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第二話 柏木と御影
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柏木直人と御影蒼は、中学以来の友人だ。柏木は中学時代から小説家を目指し、御影は医者になることを目指していた。進路の違いから別の高校に進学した二人だが、気があい中学卒業後も連絡を取り合い友情を育んだ。
御影蒼の双子の弟の御影空は、中学時代に旅先で不幸な事故で亡くなっている。それ以来、御影は精神的に不安定になる時期があり、友人である柏木は常に気にかけてきた。
柏木は高校卒業を目前にして、有名なミステリー作家の名を冠する賞を受賞した。柏木は内定していた就職先に断りをいれ、専業小説家として生きていくことを決意した。そのことを一番祝福して励ましてくれたのは、家族ではなく御影だった。
ミステリー大賞を取った作品は書籍化されベストセラーになった。多くの評論家に高く評価され、柏木のミステリー作家生活は順風満帆に思えた。だが、同出版社から刊行された二作目は部数が思うように伸びず残念な結果となる。三作目に取り掛かっていた柏木は、胃がキリキリと痛む毎日を過ごしていた。
そんな柏木にとって、有名医科大学に一発合格した御影は羨ましい存在だ。御影がどんなキャンパスライフを送っているのか気にはなったが、柏木は自身の近況を尋ねられることを怖れて連絡を取らなくなった。
そして、柏木が渾身の思いで書き上げた三作目のミステリー小説。
それは散々たる結果となった。自信があっただけに、この結果は柏木にとっては受け入れがたいものだった。販売部数は二作目をはるかに下回り、出版社からは戦力外通知を受けてしまった。
将来に不安を覚えた柏木は、小説家を諦め会社員として生きていく道を考え始める。ちょうどその時期に、柏木のもとに奇妙な依頼が出版社から持ち込まれた。
『柏木先生、BL小説を書いてみませんか?』
どういう事情で男の柏木の元に、BL小説の依頼が来たのかは分からない。だが、将来への不安を抱えていた柏木は、BL小説が男性同士の恋愛モノだと分かった上でその依頼を引き受けた。
最初は読み切り小説をBL雑誌に掲載した。その作品は多くの女性読者に支持され柏木を驚かせた。ファンの反響の大きさから、出版社は読み切りを新連載として再掲したいと依頼してきた。
それが柏木の代表作となり、未だに人気作として連載が続いている。何時しか柏木の生活基盤は、BL小説により支えられるようになった。
柏木は家族や友人に、BL小説を書いていることをカミングアウトできずにいた。男が男性同士の恋愛小説を書いている気恥ずかしさもあったが、何時かはミステリー作家として大成する夢を柏木はいまだに捨てきれずにいた。
もっとも、柏木の書き溜めたミステリー小説の原稿を欲する出版社は現れなかった。
それでも、生活だけは豊かになった。ボロアパートから始めた作家人生だったが、今は高級マンションで小説を書いている。書きたいものは違うものの、柏木の作家人生はある意味では順風満帆と言えなくもなかった。
そんな時期だった。
中学時代の友人で御影と同じ大学に進んだ池田大樹から、連絡があったのは。池田は御影が大学を突然辞めて、彼と連絡が付かないと告げてきた。『お前の処に連絡はないか』としつこく聞く池田の態度に、友人とは別種の感情を嗅ぎ取った柏木だったが、池田の話をそれとなく遮ってスマホを切った。
御影のことが急に気になりだした柏木は、久しく蒼と連絡を取っていないことに気後れしつつスマホに連絡を入れた。幸いなことに、柏木が知っている電話番号は変わっていなかった。さらにラッキーなことに、スマホは一度で繋がった。
スマホに出た御影はひどく酔っていて、要領の得ない会話を繰り返す。それでも、蒼が怪しげな店で飲んでいることは分かった。柏木は男性同士のハッテン場として有名な店に、何度か取材で回ったことがある。
御影が告げた店名はその中でも、たちの悪い店だった。酔った男性客を無理やりホテルに連れ込む輩も放置状態の店だったと記憶している。
柏木は急いでタクシーを呼ぶと蒼のいる店に向かった。タクシーがちょうど店についた時、酔っぱらった御影が見知らぬ男に抱かれてタクシーに連れ込まれるところだった。
柏木は文系の全力を発揮して男に突進した。そして、相手が怯んだ瞬間を見逃さず御影を自身のタクシーに連れ込んだ。発車したタクシーの窓からは、呆気にとられた顔で柏木たちを見送る男が立ち尽くしていた。
こんな経緯を経て、酔っぱらいの御影蒼は柏木のマンションにやってきた。
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