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第136話
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◆◆◆◆◆◆
「メアリーーーーー!!」
「トモヤァアア!!」
すっかり村娘風になった元お姫様は、水壷を投げ出すと私に抱き着いてきた。メアリーは私が妊婦であるあることをすっかり失念している様子で、勢いよく抱き着くものだから私はメアリーごと背後に転ぶところだった。その私たちを背後から優しく抱きしめてくれたのは、アーサーだった。
メアリーが投げ出した水壷が宙をまい地面に落ちる寸前で、アーサーに随行していた兵の一人が危うく地面に落ちて割れるところ辛うじて拾い上げた。そんな兵士の苦労など目に入るはずも無く、メアリーは久しぶりに逢った兄のアーサーを眩しそうに目を細めながら甘い声で囁いた。
「アーサー兄さまぁ」
「久しぶりだな、メアリー。元気にしていたか?」
アーサーが、私とメアリーの体勢を立て直すとそっと私たちからはなれ優しく笑いかけた。メアリーはその兄の爽やかな立ち姿にうっとりとした表情を浮かべ呟いた。
「やっぱり、お兄様は最高にかっこいいわぁ!!」
「・・・」
私は思わず、言葉に詰まってしまった。木工職人と駆け落ちして村娘となったメアリーのはずが、相変わらずのブラコンで姫だった時と変わりないように思えた。
だが、そんな思いもすぐに消え去った。
メアリーは、兵が井戸から汲んだ水瓶をメアリーの変わりに持って行こうとしたが、彼女はそれを断って易々と持ち上げると私たちを彼女の家に招いてくれた。きっと、水汲みは彼女にとっては毎日の行為なのだろう。城に居る時には、重いものなど持ったことも無い姫だったはずだというのに、女の身の替わりようの早さに私は驚いた。アーサーも同様だったようで、すっかり逞しくなった妹を驚きをもって見つめていた。
メアリーはそんな私たちの驚きの表情に気が着いて、彼女らしく豪快に笑って口を開いた。
「すっかり逞しくなったでしょ、お兄様、トモヤ!水汲みは村では女の仕事と決まっているのよ。そりゃ最初は辛かったけどいつの間にか慣れてしまったわ。ああ、でもお兄様たちがいらっしゃると分かっていたならウサギの干し肉を食べてしまわなければよかった!!ねえ、夕飯は食べていくでしょ?ジャガイモのスープとパンしかないけど食べていってよね。ああ、本当にお肉の一切れでも入っていれば味が違うのになぁ。」
メアリーの愚痴を聞いていたアーサーが妹を案じて口を開いた。
「この村は、比較的裕福だと聞いていたが・・・生活が苦しいのか、メアリー?」
アーサーの言葉に、メアリーは首を振って口を開いた。
「そうでもないのよ。主人の木工はよく売れているし、村の土は良いから麦もよく育つ。家畜も肥えていたのだけれど、数日前に獣族に村共同の家畜小屋を襲われたのよ。もう、ひどいったらないんだから!!」
「「獣族に!?」」
私とアーサーは同時に叫んでいた。
「そうよ。村長が近いうちに、領主のアーサーお兄様に獣族を駆逐する嘆願書を出す予定になっているの。ここ数ヶ月、家畜を襲われたり畑をあらされたり・・・酷いものなのよ。」
「そこまで酷いのか・・・」
「獣族が・・そんなぁ・・」
私は、ショックを受けていた。獣族の一族一つの長だったナギの颯爽とした姿が今も目に焼き付いている。アベルやリリカも接してみればいい人達だった。それだけに、獣族と人間の争いは哀しくてしかたなかった。物思いに耽っていた私を現実に引き戻してくれたのは、メアリーだった。
「あそこが私の家よ。で、扉のところで立っているのが私の旦那よ。騒ぎに気が付いて、家から出てきたのね。ね、いい男でしょ、トモヤ?」
「うん、いい男だね。」
