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第117話
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◆◆◆◆◆◆
王の葬儀、そして亡き王からカインへの王位継承の儀式は滞りなく執り行われた。
王の喪が明けた翌日には、カインは即位式を行った。カインは、蓮の魔法によって背中に刻まれた呪いの魔法陣を封じられていたこともあり、葬儀の時も即位式でも痛みに倒れるようなことは無かった。
でも、彼は自らの命の短さから生き急いでいるようにも思えて、私は心配でたまらなかった。彼との間には、苦い過去もあったが今はカインの子を宿している。その彼が、魔法の力で命を永らえて父となる瞬間を迎えられそうな事は、妻としては嬉しいことだった。私自身が両親に愛されて生きてきたからだろうか、やはり我が子にも両親に愛され見守られて育てたかった。蓮の魔法でカインの命の時間が伸びたことは、私には喜びだった。
ただ、カインが無事に王位を継いだことに安堵した反面、公式の式典に出席した私の心は嫉妬染みた感情で何時も揺らいでいた。
葬儀、即位式その後の夜会、舞踏会では新王の横には、やはりカインの正妃であるフレアがいつも傍に控えていた。彼女は、私へ毒を盛った疑いで自室で謹慎となっていたが先王が亡くなったこともありカイン自身が彼女の謹慎を解いた。それは、彼女の正妃としての立場を重視しての行為だった。彼女の謹慎が解かれたことは私にとっては嬉しいことだった。でも、カインの正妃として彼の横で貴族たちににっこりと微笑を浮かべている姿を見ると、カインの寵愛だけがその身分を支えている側室としての自分の立場が危ういものに思えて居心地が悪かった。
この感情が、フレアへの嫉妬なのか・・・・私がカインを愛しているということなのか自分自身でも分からなかった。
もっとも、私がカインの子を宿していることや、カインが私のお腹の子を王位継承者として扱っていることは皆に知られていたので、正妃のフレア以上に注目を集めていたみたいだ。カインの即位式の後の舞踏会では私にへつらう貴族も多かった。私は彼らの好奇の目に晒され、表面だけの礼節に苛立ちさえ覚えたが、蓮からは生まれてくる子供の為に彼らには愛想よくふる舞うように指摘されていた。だから、私は顔を引きつらせながらも笑顔を振りまいていた。
でも、さすがに妊娠をした身では舞踏会に長く出席していることも苦痛で体調の不良を理由に、私はカインに断りを入れるとその場を退出した。主賓のカインが、その場を早々に去ることもできず私のエスコートは蓮がしてくれた。
自室に戻る途中、私は月夜の元に咲いた庭園の花々に誘われて回廊を抜けて蓮と一緒に庭を散策した。舞踏会の華々しい音楽や光が宮殿の一室から漏れ出ているのを庭園から見ながら私は呟いていた。
「ねえ、蓮。カインの魔法陣は何時まで封じられるの?彼は・・・何時まで生きられる?」
私の呟くような質問にしばらく沈黙していた蓮がぼそりと呟いた。
「さあ、俺にもわからないよ。できるだけ長く封じられるように呪い封じの魔法陣をカインの魔法陣に重ねたが、何時その魔法陣が破られるかは俺にもわからないんだ。だが・・・その魔法陣が破られた時に、おそらくカインは命を落とすだろうな。」
「!!」
私は蓮の言葉に黙り込んでしまった。庭園のベンチを見つけるとそこに座り込んで、ぼんやりと舞踏会の催されている華やかな部屋の光を見つめていた。蓮も静かに私の横に座った。庭園には柔らかい花の香りが漂っていた。私はその甘い香りに誘われて、ベンチの周りに茂った花を一輪無造作に摘み取っていた。
「痛いっ!!」
私は花を摘み取って思わず呟いてしまった。摘み取った花には茨があり、その茨が指に刺さり赤い血が指先から流れ出ていた。蓮は呆れ顔で私の手から花を奪うと、指から流れ出た血を舐めとるとその指先を口に含んだ。数秒後に蓮の口から抜き出した私の指にはもう傷はなかった。蓮が魔法で傷を治したのだ。
「ありがとう、蓮。」
