り込むと手綱をともに手に取り馬を王宮に向かって走らせ始めた。その馬車の周辺を、馬に乗った兵が取り囲み併走する。
「アーサーお兄様ぁあああーーーーーー!!」
妹のメアリーの悲鳴のような声を背後に聞きながら、アーサーは馬車を走らせた。馬車は、村を出るとうっそうと茂る森に覆われた道を王宮に向かって車輪を軋ませながら走り続けた。
周辺に、獣族の気配は無かった。それでも、警戒は怠らず妊婦を乗せていることも配慮しつつも馬に鞭打って早く獣族のテリトリーである森の中を無事に出たいとアーサーは真剣に願った。
そして、その願いが叶い馬車は無事に深い森の中を突っ切って草原へと出た。そこからは、夕陽で真っ赤に染まった首都のアザンガルドが見えた。アーサーと隣に座る従者はそのあまりの美しさに、馬車の歩みを止めてしまった。突然馬車が止まったことを不審に思ったのか、馬車の中の智也が窓に身を寄せていることがアーサーには分かった。そして、同じようにそのアザンガルドの街並みの美しさに息を飲んでいることに気が付いた。
暗い森を馬車で走っているときは、アーサーはすでに日が翳って夜になっていると勘違いしていた。おそらくは智也もまたそう勘違いしていたのだろう。アーサーは、危機的状況にあるにもかかわらず首都アザンガルドの景色に心を奪われていた。油断と言うよりは、この場所が王宮への道とアーサーの城の道に分かつ場所であることにある種の躊躇があったのかもしれない。
だが、アーサーはそんな気持ちを振り切るようにして馬車をまた走り出させようとした。だが、手綱で鞭打たれ嘶いた馬たちがありえない咆哮をあげて嘶いた。そして、その馬の足がありえない方向に千切れとんだことにアーサーは全身を凍りつかせた。真っ赤な血を滴らせて、馬の足が次々と引きちぎられて草原を血の海に変えていった。
足を失った馬はそのまま地面へと倒れこみ、ひき手を失った馬車は、バランスを崩しぐらりと前のめりとなったがなんとか倒れることは免れた。これも、蓮が施した防壁の魔方陣のお陰かもしれない。
「きゃぁ!!」
アーサーは馬車の中から聞こえた智也の声を聞くことで、ようやく冷静さを取り戻した。尋常でない今の状況が示していることはただ一つだった。アーサーは、馬車を囲っている兵士たちに注意を喚起した。
「獣族が近くにいるぞ!!」
だが、その注意喚起は虚しく終わってしまった。騎乗の兵たちの首が、何の容赦も無く見えぬ何かで引きちぎられて夕陽の中血しぶきが空に向かって立ち上る。何個目かの兵の首が引きちぎられた時、それが馬車の窓にぶつかった。真っ赤な血しぶきが窓を赤く染め上げていた。
「いやぁああーーーーー、アーサーァアアアアーーーーーー!!首が、首がぁああ!!」
智也の泣き声のような悲鳴が聞こえた。隣の従者は震えて馬車の運転席から転がり落ちると、地面にひれ伏すとぶるぶると震えていた。アーサーも馬車の運転席から降りると、馬車の窓に近づくとマントでできるだけ血をぬぐって叫んでいた。
「目を瞑って何も見るんじゃない、トモヤ。大丈夫だ、馬車は防壁の魔方陣で守られている。お前は大丈夫だから。」
「アーサーは?アーサーは、どうなるの?ねえ、いま馬車の扉を開けるから早く中に入って。お願い、アーサー!!」
アーサーは剣を抜き取ると、叫んでいた。
「駄目だよ、トモヤ。目を瞑っているんだ!!馬車の地面に身を伏せてじっとしているんだ。」
「でも、でも!!あっ・・もう、どうして開かないのこの扉は!!アーサー、アーサーァアアーー!!」
智也は必死で馬車の扉を開こうとしている様子で、ガチャガチャと音がしたが開く様子はなかった。アーサーは、彼の名前を呼ぶ智也の声を聞きき胸がきゅっと痛む想いがした。その想いを押し殺して、彼は剥きだしの剣を、地面にひれ伏しぶるぶると震えている従者に向けた。
「・・・・いくら獣族でも、人間の目が見えぬほどの速さで動けるとは思えない。少なくとも、俺の目を欺けるとは思えない。確かに兵たちの首は獣の牙や爪によって引きちぎられているように見えるが、そう装うこともできるはずだ・・・・魔法使いならばな。」
アーサーは苦しげに言葉を吐き出していた。兵たちや、馬の手足が引きちぎられた状態はあまりにも不自然だったからだ。
「わたしは・・・ただの従者です。アーサー様、剣を納めてください。」
従者は地面に身を伏せたまま声を震わせそう答えたが、アーサーは剣を納めることはしなかった。
「なぜだ・・何故お前だけ、生きている?馬車を止めるつもりなら馬の足と同時に俺やお前の頭も先に切り落とすことが道理だろ。だが、そうはせず・・・先に護衛の兵を獣族が殺したように見せかけた。そろそろ、正体を現してはどうだ?それとも、トモヤに知られるのが怖いのか?」
地面に伏した従者がぴくりと震え、そして静かに笑い声を上げて口を開いた。
「智也に正体を知られるようなへまを・・・俺がすると思っているのか、アーサー?」
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