上 下
5 / 38
第一部 ヤン=ビーゲル

第5話 医者のドトール

しおりを挟む
◆◆◆◆◆


「焼き立てのパンの香りがする」
「おう、いい匂いだな。」
「公衆浴場の裏にはパン工房あり」

「普通はパン工房の裏に公衆浴場ありって言うけどな。まあ、どっちでもいいか。ほら、風呂についたぞ。」

シノの胸から顔を上げると、ちょうど公衆浴場の建物の中に入るところだった。シノは受付に向かうとカウンターの男に気楽に声を掛ける。

「ルート、個室は空いてるか?」

「空いてるけど、セックス目的なら二階の部屋を借りろよ。顔なじみとして安くしといてやるからよ。二階なら酒も飲めるし少々の無茶はオッケーだぞ。シノ、二階にしろ。金を落としていけ。」

「こいつと寝るわけ無いだろ。今度女と来た時に金を落としてやるよ。今日はヤンの沐浴と治療が目的だ。ヤブ医者がいるなら呼んでくれ」

シノの返事に僕は抗議して男の胸を拳で叩く。シノはぐっと唸って僕を睨んできた。シノにお姫様だっこされたままなので迫力はないだろうけど、僕も睨み返して口を開く。

「医者はいらないってば、シノ」
「そっちに怒ってんのかよ!」
「それ以外に怒る要素ないだろ」

「いや、二階に行くのを拒んだからとか、お前にはお金を掛けずに女と来るとか言ったよな。色々と怒るポイントあるだろ?ほら、怒れよ」

僕は呆れてシノを見た。受付のルートも呆れ顔でシノを見ている。僕も同じ気持ちだよ、ルート。

「おい、公衆浴場の入口でイチャイチャするな。それとヤブ医者は死んだからいないぞ。」

「えっ?」
「ん、ヤブ医者死んだのか?」

ルートの言葉に僕とシノは思わず声を漏らした。ルートは裏のパン工房の息子なので身元はしっかりしている。いい加減な事を口にする男じゃない。

「‥‥あのお医者さん死んだんだ」

ヤブ医者で好きではなかったけど、なんとなくしんみりした気分になる。もしかしたら持病があったのかもしれない。


「ああ、刺されて死んでたな」
「え?」

「俺が第一発見者になっちまってさ。色街の自警団呼んだり、衛兵に状況説明したり大変だった。見ないふりするか川に捨てればよかった」

「お前そんな事言ってるといつか捕まるぞ。まあ、ヤブ医者は色々とやらかしてたから、いずれこうなるとは思ってたが。しかし、ヤブ医者でも公衆浴場に医者が居ないと不便だな。」

シノがしかめっ面で文句を垂れる。父親のハンスから娼婦や男娼の管理を任されているシノにとって、常駐する医者の存在は大事なのだろう。

「いや、医者ならいるぞ。臨時だけど窮状を聞きつけて来てくれた人でさ。庶民も貴族も別け隔てなく診てくれる聖人みたいな人だから、できればここに常駐医になって欲しいんだよな。でも、口説ききれなくてさ~。なあ、常駐してくれよ、ドトールさん!」

「ドトール?」

そう呟いた時、僕とシノの背後から声が掛かる。

「常駐医は難しいよ、ルート。それより患者がいるなら診るぞ」

「それは助かる!こいつを見てやってくれ。尻穴がヤバい状態でさ」

シノがデリカシーの欠片もない言葉を吐いたが、それどころではない。シノが振り返ると白衣を着た壮年の男性が立っていた。

ドトールと視線が合い、僕は慌てて顔をシノの胸に押し付け隠した。でも、遅かった。

「ヤン様!?」

ドトール先生にはビーゲル家で貴族をしている時にお世話になった。その人に見つかってしまった。色街で男娼をしているなんて知られたくなかった。

「うぅ、見つかった‥‥。」


◆◆◆◆◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しき側近、羞辱の公開懲罰

彩月野生
BL
美しき側近アリョーシャは王の怒りを買い、淫紋を施され、オークや兵士達に観衆の前で犯されて、見世物にされてしまう。さらには触手になぶられながら放置されてしまい……。 (誤字脱字報告はご遠慮下さい)

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

童顔商人は聖騎士に見初められる

彩月野生
BL
美形騎士に捕まったお調子者の商人は誤って媚薬を飲んでしまい、騎士の巨根に翻弄される。

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

どのみちヤられるならイケメン騎士がいい!

あーす。
BL
異世界に美少年になってトリップした元腐女子。 次々ヤられる色々なゲームステージの中、イケメン騎士が必ず登場。 どのみちヤられるんら、やっぱイケメン騎士だよね。 って事で、頑張ってイケメン騎士をオトすべく、奮闘する物語。

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

珍しい魔物に孕まされた男の子が培養槽で出産までお世話される話

ききふわいん
BL
目が覚めると、少年ダリオは培養槽の中にいた。研究者達の話によると、魔物の子を孕んだらしい。 立派なママになるまで、培養槽でお世話されることに。

処理中です...