18 / 38
第一部 ヤン=ビーゲル
第18話 兄上を穢すところでした
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「どうして、兄上!シノ!シノ!」
僕は叫び声をあげてライナー兄上の肩を強く叩いた。兄はそんな僕を更に強く抱きしめて、エドガーに命じる。
「エドガー、その男を気絶させて共に馬車に乗り込め。」
「承知しました。」
エドガーは素早くシノの鳩尾に拳を入れて気絶させると、右肩にシノを担ぎ上げた。シノの右足からは血が流れだし担ぐエドガーの衣服を赤く染めていく。
「ライナー兄上、シノの手当をさせて!お願いです、兄上!」
「ヤン、今はこの色街を出る事が急務だ。4人乗りとしては小さな馬車だが、店の前に停めてある。半裸の状態のヤンを他人の目に晒すのは耐え難いが‥‥行くぞ!」
「兄上!」
ライナー兄上は僕を抱きかかえたまま治療院を後にする。公衆浴場内は既にざわついていたが、シノを担いだエドガーが姿を現すと騒然となった。
しかし、兄上とエドガーは動揺することなく、悠然と公衆浴場の出入り口に向かう。受付のルートが呆然とこちらを見ていたが、目前を通り過ぎる僕とシノを見てカウンターを飛び出し叫んだ。
「ちょっとまて!誰だよ、お前らは!?シノとヤンをどこに連れて行く気だ。二人を離せ!」
ルートはシノを担いだエドガーの腰に縋り付こうとしたが、その前に蹴りを食らって彼は床に転がった。
「ルート!」
僕がルートの名を呼ぶと、彼は床に伏せたまま叫び返す。
「すまない、ヤン!俺は強いものには巻かれるタイプだ。俺では歯が立たないから、シノのことは頼んだ」
「ルート!諦めるの早すぎる!」
ルートの諦めの良さに腹を立てながらも、彼が無事である事にホッとする。兄上とエドガーは何事も無かったように公衆浴場を後にした。
「この馬車だ、ヤン」
色街の路上には馬車が止まっており、兄上の合図で御者が扉を開く。侯爵家の馬車でない事に、僕は思わず安堵の息を漏らした。
「ヤン?」
「ビーゲル家の馬車でなくて良かったと思っただけです。それより、早くシノの手当を!」
「ヤンを捜索する為に何度か色街に通ったが、その時に色街では小型の馬車しか通行が許されていないと初めて知った。車内では窮屈だろうが、そこで衣装を着て欲しい。」
「僕の事よりシノの治療を!」
僕の訴えをライナー兄上がさらりと受け流して返事をする。
「ヤンが私の命に従うなら、シノの治療をエドガーに命じる。それでどうだ、ヤン?」
兄上の声は優しかったが、拒否を許さぬ強さがあった。僕は言葉を震わせながら応じる。
「分かりました、ライナー兄上」
「承知してくれて感謝する、ヤン」
ライナー兄上の言葉に安堵の色が滲み、僕はハッとして兄を見た。精悍な面立ちの兄上が優しく目を細めて僕を見つめている。
「兄上‥‥。」
「ヤン?」
兄上の頬を無意識に指先で触れていて、僕は慌てて手を引っ込める。これは男娼の動きだ。惨めで恥ずかしくなった僕は両手で顔を覆った。
「どうした、ヤン?どこか痛むのか?‥‥‥泣いているのか?」
「‥‥兄上を穢すところでした。ごめんなさい、ライナー兄上。」
涙がポロポロと零れだして止まらなくなる。ライナー兄上は困った様子で僕をギュッと抱き寄せ囁く。
「お前が私に触れて穢が生じると思っているなら‥‥それでも構わない。俺はお前にもっと触れてもらいたい。失いかけた弟の存在を私に思い出させて欲しい」
「ライナー兄上‥‥。」
こんなにも愛されているのに、僕は色街に堕ちた後も時折嘘の手紙を兄宛に書いた。
『市井で上手く暮らしているので心配しないで』そう書いた手紙を、行商人や時には僕を抱いた客に頼んで遠方から兄に送って貰っていた。
「ごめんなさい、兄上」
「‥‥ヤン」
◆◆◆◆◆
「どうして、兄上!シノ!シノ!」
僕は叫び声をあげてライナー兄上の肩を強く叩いた。兄はそんな僕を更に強く抱きしめて、エドガーに命じる。