「智也は、無防備すぎだ。綺麗な花が咲いてるからって、何も考えずに摘んだりするなよ。毒のある花だったらどうするんだよ・・・まったく。」
「うっ・・これからは、注意するよ。」
「妊娠してるってこと忘れるなよ。大事な体なんだからさあ。」
「あーもう、分かったってば。」
私は、傷の治った指先を見つめながら呟いていた。
「この傷が跡形もなく消えさったみたいに、カインの背中の魔法陣も消え失せたらいいのに。」
「魔法陣はそう簡単には消すことはできないよ。」
「最強の魔法使いのあなたでも?」
私がそう言うと、蓮はぼんやりと天上の月を見ながら口を開いた。
「最強の魔法使いだって万能の神じゃない。思い通りになら無い事もいっぱいある。カインの事だってそうだ。俺にできることは、カインの寿命を延ばしてやることぐらいで精一杯だ。」
「・・・・カインは、私の子供を抱きしめられるかな?」
私はいつの間にか涙ぐんでいた。膨らみだしたお腹をさすりながら、私は溢れ出る涙を止めることができなかった。蓮はそんな私の肩を優しく抱きしめて何か言おうとして一度は口を開いたが、私と視線が合うと苦しげに視線を逸らせて目を瞑ってしまった。
私は蓮に縋って抱き付くと、万能ではないと言い切った魔法使いにそれでもお願いせずにはいられなかった。その言葉が、蓮を傷つけると分かっていながら宿した子の前では私は残酷になれた。
「蓮は、『トモ』の生まれ変わりなんでしょ!!あなたが、カインに呪いの魔法陣をかけたのでしょ!!どうして解くことができないのよ!!おねがい、蓮。お腹の子供からお父さんを奪わないで。奪わないで・・・お願い!!」
蓮は、私の言葉にぎくりと身を震わせたが私を突き放すことはせず、ただ黙って抱きしめてくれた。私は彼の胸の中で、尚も涙を流し続けた。彼に抱きしめられながら、涙で霞んだ視界の先で、蓮の指先から力なく一輪の花が地面に落ちていくのを私は見つめていた。
儚く花弁を散らせながら地面に落ちていく一輪の花が、カインの命を物語っているようで、私は身を震わせていた。
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王の葬儀、そして亡き王からカインへの王位継承の儀式は滞りなく執り行われた。
王の喪が明けた翌日には、カインは即位式を行った。カインは、蓮の魔法によって背中に刻まれた呪いの魔法陣を封じられていたこともあり、葬儀の時も即位式でも痛みに倒れるようなことは無かった。
でも、彼は自らの命の短さから生き急いでいるようにも思えて、私は心配でたまらなかった。彼との間には、苦い過去もあったが今はカインの子を宿している。その彼が、魔法の力で命を永らえて父となる瞬間を迎えられそうな事は、妻としては嬉しいことだった。私自身が両親に愛されて生きてきたからだろうか、やはり我が子にも両親に愛され見守られて育てたかった。蓮の魔法でカインの命の時間が伸びたことは、私には喜びだった。
ただ、カインが無事に王位を継いだことに安堵した反面、公式の式典に出席した私の心は嫉妬染みた感情で何時も揺らいでいた。
葬儀、即位式その後の夜会、舞踏会では新王の横には、やはりカインの正妃であるフレアがいつも傍に控えていた。彼女は、私へ毒を盛った疑いで自室で謹慎となっていたが先王が亡くなったこともありカイン自身が彼女の謹慎を解いた。それは、彼女の正妃としての立場を重視しての行為だった。彼女の謹慎が解かれたことは私にとっては嬉しいことだった。でも、カインの正妃として彼の横で貴族たちににっこりと微笑を浮かべている姿を見ると、カインの寵愛だけがその身分を支えている側室としての自分の立場が危ういものに思えて居心地が悪かった。
この感情が、フレアへの嫉妬なのか・・・・私がカインを愛しているということなのか自分自身でも分からなかった。