なかなか体格のよい男が、メアリーを待っていた。彼は彼女が近づくと水瓶を受け取り家の中に入る。続いて、メアリーとアーサーが家の中に入る。私も後に続いて中に入った。アーサーの城や王宮にばかりいる私には、彼女の家の外観は質素に見えたがその中に入ってみると夫の作った木工家具が美しく部屋を彩っていた。アールデコ調の柔らかく湾曲した家具には繊細な彫刻が施されている。
メアリーの夫は水瓶を厨房の近くに置くと、挨拶無く家に入り込んだ私やアーサーに不快な顔を見せることも無く、ただ黙って頭を下げて挨拶した。私たちも慌てて頭を下げて、名前を名乗った。彼女の夫は寡黙らしく、あっさりと挨拶だけすませると家の横にある彼のアトリエへとそそくさと向かった。
メアリーはそんな夫の姿をくすくすと笑いながら見送って、口を開いた。
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「メアリーーーーー!!」
「トモヤァアア!!」
すっかり村娘風になった元お姫様は、水壷を投げ出すと私に抱き着いてきた。メアリーは私が妊婦であるあることをすっかり失念している様子で、勢いよく抱き着くものだから私はメアリーごと背後に転ぶところだった。その私たちを背後から優しく抱きしめてくれたのは、アーサーだった。
メアリーが投げ出した水壷が宙をまい地面に落ちる寸前で、アーサーに随行していた兵の一人が危うく地面に落ちて割れるところ辛うじて拾い上げた。そんな兵士の苦労など目に入るはずも無く、メアリーは久しぶりに逢った兄のアーサーを眩しそうに目を細めながら甘い声で囁いた。
「アーサー兄さまぁ」
「久しぶりだな、メアリー。元気にしていたか?」
アーサーが、私とメアリーの体勢を立て直すとそっと私たちからはなれ優しく笑いかけた。メアリーはその兄の爽やかな立ち姿にうっとりとした表情を浮かべ呟いた。
「やっぱり、お兄様は最高にかっこいいわぁ!!」
「・・・」
私は思わず、言葉に詰まってしまった。木工職人と駆け落ちして村娘となったメアリーのはずが、相変わらずのブラコンで姫だった時と変わりないように思えた。
だが、そんな思いもすぐに消え去った。
メアリーは、兵が井戸から汲んだ水瓶をメアリーの変わりに持って行こうとしたが、彼女はそれを断って易々と持ち上げると私たちを彼女の家に招いてくれた。きっと、水汲みは彼女にとっては毎日の行為なのだろう。城に居る時には、重いものなど持ったことも無い姫だったはずだというのに、女の身の替わりようの早さに私は驚いた。アーサーも同様だったようで、すっかり逞しくなった妹を驚きをもって見つめていた。
メアリーはそんな私たちの驚きの表情に気が着いて、彼女らしく豪快に笑って口を開いた。
「すっかり逞しくなったでしょ、お兄様、トモヤ!水汲みは村では女の仕事と決まっているのよ。そりゃ最初は辛かったけどいつの間にか慣れてしまったわ。ああ、でもお兄様たちがいらっしゃると分かっていたならウサギの干し肉を食べてしまわなければよかった!!ねえ、夕飯は食べていくでしょ?ジャガイモのスープとパンしかないけど食べていってよね。ああ、本当にお肉の一切れでも入っていれば味が違うのになぁ。」
メアリーの愚痴を聞いていたアーサーが妹を案じて口を開いた。
「この村は、比較的裕福だと聞いていたが・・・生活が苦しいのか、メアリー?」
アーサーの言葉に、メアリーは首を振って口を開いた。
「そうでもないのよ。主人の木工はよく売れているし、村の土は良いから麦もよく育つ。家畜も肥えていたのだけれど、数日前に獣族に村共同の家畜小屋を襲われたのよ。もう、ひどいったらないんだから!!」
「「獣族に!?」」
私とアーサーは同時に叫んでいた。
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「そこまで酷いのか・・・」
「獣族が・・そんなぁ・・」
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