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第130話

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(アーサーの城)

「本当に美しい方ですね、あなたは。陶器のように滑らかで艶やかな肌、輝くような金色の髪。空のように青い瞳。見つめているだけで、唇を奪いたくなってしまうよ・・マリー。」

アーサーが智也を寝室に送ったまま、なかなかマリーや蓮の待つ部屋に帰ってこない。

そのことで、蓮はイライラしていたが表情は穏やかなままで、暇つぶしにアーサーの妻を口説いていた。
蓮はふわふわのソファにマリーと共に座り、親しげに身を寄せ合ってワインを飲んでいた。マリーも、夫が現王と奪い合ったと世間が噂した女性を寝室に送ったまま帰ってこないことに不安感を感じながらも、高いプライドからその感情を押し殺して蓮の戯言に付き合っていた。

「まあ、レンさまに口説かれたら・・・どこまでも堕ちてしまいそう。でも、私は人妻で子を宿している身ですよ?そんな女に魅力を感じまして?レンさまは、夫がトモヤ様を寝室に送ったまま帰ってこないことを不快に思っていらっしゃるのでしょ?だから、その夫の妻を口説いておいでなのですわ。」

蓮はマリーの指摘に、にやりと笑うと手に持っていたワインのグラスを傾けて赤い液体を突然マリーの胸元に流し込んだ。
「きゃっ!!」
驚いたマリーは悲鳴を上げたが、その手を胸に当てるとさらに驚愕の表情を浮かべた。マリーの豊満な胸元に散ったはずのワインの滴が、真紅の薔薇の花びらに変貌していたからだった。
花びらを一枚つまみあげてしげしげと見ていたマリーは、やがて笑顔になって魔法使いを見つめ口を開いた。

「稀代の魔法使いさんは、悪戯がお好きなのですね。でも、なんて素敵な悪戯なのかしら。これ・・本物の薔薇の花びらですよね。とてもいい香りだわ。ああ・・レン様はこんな不思議なことをいとも簡単になさってしまう。これでは、あなたのおっしゃった予言も真実味を帯びてきますわね。やはり、私のお腹の子は女の子なのかしら?」

蓮は、薔薇に彩られたマリーをそっと抱き寄せると彼女の耳元で優しく囁いた。

「美しい女性を驚かせるのは、快感ですね。薔薇の花びらは、俺の言葉を素直に受け取らないで邪推するあなたへの悪戯です。そう、マリー様・・・本当にあなたは美しいですよ。そのあなたがお生みになるお子は美しい少女に成長し、そして王に見初められ正妃となられる運命をお持ちです。」

「えっ・・・王妃ですって!?」

マリーは蓮に身を抱き寄せられたまま、驚きで身を震わせた。揺れる胸元から真紅の薔薇の花びらがはらりはらりと床に舞い降りた。蓮は、その薔薇の花びらの揺らぎを見つめながらさらに言葉を続けた。

「マリー様、御身を大事になさって丈夫な子をお生みください。そのお子は、智也が産む御子と深い縁で結ばれる運命なのですから。」

「ほ・・ほんとうですの?私をからかっておいでなのでしょ?ああ・・でも、漆黒のマントを身にまとった魔法使いなら、どんな未来も見通しておしまいでしょうね。レン様には、誰にも見えぬ未来が見えているのですね。私も夢のような未来を見てみたいわ。我が子が・・・王妃になる日を。」

マリーは頬をほんのりと赤く染めて、夢見るように目を閉じた。
蓮は、淡い夢に浸るマリーを抱きしめながら、視線は床に落ちた薔薇の花びらに向けられていた。赤い花びらが、床に点々と散っていた。蓮の目には、その赤い花びらが近い将来誰かが流す血のように思えて呟かずにはいられなかった。

「まるで・・・血のようだ。」

その呟きに応じた声が部屋に響いた。

「これは、薔薇の花びらか?・・・確かに血のように見えなくもないな。」

不意に男に話しかけられて、蓮ははっとした。床に散った花びらを踏みしめながら男が近づいてくる。蓮は、視線を上げて男の顔を見つめ口を開いた。

「アーサー、遅かったな。まさか、現王の側室に不埒なまねをしていた訳じゃないだろうな?」
「お前が人のことを言えるのか、レン。人妻を抱きしめて何をしているんだ?」

アーサーと蓮が話していると、ようやくマリーが甘い夢想から現実に引き戻されて正気を取り戻した。そして、アーサーの存在に気が着くと彼女は慌てて蓮から身を離してソファから立ち上がった。

「アーサー様、あの・・えっと、誤解ですからね!!浮気とかしてませんから。レンさまは私の好みではないですから!私が愛しているのはアーサー様だけですから!!」
「わかった、わかった。落ち着けよ、マリー。」

妻の慌てぶりに笑いを含みながら、アーサーはマリーを諭した。そんな夫婦に蓮が悪戯っぽい表情を浮かべたままちょっかいを出す。

「あれー、つれないなぁマリー様は。俺の胸に抱きついて惚けたように目を瞑っていたのは君だろ?」
「ち、違います!!あれは、レン様が勝手に抱き着いてきて途方もなく甘い言葉を仰るから、びっくりして呆けてしまったのです!!アーサー様誤解しないでくださいね。」

アーサーは笑いながら口を開いた。

「マリー、レンはそんなに惚けちゃうほどの甘い言葉を君に掛けたのかい?」

「はい!!もうびっくりしました。私の産む子が女の子だと言われただけでも驚きなのに、その子が王妃になると仰ったのですよ、レン様は。トモヤ様のお生みになる御子と深い縁で結ばれ王妃となると言われて、甘い夢を見ない母親はいないと思いますわ。」

「俺の子が・・・王妃に?」

アーサーの表情から笑顔が不意に消失して、彼の目はまっすぐに漆黒のマントを身にまとう魔法使いを見つめていた。その視線を受け止めつつ、不意に蓮は立ち上がるとアーサーに向かって空のグラスを向けて口を開いた。

「アーサー、酒を飲もう。輝かしい二人の門出に乾杯したい。」
「・・・ああ、そうだなレン。祝ってくれ、俺とマリーと、そして、彼女のお腹の子の未来を。」

アーサーはそう言葉にしつつ、床に散らばった薔薇の花びらが自身が流す血のように思えてなら無かった。そんな不吉な想いを抱えつつ、アーサーは蓮に微笑みかけていた。

蓮もまた様々な想いを抱えつつ、アーサーに微笑み返していた。



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