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第一部 ヤン=ビーゲル

第23話 アカンサス

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◆◆◆◆◆


鳥籠の中のインコは剥製だった。


◇◇◇


「‥‥懐かしい。」

馬車の車窓から貴族街に建つビーゲル邸が見えて、僕は思わず言葉を零した。そんな僕を優しく抱き寄せたライナー兄上が耳元で囁く。

「邸宅内もヤンがいた頃と同じ状態に保っている。ヤンの部屋は父上に壊されてしまったが、私が以前の状態に復元した。きっと安心して過ごせると思う。」

「ありがとうございます、兄上」

僕は兄に礼を言った後、再び馬車の車窓に目をやった。

貴族街に入る前にアカンサスの紋様が刻まれたビーゲル家の馬車に乗り換えた。なので、乗り心地はすこぶる良い。

でも、乗り換えたのは僕とライナー兄上だけ。シノとエドガーは小さな馬車に乗ったまま、別の道に走り去ってしまった。シノは怪我をしているのに‥‥。

「エドガー兄上」
「なんだい、ヤン?」

「シノとライナーはどうしてこの馬車に乗らなかったのですか?」

「彼らは貴族ではないから、アカンサスの紋様を刻んだ馬車に乗せられない。ビーゲル家のしきたりを忘れてしまったのかい、ヤン?」

「そうではありませんが‥‥。」

ギルスハート王国が建国した際に、ビーゲル家は多大な貢献をした。

その事に感謝した初代王は、王家とビーゲル家以外はアカンサスの紋様を使ってはならないとお触れを出し現在に至る。

「‥‥ビーゲル家にとってアカンサスが大切なのは分かります。でも、シノの命より大切だとは思えません。さっきの馬車は乗り心地が良くなかったので心配です。」

「ヤン」

「それに、僕もシノと同じく貴族ではないので‥‥兄上の言葉に則ればこの馬車に乗る資格はなくて、っ、兄上!」

突然きつく抱きしめられて、僕は驚き声をあげる。ライナー兄上は僕を抱きしめたまま語気強く言葉を発した。

「ヤンは私の弟で紛れもない貴族だ!お前を貶める発言をする者とは、全て縁を切ってきた。たとえ、ヤン自身でも己を貶める発言は許さない‥‥いいね、ヤン?」

「っ‥‥」
「ヤン」
「‥‥わかりました、兄上」
「分かってくれたのなら嬉しい」

貴族の父上は僕を托卵の子供と知らずに育てた。でも、母の嘘がバレて僕はビーゲル家を追放された。

だから、僕は貴族じゃない。

そして、貴族でないことが己を貶める事だとも思っていない。市井で生きるうちに、貴族も庶民も変わらない存在だと実感した。

でも、ライナー兄上は庶民を下に見ている。兄上の言動からシノの扱いが気になり出してきた。

「シノをどこに連れて行ったのですか、ライナー兄上?」

「気にする必要はない。」

「僕を救うためとはいえ、シノに怪我を負わせて人質に取りました。それは、貴族として恥ずべき行為です。僕はシノに謝って完治するまで看病をします。」

僕がはっきりと言い切ると、ライナー兄上は僅かに眉を潜めた。そして、ボソリと呟く。

「貴族として恥ずべき行為か‥‥。」
「そうです、兄上」

「あの場でヤンを娼館主に引き渡すくらいなら、恥ずべき行為だろうとなんでもする。後悔はない。」

ライナー兄上の言葉に僕は唇を噛み締めた。兄上を責めることは間違っている。

‥‥色街を出たいと望んだのは僕なんだから。

「‥‥兄上の行為は僕を色街から救う為のものです。だから、シノの怪我は僕に責任があると思っています。なので、彼の足が完治するまで尽くしたいのです。」

ライナー兄上はしばらく黙った後に話を切り出した。

「腱を切ったシノの足が完治することは無いが、早期に手術をすれば歩けるようになる。エドガーには開業医のドトールの元にシノを預ける様に指示を出している。」

「ドトールの所に?では、彼の治療を受けるのですね。彼の病院はビーゲル家の近くですか?」

「貴族街にあるので遠くはない。それほどシノの事が気になるのか?」

俺が黙って頷くとライナー兄上は少し渋った後に言葉を発する。

「ヤンが気を病むのは‥‥私も辛い。お前が望むなら、我が家でシノを雇っても構わない。」

ライナー兄上の言葉に驚いて、僕は慌てて返事をした。

「シノを雇うって、彼は娼館の主の跡取りですよ?僕の身請けが成立したら、彼は色街に返さないと駄目です。」

僕がそう反論すると、ライナー兄上は少し間を置いて言葉を紡ぐ。

「王都に色街は必要ない」
「え?」

「王弟殿下が進言してくださり、国王陛下が英断された。王都の色街は近い内に取り壊され、引き続き娼館主として商売をする者は海沿いの街ハラスに移住させる。」

僕は驚いて目を見開いた。そんな話があれば噂になって僕の耳にも入っていた筈だ。でも、一度も耳にしていない。

「そのような話は色街では聞いていません、ライナー兄上。娼館主たちはその事を知っているのですか?」

僕の言葉にライナー兄上はあっさりと答えた。

「王都の治安を悪化させる色街の住人と話し合う必要はない。国王陛下の決定に不服があれば裁判をすればいい。もっとも金を生む色街を取り壊されては、裁判をする資金も無いだろうがね‥‥。」

「兄上、それはあんまりです!」

色街には不幸な人が多い。それでも、彼らはそこで生活をしている王国民だ。なのに、国王の一存で街を壊されるなんて‥‥。



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