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第132話
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◆◆◆◆◆◆
森の中に建てられたアーサーの城の寝室には、樹木の香りがする朝日が柔らかく差し込んできた。
「うーーんっ・・ふぁあっ。もう・・・朝?」
私は大きなあくびをしながら、ベッドから半身を起こした。爽やかな緑の葉に彩られた窓をぼんやりと見つめながら、昨夜のことを思い出していた。
アーサーは私を寝室に送ってくれた。
そして、額にキスしてくれたことまでは憶えているのに・・・・その先は夢の中に堕ちてしまった。私ってば、アーサーと一緒に過ごせる貴重な機会を睡魔と引き換えにしてしまったのだ。
「って、私ってば何を期待してたのよ!?アーサーはもう、独身じゃないんだから。あんなに綺麗な奥様がいるのに、私なんかに興味を示すはず無いじゃない。」
カインのものとなり彼の子を宿した私に、彼が愛情を示してくれるはずが無い。愛を込めて抱きしめてくれるはずも無い。それを寂しいと想うのは、私の身勝手だ。
でも・・・それでも、アーサーは私の額にキスをしてくれた。
私は、その事を思い出してちょっと顔を赤めながら額を手のひらで撫でた。気のせいか、額が熱を帯びているような気がして、私は思わず呟いていた。
「ひょっとして、アーサーのキスで体が火照っちゃったとか??」
私が両手を頬に当てながら、ぼんやりする頭で甘い妄想を楽しんでいると冷やかな声が私に浴びせかけられた。
「アホか、何がキスで体が火照っただ。お前のは、過労により単なる微熱だ。妊婦のくせに無理して、馬車で山道を飛ばすからだ。」
「蓮っ!?」
漆黒のマントを羽織った魔法使いは不機嫌そうな顔で、寝室に置かれたソファに横たわっていた。いつも饒舌な蓮が今日に限って、私の体の火照りの原因が過労による微熱であることを指摘しただけで黙り込んだことを、私は不審に感じて口を開いた。何時もの蓮なら、もっと私の甘い勘違いをからかってもよさそうなものなのだが?
「・・・・蓮、いつもならもっと嫌味を言ってきそうなものなのに、何で黙っているのよ?っていうか、何時から私の寝室に居たの??」
「うっ・・・つう、痛い。女のキイキィ声って頭に響く。二日酔いなんだよ・・俺は。」
「二日酔い??」
「アーサーと朝方までワインを飲み明かしていたんだ。で、あっという間に夜が明けて一睡もしていない状態なんだ。ようやく眠ろうとしたらお前が、妙な勘違いで『体が火照ってる』とか言い出すから目が醒めちまうしさぁ。勘弁してくれよな、智也。」
「うぐっ・・・ここは、私に与えられた寝室なんだから何を話そうと自由よね。それに・・・アーサーが私の額にキスしてくれたのも事実だし嘘は言っていないわよ。」
私がムキになってそう言うと、蓮はあくびをしながらソファに寝転がったまま額を指で指して呟いた。
「なあ、お前の唇じゃなくて額にキスをしたんだよな、アーサーは?それって、想い人への愛情表現だと思うか、智也?」
「うっ・・それは。」
私は言葉に詰まってしまって、ベッドのシーツを引き寄せて顔を半分隠した。シーツから目を覗かせながら、蓮の言葉の続きを待つ。そんな私をソファに横たわったまま横目で見つめ、魔法使いは口を開いた。
「額へのキスは、家族への愛情表現だよ。それぐらい分かっているだろ、智也?アーサーが想っている相手は、お前でもまして妻のマリーでもない!!あいつが、心底望んでいる女は・・」
「言わないでよ、蓮!!」
私は思わず両方の耳を塞いでいた。目からは薄っすらと涙が溢れる。それでも、私は震えながら言葉を口に出していた。
「分かっているわよ、アーサーが好きな人が誰かぐらい。あの人に、恋してこの城で一緒に過ごしているあいだ、ずっとあの人の傍で彼を見つめてきたんだから。分かっているわよ・・・分かってる。あの人が愛しているのは・・・好きなのは・・・」
私は最後まで言葉を続けることはできなかった。
蓮は、ソファから起き上がるとベッドに近づき私の顔を覗き込んで口を開いた。
「アーサーは、過去の初恋を抱えながらも現実と折り合いをつけようとしている。家族を守る為に、マリーと政略結婚したのもその証だ。それがいいことなのかどうかは分からない。でも、初恋に囚われて大切なものを失うこともある。」
