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第一部 ヤン=ビーゲル
第18話 兄上を穢すところでした
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◆◆◆◆◆
「どうして、兄上!シノ!シノ!」
僕は叫び声をあげてライナー兄上の肩を強く叩いた。兄はそんな僕を更に強く抱きしめて、エドガーに命じる。
「エドガー、その男を気絶させて共に馬車に乗り込め。」
「承知しました。」
エドガーは素早くシノの鳩尾に拳を入れて気絶させると、右肩にシノを担ぎ上げた。シノの右足からは血が流れだし担ぐエドガーの衣服を赤く染めていく。
「ライナー兄上、シノの手当をさせて!お願いです、兄上!」
「ヤン、今はこの色街を出る事が急務だ。4人乗りとしては小さな馬車だが、店の前に停めてある。半裸の状態のヤンを他人の目に晒すのは耐え難いが‥‥行くぞ!」
「兄上!」
ライナー兄上は僕を抱きかかえたまま治療院を後にする。公衆浴場内は既にざわついていたが、シノを担いだエドガーが姿を現すと騒然となった。
しかし、兄上とエドガーは動揺することなく、悠然と公衆浴場の出入り口に向かう。受付のルートが呆然とこちらを見ていたが、目前を通り過ぎる僕とシノを見てカウンターを飛び出し叫んだ。
「ちょっとまて!誰だよ、お前らは!?シノとヤンをどこに連れて行く気だ。二人を離せ!」
ルートはシノを担いだエドガーの腰に縋り付こうとしたが、その前に蹴りを食らって彼は床に転がった。
「ルート!」
僕がルートの名を呼ぶと、彼は床に伏せたまま叫び返す。
「すまない、ヤン!俺は強いものには巻かれるタイプだ。俺では歯が立たないから、シノのことは頼んだ」
「ルート!諦めるの早すぎる!」
ルートの諦めの良さに腹を立てながらも、彼が無事である事にホッとする。兄上とエドガーは何事も無かったように公衆浴場を後にした。
「この馬車だ、ヤン」
色街の路上には馬車が止まっており、兄上の合図で御者が扉を開く。侯爵家の馬車でない事に、僕は思わず安堵の息を漏らした。
「ヤン?」
「ビーゲル家の馬車でなくて良かったと思っただけです。それより、早くシノの手当を!」
「ヤンを捜索する為に何度か色街に通ったが、その時に色街では小型の馬車しか通行が許されていないと初めて知った。車内では窮屈だろうが、そこで衣装を着て欲しい。」
「僕の事よりシノの治療を!」
僕の訴えをライナー兄上がさらりと受け流して返事をする。
「ヤンが私の命に従うなら、シノの治療をエドガーに命じる。それでどうだ、ヤン?」
兄上の声は優しかったが、拒否を許さぬ強さがあった。僕は言葉を震わせながら応じる。
「分かりました、ライナー兄上」
「承知してくれて感謝する、ヤン」
ライナー兄上の言葉に安堵の色が滲み、僕はハッとして兄を見た。精悍な面立ちの兄上が優しく目を細めて僕を見つめている。
「兄上‥‥。」
「ヤン?」
兄上の頬を無意識に指先で触れていて、僕は慌てて手を引っ込める。これは男娼の動きだ。惨めで恥ずかしくなった僕は両手で顔を覆った。
「どうした、ヤン?どこか痛むのか?‥‥‥泣いているのか?」
「‥‥兄上を穢すところでした。ごめんなさい、ライナー兄上。」
涙がポロポロと零れだして止まらなくなる。ライナー兄上は困った様子で僕をギュッと抱き寄せ囁く。
「お前が私に触れて穢が生じると思っているなら‥‥それでも構わない。俺はお前にもっと触れてもらいたい。失いかけた弟の存在を私に思い出させて欲しい」
「ライナー兄上‥‥。」
こんなにも愛されているのに、僕は色街に堕ちた後も時折嘘の手紙を兄宛に書いた。
『市井で上手く暮らしているので心配しないで』そう書いた手紙を、行商人や時には僕を抱いた客に頼んで遠方から兄に送って貰っていた。
