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なんの権利があって!
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◆◆◆◆◆
「先生、味噌汁のおかわりは?」
山崎に不意にそう尋ねられて、俺は漠然としながら男を見つめた。頬にあてがわれた男の手が俺の頬を撫で、そのまま首元に指を滑らせる。
「やめろ!」
俺は山崎の手を払い除けた。そして、脇に置いた杖を取り椅子から立ち上がる。左足を引きずりながら、俺はリビングテーブルから離れた。
誘拐犯で人殺し。
これ以上は耐えられない。
俺は玄関に向かって歩き出す。だが、すぐに山崎に先回りをされてしまった。俺の動かない左足ではこの男からは逃れられない。
山崎は無表情で口を開く。
「何処に行くつもりですか?」
「家に帰りたい。ここは嫌だ。」
俺の返事に男は僅かに微笑む。
「子供の様なワガママを言わないで下さい、先生。私は先生が執筆に励めるように尽くすつもりです。私と一緒にここで暮らしましょう。先生の住民票もいずれこちらに移す予定です。二人で次回作を完成させましょう、大塚先生。」
「住民票を移す?」
「先生がここで暮らす為に必要な手続きは、全て私が済ませます。ケアマネジャーさんとも連絡が取れたので、私が代理で手続きに行ってきますね。あ、先生には委任状を書いて貰わないと‥‥‥‥先生?」
悪びれる様子もない山崎に、俺は恐怖を覚えた。同時に湧き上がる怒りから杖で男を殴っていた。
「冗談じゃない!君はなんの権利があって俺の人生に踏み込む!俺は他人に強要されて執筆をするつもりはない!お前のような犯罪者に屈してたまるか!」
山崎の頭を2回殴ったところで体がバランスを崩す。左側に傾く体を支えたのは誘拐犯だった。男は額から血を流しながら、俺に話しかけてくる。
「先生、落ち着いて下さい」
「これが落ち着けるか!離せ!」
「仕方ありませんね‥‥‥」
いきなり男に抱き上げられた。そしてそのままリビングのソファーに座らされる。男は俺から身を離すと左手で額を押さえながらぼやく。
「先生、本気で殴りましたね?」
「‥‥‥‥‥。」
俺が黙っていると、山崎は右手の人差し指でソファーの前のテーブルを指さす。
「大塚先生、執筆道具と原稿です。私は額の治療をしてきますので、執筆を始めていて下さい」
「だから、俺は執筆はしな‥‥っ」
執筆はしないと言いかけて言葉に詰まる。テーブルの上に置かれた原稿は白紙ではなかった。ぎっしりと文字が書かれている。
「‥‥何だこれは?」
俺はその原稿を捲って内容を確認する。それは昭和中頃を舞台にした私立探偵の冒険譚だった。俺の3冊の書籍と同じ主人公が生き生きと描かれている。
「‥‥二次創作?いや、これは‥‥」
文体は違うがシリーズものの新作だと担当編集に渡しても違和感なく受け取ってもらえるだろう。
でも、なんで‥‥‥。
いや、答えは一つしかないか。
「君が書いたのか?」
「はい」
「‥‥‥‥今までの3冊も?」
「あの3冊は私の原案を元に先生が加筆修正したものです。ですから、合作です。本当に記憶を失ってしまったのですね。でも、大丈夫です。これからは、お互いに支え合って執筆活動に励みましょう。以前はメールのやり取りのみでの付き合いでしたが、今は先生が目の前にいる。」
俺に近づこうとした山崎を制して俺は口を開いた。
「その‥‥殴って悪かった。先に額の治療をしてきてくれ。その後で話し合おう。話し合う前に俺に時間をくれないか。考えを整理したい。頼む‥‥、山崎」
誘拐犯は柔らかく微笑むとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「分かりました、先生。では、治療してきますね」
「ああ」