「・・・失うもの?」
「そうだ。お前は、アーサーが結婚したと聞き居ても経っても居られなくなってアーサーの城まで馬車を駆けさせたのだろう?その結果が、過労による微熱だ。初恋は、お前からお腹の子の母親なのだという自覚を奪ってしまう。それに、夫のカインはお前を苦しめたが今はお前を心から愛している。アーサーへの愛情を、少しはカインに向けるんだ。生まれてくる子に、『母は父親のカインを心から愛していた』と迷うことなく言えるようにな。」
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アーサーは私を寝室に送ってくれた。
そして、額にキスしてくれたことまでは憶えているのに・・・・その先は夢の中に堕ちてしまった。私ってば、アーサーと一緒に過ごせる貴重な機会を睡魔と引き換えにしてしまったのだ。
「って、私ってば何を期待してたのよ!?アーサーはもう、独身じゃないんだから。あんなに綺麗な奥様がいるのに、私なんかに興味を示すはず無いじゃない。」
カインのものとなり彼の子を宿した私に、彼が愛情を示してくれるはずが無い。愛を込めて抱きしめてくれるはずも無い。それを寂しいと想うのは、私の身勝手だ。
でも・・・それでも、アーサーは私の額にキスをしてくれた。
私は、その事を思い出してちょっと顔を赤めながら額を手のひらで撫でた。気のせいか、額が熱を帯びているような気がして、私は思わず呟いていた。
「ひょっとして、アーサーのキスで体が火照っちゃったとか??」
私が両手を頬に当てながら、ぼんやりする頭で甘い妄想を楽しんでいると冷やかな声が私に浴びせかけられた。
「アホか、何がキスで体が火照っただ。お前のは、過労により単なる微熱だ。妊婦のくせに無理して、馬車で山道を飛ばすからだ。」
「蓮っ!?」
漆黒のマントを羽織った魔法使いは不機嫌そうな顔で、寝室に置かれたソファに横たわっていた。いつも饒舌な蓮が今日に限って、私の体の火照りの原因が過労による微熱であることを指摘しただけで黙り込んだことを、私は不審に感じて口を開いた。何時もの蓮なら、もっと私の甘い勘違いをからかってもよさそうなものなのだが?
「・・・・蓮、いつもならもっと嫌味を言ってきそうなものなのに、何で黙っているのよ?っていうか、何時から私の寝室に居たの??」
「うっ・・・つう、痛い。女のキイキィ声って頭に響く。二日酔いなんだよ・・俺は。」
「二日酔い??」
「アーサーと朝方までワインを飲み明かしていたんだ。で、あっという間に夜が明けて一睡もしていない状態なんだ。ようやく眠ろうとしたらお前が、妙な勘違いで『体が火照ってる』とか言い出すから目が醒めちまうしさぁ。勘弁してくれよな、智也。」
「うぐっ・・・ここは、私に与えられた寝室なんだから何を話そうと自由よね。それに・・・アーサーが私の額にキスしてくれたのも事実だし嘘は言っていないわよ。」
私がムキになってそう言うと、蓮はあくびをしながらソファに寝転がったまま額を指で指して呟いた。
「なあ、お前の唇じゃなくて額にキスをしたんだよな、アーサーは?それって、想い人への愛情表現だと思うか、智也?」
「うっ・・それは。」
私は言葉に詰まってしまって、ベッドのシーツを引き寄せて顔を半分隠した。シーツから目を覗かせながら、蓮の言葉の続きを待つ。そんな私をソファに横たわったまま横目で見つめ、魔法使いは口を開いた。
「額へのキスは、家族への愛情表現だよ。それぐらい分かっているだろ、智也?アーサーが想っている相手は、お前でもまして妻のマリーでもない!!あいつが、心底望んでいる女は・・」
「言わないでよ、蓮!!」
私は思わず両方の耳を塞いでいた。目からは薄っすらと涙が溢れる。それでも、私は震えながら言葉を口に出していた。
「分かっているわよ、アーサーが好きな人が誰かぐらい。あの人に、恋してこの城で一緒に過ごしているあいだ、ずっとあの人の傍で彼を見つめてきたんだから。分かっているわよ・・・分かってる。あの人が愛しているのは・・・好きなのは・・・」
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