上 下
80 / 172

第79話

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆

「前の長老は、今の長のナギさんの祖父だったの。でも、おじいさんがなくなってナギさんが跡目を継いだのよ。獣族では年齢性別関係なく強い人が長になるの。この村では、彼女が一番強いから、彼女が長になったのよ。」
リリカは私の為に、長のナギのことを丁寧に説明してくれた。私は、まだ見ぬ長のナギの姿を思い浮かべながら口を開いた。

「じゃあ、アベルは愛する人を救う為に自ら牢獄塔に侵入しようとしていたのね。なんか、愛を感じるわ。うん、なんかアベルに好感持ったかも。最初は獣の爪や牙を見て怖い奴って思ったけど、結構可愛いとこあるじゃん!」

「うん、アベルはいい人だよ。この村の獣族のみんなだって皆いい人だよ。でも、人間は・・自分と姿が違うだけで私たちを嫌う。今は、獣族の大部族が王家に忠誠を誓っているから理由無く狩られる事は無いけど、昔はよく理由無く人間に狩られたと聞くわ。もちろん、反撃もしたけど・・・結局、王国に服従する事になった。でも、それを嫌って大部族を離れる獣族も出た。それが、私たちなの先祖なのよね。」

私は、異世界の歴史をよく知らないけどきっと獣族はギルミット族と同じように王国から酷い目にあわされた歴史があるのだろう。そして、彼らはギルミットとはまた違う道を選び生き残った。王家に服従を誓う事で生き延びたけど、それでも人に支配される屈辱に耐えられず離れていった部族のひとつが、この村の人々なのだろう。誇り高き狼の一族にはその生き方がよく似合っているように思えた。

それにしても、彼らにとってみれば王位継承者の側室の私は憎むべき存在だろうに、こんなによくしてくれている。私はただお礼を言う事しかできなかった。

「ありがとうね、リリカさん。薬草入りパンすごく美味しかった。つわりも治まってきたみたい。」

私がそう言って笑いかけるとリリカは耳をぴくぴくとさせながら私に身を寄せて口を開いた。

「ねえ、アベルがあなたはアーサーの元恋人だと言っていたけど本当?」

「こ、恋人じゃないってさっき言ったでしょ!!その・・彼は私の命の恩人なの。初めてこの世界に来て、右も左もわからない時に山賊に襲われてレイプされそうになったの。その時に彼が助けてくれて、行き場の無い私を彼はお城に連れて行ってくれたの。その時から、彼のことを思うとどきどきするようになって・・たぶん、これって初恋、一目惚れかな。ラッキーにも、『愛する人』とこの世界に来て速攻で運命的に出逢っちゃったんだよね、私!」

私が照れながらそう言うと、リリカは僅かに首をかしげて口を開いた。

「で、その『愛する人』であるアーサーと男女の仲になったの?」
「うぐぅ・・それは、なってないけど。」
「じゃあ、トモヤの処女を奉げた相手は誰?」
「んん。それは、カインだけど。彼に無理やり処女を奪われたのよね。アーサーからは引き離されて勝手に側室にされるし、カインって最悪の奴でしょ。でも、カインも根っからの悪じゃないんだよね。理由があって性格が歪んじゃったんだよ。それを知ると・・・なんとなく、気持ちが揺らいじゃって。二回目は、同意の下でセックスしたんだけど・・・まさか、それで妊娠するとは思わなかったよ。人間って不思議だよね。」

リリカはじっと私の話を聞いていたが、私が話し終えると獣の耳をぴくぴくさせながら口を開いた。

「獣の勘で話すけど怒らないでね、トモヤ?多分、アーサーはあなたの『愛する人』じゃないよ。一つ聞いてもいい?」
「なに?」
「初めてこの世界に来たってさっき言っていたけど、それはどういう意味?」
「え、うーーん。リリカ誰にも内緒だよ。私は、この世界とは別の世界から来たの・・って言っても解らないか?」
「そんな事無いよ。普通、獣族が作ったパンをあんなに素直に食べる人はこの世界にはいないもの。野生の勘だけど、あなたがどこか遠くから来たのは解るわ。そのあなたが、知らない土地に来て危ない目にあって、そこにアーサーが王子様の様に颯爽と現れて助けてくれた。そうよね?」
「そうだよ。」
「それをあなたは、恋だと言ったけど本当にそうかな?ねえ知ってる。ひな鳥が生まれた時、目の前にあるものがたとえ親鳥でなくても慕う事を。」
「へえ、この世界にも同じような話があるんだね。知っているよ、ことわざだっけ?」

「ことわざ?その言葉は知らないけど、つまりはあなたはひな鳥と同じなんだよ。初めてこの世界で会ったアーサーに庇護されて、この人が親鳥で守ってくれる人だって無意識に刷り込まれて慕ってしまったんだよ。」

私は眉を顰めながらリリカに聞いた。

「つまり私はアーサーのことを庇護者である親鳥のように慕っているってこと?『愛する人』では無いって事?」

◆◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

処理中です...