上 下
82 / 172

第81話

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆


リリカの家を出るとすぐに、獣族の村中に雄たけびや咆哮が響きわたるのが私の耳に届いた。私は、アベルの早足にほぼ駆け足で速度を合わせながら彼の後に付いていった。彼が進む方向は、村の入り口に当たるところらしく、そこには獣族の人垣ができていた。

「おい、皆どいてくれ!!大事な人質のお通りだ。」

アベルがそう人垣に向かって叫ぶと、獣族の人々はざわつきながら人垣を左右に別けて彼と私の為に通り道を作った。獣族の人々は、男女問わず体が大きく艶やかな毛並みの狼の耳が生えていた。その彼等が、人質であるカインの側室の私を耳をぴくぴくさせて興味深そうに見下ろしていた。私は恥ずかしくなって俯いていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「トモヤ!!」

「智也!!」

名前を呼ばれて、思わず顔を上げた。木を組んだ垣根が村の周りに張り巡らされその周りには堀が掘られていた。唯一の入り口だろう木の門は開かれ堀には橋が架かっていた。その橋の向こう側に、馬に乗ったアーサーと蓮が見えて、私は思わず叫んで駆け出していた。

「アーサー!!蓮っーー!!」

獣族の人々が開けた道を私が駆け出しアベルの横を通り抜けようとした時に、不意に彼に腕をつかまれ体を引き寄せられて抱きしめられた。アーサーと蓮がその様子を見て顔色を変えるのが分かった。アベルは、真剣な顔でアーサーたちに向かって口を開いた。

「人質を救出するには兵の数が少なすぎるな。どこかに兵を隠してこの村を襲うつもりじゃないだろうな?村のものに周辺を確認させる。隠れた兵がいないことを俺たちが確認した後で、長のナギ様を解放しろ。ナギ様がこちら側に来てから、トモヤを解放する。」

「伏兵などいない。俺たちはお前たちを攻撃する意図が無いことを示す為に数人の兵だけを伴いここに来たのだ。それを信じてもらえないのは心外だな。それに、人質は同時に解放することが常識だろう。俺たちは、長のナギを橋の前で解放する。側室のトモヤ様も橋の前で同時に解放してくれ。」

「王宮の人間の言葉など信じられるか!!」

アーサーの言葉にアベルはそう返事すると、彼は急に右腕を私の目の前に出した。アベルは、獣の咆哮を上げると、見る間に右手が荒々しい獣の腕となりその爪は鋭くとがった。その彼の爪が、私の咽元に押し当てられる。
私は顔面蒼白になってしまった。アーサーは私とアベルを見つめその様子にぎりりと唇をかみ締めた。蓮はというと、幼馴染のピンチだと言うのに私に目もくれず興味深そうに獣族の村を眺めていた。

(蓮の薄情もの。よそ見してる場合じゃないでしょうがぁーーー!!)

私が青い炎の力を使ってそうテレパシーで蓮に話しかけると、蓮はちらりと私の顔を見てテレパシーを返してきた。

(大人しくしていろ。)

大人しくしていろも何も、鋭い爪を咽元に突きつけられては何もできない。仕方ないので、大人しくしていることにした。アベルは数人の若い獣族の男に村の周辺を探るように視線で促した。男たちは頷くと、驚くほどの跳躍力で村を飛び出すと、森の中を駆け巡り王宮の伏兵を探った。
数分後、男たちが村に帰ってきて、アベルに報告した。
「アベル、村の周辺を探ったが伏兵は一人もいなかった。あいつらは、本当に数人の兵だけでこの村に来たようだぜ。」

「そうか・・・分かった。では、長のナギ様を解放してもらおうか!!」

アーサーと蓮は本当に数人の兵だけを連れて私を救出に来てくれたらしい。それにしても、アーサーが救出隊を率いているのは意外だった。カインがアーサーに命じたのだろうか?
私がそんな事を考えているうちに、蓮が馬から下りると数人の兵に囲まれた馬車に近づき扉を開くと、中に居る人物に手を差し出した。その蓮の差し出した手を借りることなく、颯爽と馬車から女性が地面に降り立った。その女性が、村の橋に向かって歩き出した。すこし薄汚れた民族衣装を着込んでいたが、その女性の凛々しく美しい姿を損なうことは無かった。

「ナギ様・・・」

私を羽交い絞めにしていたアベルが震えるような声で彼女の名前を呼んだ。彼女の名前を呼んだのは彼だけではなかった。村に住む誰もが、長であるナギの帰還に歓喜の声を上げていた。私も彼女の凛々しさに目を奪われていた。その彼女が、橋を渡り村の中に入るとどんどん私に近づいてきた。いつの間にか、アベルは私を拘束していた腕を解放して無事に帰った長に向かって歩き出していた。アベルが長のナギの前にたどり着いた時にそれは起こった。

ナギがアベルの頬を思いっきり叩いたのである。そして、長のナギは村中の獣族に聞こえるように大きな声で叫んだ。

「誇り高き狼の一族が人質を取って王家を脅すとはどういうことだ!!アベル、私は情けなく思うぞ。王家に囚われた己の無力さに恥じて牢獄塔で過ごしていたが、こんな形で解放されるなど恥辱的だ。」

ナギに吐き捨てるようにそう言われて、アベルはすっかり意気消沈してしまった。

◆◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指すい桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...