もっとも、私がカインの子を宿していることや、カインが私のお腹の子を王位継承者として扱っていることは皆に知られていたので、正妃のフレア以上に注目を集めていたみたいだ。カインの即位式の後の舞踏会では私にへつらう貴族も多かった。私は彼らの好奇の目に晒され、表面だけの礼節に苛立ちさえ覚えたが、蓮からは生まれてくる子供の為に彼らには愛想よくふる舞うように指摘されていた。だから、私は顔を引きつらせながらも笑顔を振りまいていた。
でも、さすがに妊娠をした身では舞踏会に長く出席していることも苦痛で体調の不良を理由に、私はカインに断りを入れるとその場を退出した。主賓のカインが、その場を早々に去ることもできず私のエスコートは蓮がしてくれた。
自室に戻る途中、私は月夜の元に咲いた庭園の花々に誘われて回廊を抜けて蓮と一緒に庭を散策した。舞踏会の華々しい音楽や光が宮殿の一室から漏れ出ているのを庭園から見ながら私は呟いていた。
「ねえ、蓮。カインの魔法陣は何時まで封じられるの?彼は・・・何時まで生きられる?」
私の呟くような質問にしばらく沈黙していた蓮がぼそりと呟いた。
「さあ、俺にもわからないよ。できるだけ長く封じられるように呪い封じの魔法陣をカインの魔法陣に重ねたが、何時その魔法陣が破られるかは俺にもわからないんだ。だが・・・その魔法陣が破られた時に、おそらくカインは命を落とすだろうな。」
「!!」
私は蓮の言葉に黙り込んでしまった。庭園のベンチを見つけるとそこに座り込んで、ぼんやりと舞踏会の催されている華やかな部屋の光を見つめていた。蓮も静かに私の横に座った。庭園には柔らかい花の香りが漂っていた。私はその甘い香りに誘われて、ベンチの周りに茂った花を一輪無造作に摘み取っていた。
「痛いっ!!」
私は花を摘み取って思わず呟いてしまった。摘み取った花には茨があり、その茨が指に刺さり赤い血が指先から流れ出ていた。蓮は呆れ顔で私の手から花を奪うと、指から流れ出た血を舐めとるとその指先を口に含んだ。数秒後に蓮の口から抜き出した私の指にはもう傷はなかった。蓮が魔法で傷を治したのだ。
「ありがとう、蓮。」
「智也は、無防備すぎだ。綺麗な花が咲いてるからって、何も考えずに摘んだりするなよ。毒のある花だったらどうするんだよ・・・まったく。」
「うっ・・これからは、注意するよ。」
「妊娠してるってこと忘れるなよ。大事な体なんだからさあ。」
「あーもう、分かったってば。」
私は、傷の治った指先を見つめながら呟いていた。
「この傷が跡形もなく消えさったみたいに、カインの背中の魔法陣も消え失せたらいいのに。」
「魔法陣はそう簡単には消すことはできないよ。」
「最強の魔法使いのあなたでも?」
私がそう言うと、蓮はぼんやりと天上の月を見ながら口を開いた。
「最強の魔法使いだって万能の神じゃない。思い通りになら無い事もいっぱいある。カインの事だってそうだ。俺にできることは、カインの寿命を延ばしてやることぐらいで精一杯だ。」
「・・・・カインは、私の子供を抱きしめられるかな?」
私はいつの間にか涙ぐんでいた。膨らみだしたお腹をさすりながら、私は溢れ出る涙を止めることができなかった。蓮はそんな私の肩を優しく抱きしめて何か言おうとして一度は口を開いたが、私と視線が合うと苦しげに視線を逸らせて目を瞑ってしまった。
私は蓮に縋って抱き付くと、万能ではないと言い切った魔法使いにそれでもお願いせずにはいられなかった。その言葉が、蓮を傷つけると分かっていながら宿した子の前では私は残酷になれた。
「蓮は、『トモ』の生まれ変わりなんでしょ!!あなたが、カインに呪いの魔法陣をかけたのでしょ!!どうして解くことができないのよ!!おねがい、蓮。お腹の子供からお父さんを奪わないで。奪わないで・・・お願い!!」
蓮は、私の言葉にぎくりと身を震わせたが私を突き放すことはせず、ただ黙って抱きしめてくれた。私は彼の胸の中で、尚も涙を流し続けた。彼に抱きしめられながら、涙で霞んだ視界の先で、蓮の指先から力なく一輪の花が地面に落ちていくのを私は見つめていた。
儚く花弁を散らせながら地面に落ちていく一輪の花が、カインの命を物語っているようで、私は身を震わせていた。
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