「エドガー、その男を気絶させて共に馬車に乗り込め。」
「承知しました。」
エドガーは素早くシノの鳩尾に拳を入れて気絶させると、右肩にシノを担ぎ上げた。シノの右足からは血が流れだし担ぐエドガーの衣服を赤く染めていく。
「ライナー兄上、シノの手当をさせて!お願いです、兄上!」
「ヤン、今はこの色街を出る事が急務だ。4人乗りとしては小さな馬車だが、店の前に停めてある。半裸の状態のヤンを他人の目に晒すのは耐え難いが‥‥行くぞ!」
「兄上!」
ライナー兄上は僕を抱きかかえたまま治療院を後にする。公衆浴場内は既にざわついていたが、シノを担いだエドガーが姿を現すと騒然となった。
しかし、兄上とエドガーは動揺することなく、悠然と公衆浴場の出入り口に向かう。受付のルートが呆然とこちらを見ていたが、目前を通り過ぎる僕とシノを見てカウンターを飛び出し叫んだ。
「ちょっとまて!誰だよ、お前らは!?シノとヤンをどこに連れて行く気だ。二人を離せ!」
ルートはシノを担いだエドガーの腰に縋り付こうとしたが、その前に蹴りを食らって彼は床に転がった。
「ルート!」
僕がルートの名を呼ぶと、彼は床に伏せたまま叫び返す。
「すまない、ヤン!俺は強いものには巻かれるタイプだ。俺では歯が立たないから、シノのことは頼んだ」
「ルート!諦めるの早すぎる!」
ルートの諦めの良さに腹を立てながらも、彼が無事である事にホッとする。兄上とエドガーは何事も無かったように公衆浴場を後にした。
「この馬車だ、ヤン」
色街の路上には馬車が止まっており、兄上の合図で御者が扉を開く。侯爵家の馬車でない事に、僕は思わず安堵の息を漏らした。
「ヤン?」
「ビーゲル家の馬車でなくて良かったと思っただけです。それより、早くシノの手当を!」
「ヤンを捜索する為に何度か色街に通ったが、その時に色街では小型の馬車しか通行が許されていないと初めて知った。車内では窮屈だろうが、そこで衣装を着て欲しい。」
「僕の事よりシノの治療を!」
僕の訴えをライナー兄上がさらりと受け流して返事をする。
「ヤンが私の命に従うなら、シノの治療をエドガーに命じる。それでどうだ、ヤン?」
兄上の声は優しかったが、拒否を許さぬ強さがあった。僕は言葉を震わせながら応じる。
「分かりました、ライナー兄上」
「承知してくれて感謝する、ヤン」
ライナー兄上の言葉に安堵の色が滲み、僕はハッとして兄を見た。精悍な面立ちの兄上が優しく目を細めて僕を見つめている。
「兄上‥‥。」
「ヤン?」
兄上の頬を無意識に指先で触れていて、僕は慌てて手を引っ込める。これは男娼の動きだ。惨めで恥ずかしくなった僕は両手で顔を覆った。
「どうした、ヤン?どこか痛むのか?‥‥‥泣いているのか?」
「‥‥兄上を穢すところでした。ごめんなさい、ライナー兄上。」
涙がポロポロと零れだして止まらなくなる。ライナー兄上は困った様子で僕をギュッと抱き寄せ囁く。
「お前が私に触れて穢が生じると思っているなら‥‥それでも構わない。俺はお前にもっと触れてもらいたい。失いかけた弟の存在を私に思い出させて欲しい」
「ライナー兄上‥‥。」
こんなにも愛されているのに、僕は色街に堕ちた後も時折嘘の手紙を兄宛に書いた。
『市井で上手く暮らしているので心配しないで』そう書いた手紙を、行商人や時には僕を抱いた客に頼んで遠方から兄に送って貰っていた。
「ごめんなさい、兄上」
「‥‥ヤン」
◆◆◆◆◆
67
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説


親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。
猫宮乾
BL
ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる