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第五話 俺は男が好きなのか?

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柏木に抱きしめられ、戸惑いを隠せない蒼。だが、彼の腕の中はほわりとあたたかく心地よかった。それでも、さすがにこの状況は気まずいと思い、蒼は冗談めかして口を開いた。

「直人さぁ・・職業病じゃない?BL小説を書きすぎて行動が妙だよ?普通は慰めるにしても、ここで男を抱きしめたりしないよ。それとも・・直人は男が好きなのかな?」

いたずらっぽく笑う蒼と目が合うと、柏木は恥ずかしくなり蒼から体を離した。それでも、柏木の腕の中には蒼の体温が残っている。それを好ましく思った柏木は、自身に自答していた。『俺は男が好きなのか?』と。もっとも、柏木はそんな気持ちを表情に表わすような男ではなかった。

「俺は男より女が好きだ。だが、BL作家として腐女子が好きなシチュエーションを目の前にして、研究の手を休めることはできない。なぜなら、俺の現在の生活は、BL小説の売り上げに掛っているからだ!だから、傷心の美青年を抱きしめたまで。さらなる研究のために、お前は俺の犠牲となってもらう!」

何の衒いもなくそう宣言した柏木は、半笑いで蒼に抱き付きソファに押し倒した。蒼は柏木の冗談に付き合うことにして、呆気なくソファに押し倒される。そして、軽く抵抗するふりをしてみせた。二人はじゃれあいながら会話を続ける。

「『きゃぁ、直人の馬鹿!!親友だって信じていたのに・・俺のことを、そんな風に見てたの?最低だ。離して、直人!』とか、言ってみる。ところで『ふじょし』ってなんだよ、直人?」

「『蒼・・俺はお前のことが、中学時代から好きだ。今も昔も、俺はお前に欲情している』ってセリフはどうかな?で、お前の質問だが『腐女子』ってのは、男同士が恋愛に落ちる妄想をこよなく愛する女子たちのことだ。俺の小説を買ってくれるお得意様だな。あ、俺は漫画の原作も書いてるんだぜ!読んでみるか?」

そう言うと、柏木はおもむろに蒼とのじゃれあいを止めて、ソファから立ち上がる。そして、リビングに置かれた本棚に近づいた。ソファに横たわり置き去りにされた蒼は、妙に切ない気分になり呟いていた。

「いきなり離れていくなよな」

「あ?何か言ったか、蒼?」
「いや、何も言ってないよ」

「そうか?ああ、これだ。こいつは、ショタ系調教バージョンだな。このあたりに食いつく腐女子も、けっこう多いんだよ。女性ファンの気持ちはいまだにわからんが、支配されつつ愛され尽くされたいって感じが好きなのかもしれへんな」

ソファに横たわっていた蒼は、柏木から手渡された漫画を見る。そして、しばし体が硬直させる。それは、『流星』こと柏木が原作を担当したBL漫画だった。小説では文章が主体で、それほどショックを受けることもなかった。だが、漫画になったボーイズラブ描写は、素人には厳しいものがあった。それに、蒼は素人ではなく実際に男と関係をもった経験がある。その分、現実と漫画を比べてしまって赤面するばかりだった。

BL漫画の中では、男の牡で体を貫かれた少年が切なげな表情を浮かべて喘ぎ声をあげていた。男は厭らしい言葉を並べながら、少年を犯し辱める。最初は嫌がっていた少年だったが、やがては男の名を呼び欲情し乱れていき、最後には自らの牡から射精していた。そして、キスをする男と少年。

「これは、相思相愛の物語なのか?」

「うーん。難しいところやな。普通はレイプで始まって、最後に相思相愛にはならないと思うやろ?でも、BL的にはありらしい。俺的にはその調教男に復讐劇を果たす少年の闇の心を書いて、ミステリー風にしたいんやけどな。でも、編集担当さんから、ハッピーエンドにして欲しいって言われたんだよ。小物作家の俺としては、出版社の意向に逆らうわけにもいかんからなぁ」

蒼はため息をつく柏木を見ながら、笑みを浮かべて口を開いた。

「子供の頃からの希望を叶えて作家になったのに、気苦労が絶えないみたいだね?でも、直人の頑張っている姿見てたら、なんだか俺も元気が出てきたよ!」

蒼の言葉に柏木は皮肉な笑みを浮かべて応じる。

「俺の気苦労がお前の元気の素になったのなら、BL小説を書いた甲斐があるな。で、大学を辞めた後はどうするんだ?実家に帰るのか?実家は、奈良だからすぐ近くだしな」


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