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第一部 ヤン=ビーゲル
第5話 医者のドトール
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◆◆◆◆◆
「焼き立てのパンの香りがする」
「おう、いい匂いだな。」
「公衆浴場の裏にはパン工房あり」
「普通はパン工房の裏に公衆浴場ありって言うけどな。まあ、どっちでもいいか。ほら、風呂についたぞ。」
シノの胸から顔を上げると、ちょうど公衆浴場の建物の中に入るところだった。シノは受付に向かうとカウンターの男に気楽に声を掛ける。
「ルート、個室は空いてるか?」
「空いてるけど、セックス目的なら二階の部屋を借りろよ。顔なじみとして安くしといてやるからよ。二階なら酒も飲めるし少々の無茶はオッケーだぞ。シノ、二階にしろ。金を落としていけ。」
「こいつと寝るわけ無いだろ。今度女と来た時に金を落としてやるよ。今日はヤンの沐浴と治療が目的だ。ヤブ医者がいるなら呼んでくれ」
シノの返事に僕は抗議して男の胸を拳で叩く。シノはぐっと唸って僕を睨んできた。シノにお姫様だっこされたままなので迫力はないだろうけど、僕も睨み返して口を開く。
「医者はいらないってば、シノ」
「そっちに怒ってんのかよ!」
「それ以外に怒る要素ないだろ」
「いや、二階に行くのを拒んだからとか、お前にはお金を掛けずに女と来るとか言ったよな。色々と怒るポイントあるだろ?ほら、怒れよ」
僕は呆れてシノを見た。受付のルートも呆れ顔でシノを見ている。僕も同じ気持ちだよ、ルート。
「おい、公衆浴場の入口でイチャイチャするな。それとヤブ医者は死んだからいないぞ。」
「えっ?」
「ん、ヤブ医者死んだのか?」
ルートの言葉に僕とシノは思わず声を漏らした。ルートは裏のパン工房の息子なので身元はしっかりしている。いい加減な事を口にする男じゃない。
「‥‥あのお医者さん死んだんだ」
ヤブ医者で好きではなかったけど、なんとなくしんみりした気分になる。もしかしたら持病があったのかもしれない。
「ああ、刺されて死んでたな」
「え?」
「俺が第一発見者になっちまってさ。色街の自警団呼んだり、衛兵に状況説明したり大変だった。見ないふりするか川に捨てればよかった」
「お前そんな事言ってるといつか捕まるぞ。まあ、ヤブ医者は色々とやらかしてたから、いずれこうなるとは思ってたが。しかし、ヤブ医者でも公衆浴場に医者が居ないと不便だな。」
シノがしかめっ面で文句を垂れる。父親のハンスから娼婦や男娼の管理を任されているシノにとって、常駐する医者の存在は大事なのだろう。
「いや、医者ならいるぞ。臨時だけど窮状を聞きつけて来てくれた人でさ。庶民も貴族も別け隔てなく診てくれる聖人みたいな人だから、できればここに常駐医になって欲しいんだよな。でも、口説ききれなくてさ~。なあ、常駐してくれよ、ドトールさん!」
「ドトール?」
そう呟いた時、僕とシノの背後から声が掛かる。
「常駐医は難しいよ、ルート。それより患者がいるなら診るぞ」
「それは助かる!こいつを見てやってくれ。尻穴がヤバい状態でさ」
シノがデリカシーの欠片もない言葉を吐いたが、それどころではない。シノが振り返ると白衣を着た壮年の男性が立っていた。
ドトールと視線が合い、僕は慌てて顔をシノの胸に押し付け隠した。でも、遅かった。
「ヤン様!?」
ドトール先生にはビーゲル家で貴族をしている時にお世話になった。その人に見つかってしまった。色街で男娼をしているなんて知られたくなかった。
「うぅ、見つかった‥‥。」
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「焼き立てのパンの香りがする」
「おう、いい匂いだな。」
「公衆浴場の裏にはパン工房あり」
「普通はパン工房の裏に公衆浴場ありって言うけどな。まあ、どっちでもいいか。ほら、風呂についたぞ。」
シノの胸から顔を上げると、ちょうど公衆浴場の建物の中に入るところだった。シノは受付に向かうとカウンターの男に気楽に声を掛ける。
「ルート、個室は空いてるか?」
「空いてるけど、セックス目的なら二階の部屋を借りろよ。顔なじみとして安くしといてやるからよ。二階なら酒も飲めるし少々の無茶はオッケーだぞ。シノ、二階にしろ。金を落としていけ。」
「こいつと寝るわけ無いだろ。今度女と来た時に金を落としてやるよ。今日はヤンの沐浴と治療が目的だ。ヤブ医者がいるなら呼んでくれ」
シノの返事に僕は抗議して男の胸を拳で叩く。シノはぐっと唸って僕を睨んできた。シノにお姫様だっこされたままなので迫力はないだろうけど、僕も睨み返して口を開く。
「医者はいらないってば、シノ」
「そっちに怒ってんのかよ!」
「それ以外に怒る要素ないだろ」
「いや、二階に行くのを拒んだからとか、お前にはお金を掛けずに女と来るとか言ったよな。色々と怒るポイントあるだろ?ほら、怒れよ」
僕は呆れてシノを見た。受付のルートも呆れ顔でシノを見ている。僕も同じ気持ちだよ、ルート。
「おい、公衆浴場の入口でイチャイチャするな。それとヤブ医者は死んだからいないぞ。」
「えっ?」
「ん、ヤブ医者死んだのか?」
ルートの言葉に僕とシノは思わず声を漏らした。ルートは裏のパン工房の息子なので身元はしっかりしている。いい加減な事を口にする男じゃない。
「‥‥あのお医者さん死んだんだ」
ヤブ医者で好きではなかったけど、なんとなくしんみりした気分になる。もしかしたら持病があったのかもしれない。
「ああ、刺されて死んでたな」
「え?」
「俺が第一発見者になっちまってさ。色街の自警団呼んだり、衛兵に状況説明したり大変だった。見ないふりするか川に捨てればよかった」
「お前そんな事言ってるといつか捕まるぞ。まあ、ヤブ医者は色々とやらかしてたから、いずれこうなるとは思ってたが。しかし、ヤブ医者でも公衆浴場に医者が居ないと不便だな。」
シノがしかめっ面で文句を垂れる。父親のハンスから娼婦や男娼の管理を任されているシノにとって、常駐する医者の存在は大事なのだろう。
「いや、医者ならいるぞ。臨時だけど窮状を聞きつけて来てくれた人でさ。庶民も貴族も別け隔てなく診てくれる聖人みたいな人だから、できればここに常駐医になって欲しいんだよな。でも、口説ききれなくてさ~。なあ、常駐してくれよ、ドトールさん!」
「ドトール?」
そう呟いた時、僕とシノの背後から声が掛かる。
「常駐医は難しいよ、ルート。それより患者がいるなら診るぞ」
「それは助かる!こいつを見てやってくれ。尻穴がヤバい状態でさ」
シノがデリカシーの欠片もない言葉を吐いたが、それどころではない。シノが振り返ると白衣を着た壮年の男性が立っていた。
ドトールと視線が合い、僕は慌てて顔をシノの胸に押し付け隠した。でも、遅かった。
「ヤン様!?」
ドトール先生にはビーゲル家で貴族をしている時にお世話になった。その人に見つかってしまった。色街で男娼をしているなんて知られたくなかった。
「うぅ、見つかった‥‥。」
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