俺はそう答えてソファーに身を沈めた。何も考えたくない。何も知りたくない。何も‥‥。
◆◆◆◆◆
「先生、味噌汁のおかわりは?」
山崎に不意にそう尋ねられて、俺は漠然としながら男を見つめた。頬にあてがわれた男の手が俺の頬を撫で、そのまま首元に指を滑らせる。
「やめろ!」
俺は山崎の手を払い除けた。そして、脇に置いた杖を取り椅子から立ち上がる。左足を引きずりながら、俺はリビングテーブルから離れた。
誘拐犯で人殺し。
これ以上は耐えられない。
俺は玄関に向かって歩き出す。だが、すぐに山崎に先回りをされてしまった。俺の動かない左足ではこの男からは逃れられない。
山崎は無表情で口を開く。
「何処に行くつもりですか?」
「家に帰りたい。ここは嫌だ。」
俺の返事に男は僅かに微笑む。
「子供の様なワガママを言わないで下さい、先生。私は先生が執筆に励めるように尽くすつもりです。私と一緒にここで暮らしましょう。先生の住民票もいずれこちらに移す予定です。二人で次回作を完成させましょう、大塚先生。」
「住民票を移す?」
「先生がここで暮らす為に必要な手続きは、全て私が済ませます。ケアマネジャーさんとも連絡が取れたので、私が代理で手続きに行ってきますね。あ、先生には委任状を書いて貰わないと‥‥‥‥先生?」
悪びれる様子もない山崎に、俺は恐怖を覚えた。同時に湧き上がる怒りから杖で男を殴っていた。
「冗談じゃない!君はなんの権利があって俺の人生に踏み込む!俺は他人に強要されて執筆をするつもりはない!お前のような犯罪者に屈してたまるか!」
山崎の頭を2回殴ったところで体がバランスを崩す。左側に傾く体を支えたのは誘拐犯だった。男は額から血を流しながら、俺に話しかけてくる。
「先生、落ち着いて下さい」
「これが落ち着けるか!離せ!」
「仕方ありませんね‥‥‥」
いきなり男に抱き上げられた。そしてそのままリビングのソファーに座らされる。男は俺から身を離すと左手で額を押さえながらぼやく。
「先生、本気で殴りましたね?」
「‥‥‥‥‥。」
俺が黙っていると、山崎は右手の人差し指でソファーの前のテーブルを指さす。
「大塚先生、執筆道具と原稿です。私は額の治療をしてきますので、執筆を始めていて下さい」
「だから、俺は執筆はしな‥‥っ」
執筆はしないと言いかけて言葉に詰まる。テーブルの上に置かれた原稿は白紙ではなかった。ぎっしりと文字が書かれている。
「‥‥何だこれは?」
俺はその原稿を捲って内容を確認する。それは昭和中頃を舞台にした私立探偵の冒険譚だった。俺の3冊の書籍と同じ主人公が生き生きと描かれている。
「‥‥二次創作?いや、これは‥‥」
文体は違うがシリーズものの新作だと担当編集に渡しても違和感なく受け取ってもらえるだろう。
でも、なんで‥‥‥。
いや、答えは一つしかないか。
「君が書いたのか?」
「はい」
「‥‥‥‥今までの3冊も?」
「あの3冊は私の原案を元に先生が加筆修正したものです。ですから、合作です。本当に記憶を失ってしまったのですね。でも、大丈夫です。これからは、お互いに支え合って執筆活動に励みましょう。以前はメールのやり取りのみでの付き合いでしたが、今は先生が目の前にいる。」
俺に近づこうとした山崎を制して俺は口を開いた。
「その‥‥殴って悪かった。先に額の治療をしてきてくれ。その後で話し合おう。話し合う前に俺に時間をくれないか。考えを整理したい。頼む‥‥、山崎」
誘拐犯は柔らかく微笑むとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「分かりました、先生。では、治療してきますね」
「ああ」
俺はそう答えてソファーに身を沈めた。何も考えたくない。何も知りたくない。何も‥‥。
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