「ごめんなさい、兄上」
「‥‥ヤン」
◆◆◆◆◆
「どうして、兄上!シノ!シノ!」
僕は叫び声をあげてライナー兄上の肩を強く叩いた。兄はそんな僕を更に強く抱きしめて、エドガーに命じる。
「エドガー、その男を気絶させて共に馬車に乗り込め。」
「承知しました。」
エドガーは素早くシノの鳩尾に拳を入れて気絶させると、右肩にシノを担ぎ上げた。シノの右足からは血が流れだし担ぐエドガーの衣服を赤く染めていく。
「ライナー兄上、シノの手当をさせて!お願いです、兄上!」
「ヤン、今はこの色街を出る事が急務だ。4人乗りとしては小さな馬車だが、店の前に停めてある。半裸の状態のヤンを他人の目に晒すのは耐え難いが‥‥行くぞ!」
「兄上!」
ライナー兄上は僕を抱きかかえたまま治療院を後にする。公衆浴場内は既にざわついていたが、シノを担いだエドガーが姿を現すと騒然となった。
しかし、兄上とエドガーは動揺することなく、悠然と公衆浴場の出入り口に向かう。受付のルートが呆然とこちらを見ていたが、目前を通り過ぎる僕とシノを見てカウンターを飛び出し叫んだ。
「ちょっとまて!誰だよ、お前らは!?シノとヤンをどこに連れて行く気だ。二人を離せ!」
ルートはシノを担いだエドガーの腰に縋り付こうとしたが、その前に蹴りを食らって彼は床に転がった。
「ルート!」
僕がルートの名を呼ぶと、彼は床に伏せたまま叫び返す。
「すまない、ヤン!俺は強いものには巻かれるタイプだ。俺では歯が立たないから、シノのことは頼んだ」
「ルート!諦めるの早すぎる!」
ルートの諦めの良さに腹を立てながらも、彼が無事である事にホッとする。兄上とエドガーは何事も無かったように公衆浴場を後にした。
「この馬車だ、ヤン」
色街の路上には馬車が止まっており、兄上の合図で御者が扉を開く。侯爵家の馬車でない事に、僕は思わず安堵の息を漏らした。
「ヤン?」
「ビーゲル家の馬車でなくて良かったと思っただけです。それより、早くシノの手当を!」
「ヤンを捜索する為に何度か色街に通ったが、その時に色街では小型の馬車しか通行が許されていないと初めて知った。車内では窮屈だろうが、そこで衣装を着て欲しい。」
「僕の事よりシノの治療を!」
僕の訴えをライナー兄上がさらりと受け流して返事をする。
「ヤンが私の命に従うなら、シノの治療をエドガーに命じる。それでどうだ、ヤン?」
兄上の声は優しかったが、拒否を許さぬ強さがあった。僕は言葉を震わせながら応じる。
「分かりました、ライナー兄上」
「承知してくれて感謝する、ヤン」
ライナー兄上の言葉に安堵の色が滲み、僕はハッとして兄を見た。精悍な面立ちの兄上が優しく目を細めて僕を見つめている。
「兄上‥‥。」
「ヤン?」
兄上の頬を無意識に指先で触れていて、僕は慌てて手を引っ込める。これは男娼の動きだ。惨めで恥ずかしくなった僕は両手で顔を覆った。
「どうした、ヤン?どこか痛むのか?‥‥‥泣いているのか?」
「‥‥兄上を穢すところでした。ごめんなさい、ライナー兄上。」
涙がポロポロと零れだして止まらなくなる。ライナー兄上は困った様子で僕をギュッと抱き寄せ囁く。
「お前が私に触れて穢が生じると思っているなら‥‥それでも構わない。俺はお前にもっと触れてもらいたい。失いかけた弟の存在を私に思い出させて欲しい」
「ライナー兄上‥‥。」
こんなにも愛されているのに、僕は色街に堕ちた後も時折嘘の手紙を兄宛に書いた。
『市井で上手く暮らしているので心配しないで』そう書いた手紙を、行商人や時には僕を抱いた客に頼んで遠方から兄に送って貰っていた。
「ごめんなさい、兄上」
「‥‥ヤン」
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