114 / 124
天下人への道
疑惑
しおりを挟む―――
岐阜城、信長の部屋
「そう言えば今更なんですけど、光秀さんって今何処にいるんですか?京都ですか?それともまた義昭の見張り、とか……」
蘭が聞き辛そうにそう言うと、信長は寝転んだままふっと息を吐いた。
「あぁ。あいつは坂本にいる。そこに城を築かせて城主として置かせた。妻も子も呼び寄せて、何年か振りに家族水入らずで暮らしているさ。」
「坂本……ですか。」
坂本と言えば可成が討死した場所だ。蘭は複雑な気持ちになりながらも、光秀が家族一緒に暮らしていると聞いて一安心した。ずっと一人で京都で義昭の護衛を任されていた光秀は月に一度の休みにしか家族に会えなかったのだ。いくら意に沿わない結婚だったとは言え、子どもは可愛いだろう。笑顔で過ごしている光秀を想像して蘭は微笑んだ。
「信長様、失礼します。」
その時、音もなく秀吉が障子の向こうに現れた。信長は緩慢な動きで起き上がりながら返事をした。
「入れ。」
「はい。」
素早く入ってくるとその場に膝をつく。
「ご報告があります。堀城とその周辺の城が摂津の池田、讃岐の十河、そして雑賀衆の奴らに攻め落とされました。」
「何っ!?それで昭元は?」
「細川殿は逃げて、今は槇島城の跡地に建てた砦に身を寄せているそうです。」
「そうか……」
信長はホッとしたように溜め息をついた。
「あの信長様。堀城って?」
「幕府の管領、そして細川京兆家出身の細川昭元の居城だ。父親が死んだ後三好の連中から名目上の管領として扱われていたが、俺が三好とその関係者を全員亡き者にした時にあいつだけは許してやったのさ。」
「どうしてですか?」
「もちろん奴が京兆家当主だったからだ。あそこは名門だからな。頼りの三好を失って俺からも殺されると思って絶望していたあいつに、俺は言った。俺の妹をやるから配下になれとな。あいつは青い顔をしながら何度も頷いたよ。命が助かる為なら何でもするとな。それで堀城を与えたのだ。」
「でもその堀城が落とされたって……」
「サル。詳しく話せ。」
「はい。突然の事だったようです。夕べ、池田らの兵が押し寄せてきてほとんどの者が討死したと。先程も言いましたが細川殿は数人の家臣と共に槇島城の跡地に逃げて、籠城している模様です。」
「そうか。それで?」
「それに加えて高屋城の遊佐や本願寺の門徒も挙兵したそうで、こちらは高屋城に立て籠もって機会を窺っているとの事です。」
「また本願寺……」
蘭が呟くと、信長は小さく舌打ちした。
「もっと早く潰しておけば良かったな。坊主は坊主らしく、黙って経でも読んでおけばいいものを。」
「如何致しますか。このままでは細川殿は長くはもたないでしょうし、高屋城にいる者達もいつ動くかわかりません。」
「そうだな……」
しばらく顎に手を当てて考えていた信長だったが、パッと顔を上げると言った。
「よし、援軍を送ろう。光秀に連絡だ。」
―――
槇島城跡地、槇島砦
「昭元様、信長様からの援軍が来るそうです。これでまずは安心ですね。」
「そうですね。でもいつ追撃されるかわかりませんから油断は出来ないですよ。援軍が来るまで何とか持ち堪えないと。」
そう言うと、昭元は注意深く閉まったままの障子越しに外の方を窺った。
細川昭元。室町幕府管領、及び細川京兆家に生まれ、一時は三好の人質になったりもしたが今は織田信長の配下となっている。信長の妹を娶り、信長の義弟として厚遇されていた。しかし今は池田や遊佐らに狙われている身。信長はすぐに援軍を寄越すであろうが、その間に襲われでもしたら武装もしていない自分はあっという間に殺されてしまうだろう。逃げ出す時に残してきた多くの家来達の事を思い、昭元は静かに目を伏せた。
「とにかく今は待つしかない。早く援軍が来る事を祈りましょう。」
昭元は半ば諦めたようにそう言った。
―――
「昭元様。ただ今着きました。」
「ご苦労様です。お早いお着きで一安心しました。本当にありがとうございます。」
「信長様に言われましたので。着の身着のままで逃げて行っただろうから早く行ってあげろと。今日まで何もなくて良かったです。」
光秀が頭を下げると、昭元は慌てて手を振った。
「頭を上げて下さい。信長様の家来としては貴方よりもずっと日が浅いのですから。」
「いえ。いくら信長様の配下となっても細川京兆家の当主である事には変わりはないのですから。」
頑なに頭を上げない光秀に困りながら、昭元は苦笑した。
「高屋城の方はどうですか?確か本願寺の門徒も一緒に立て籠もっているのでしょう?」
「はい。あちらには柴田殿が行っているのですが、まだ連絡はありません。」
「確か怪我をしたと聞きましたが、大丈夫なのですか?」
「軽い怪我で済んだそうです。越後に戻った途端に呼び戻されて彼も大変でしょうね。」
「そうですね。」
光秀が短く笑う。それにつられて昭元も顔を綻ばせた。
「昭元様!大変でございます!」
丁度その時、昭元の家来が血相を変えて飛び込んできた。それを見た二人は驚いて顔を見合わせた。
「一体何事です?」
「今柴田様からの使者がいらっしゃって……高屋城が突然炎に包まれたそうです!」
「何ですって!?」
光秀が思わずといった感じで立ち上がる。昭元も口を開けて家来の顔を凝視した。
「何処かから爆発音がしたと思ったら火が城を覆いつくして、あっという間に燃え広がったそうです。柴田様の軍はすぐに撤退して巻き込まれる事はなかったようですが高屋城は今も燃え続けてこのままでは全焼するかと……」
「……まただ。」
「え?」
光秀がぼそりと呟く。昭元が聞き返したが光秀は一点を見つめたまま動かなくなった。
「また火事が……」
この砦の前に建っていた槇島城が燃えているところを目の当たりにしていた光秀は、その時の事を思い出して体が震えた。こんな偶然があるだろうか。自分達が戦を始めようとすると決まって火事が起こる。一乗谷城と小谷城もそうだ。それに上京と下京が火の海になった事も未だに原因がわかっていない。一連の事と関係があるのではと疑ってしまうのは当然だった。信長は火を点けたのは自分ではないと言った。それでは一体誰が……?
光秀は頭をフル回転させながら、これからどうするべきかを考えていた。
―――
結局高屋城は全焼し、焼け跡から遊佐家の当主である遊佐信教とその家来、そして当時そこにいた本願寺の門徒全員の死体が発見された。
永禄12年(1569年)8月の事だった。
.
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?
三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい! ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。
イラスト/ノーコピーライトガール
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる