112 / 124
天下人への道
伊勢攻略
しおりを挟む―――
大河内城、信忠軍
「信雄君……大丈夫かな?」
「多分大丈夫だよ。……彼は何の迷いもなく、自分の仕事を遂行するだろうから。」
「だな。」
覇気のない信忠の返事に、蘭の表情に影が落ちる。今頃信雄は雪姫の部屋で具房と対面しているだろう。最後に話がしたいからと言っていた。いきなり討つなんて事をしない辺り、信雄らしいのかも知れないが。
信忠は先程来た信雄の伝令を受け、砦を出発して大河内城にやってきた。すでに戦は始まっていて城の中からは剣と剣の交わる音が聞こえてくる。ついさっきまで北畠の人間だった者達が裏切って戦う姿は驚きを通り越して滑稽にさえ見えた。
「……じゃあ行ってくるよ。総大将としてなるべく多くの首を取ってきて、父上に僕の成長した姿を見せる為に頑張るから。」
「あぁ。俺はここで見守ってる。」
蘭が片手を上げてみせると、信忠はほんの少し微笑んで背中を向けた。
(それにしても……)
信忠が見えなくなった途端、蘭は深い溜め息を吐いた。
今まで蘭が参加してきた戦に比べれば規模は小さいかも知れないが、目の前で一つの家が今にも滅びるところを目の当たりにしている。その事が酷く残酷に見えたのだ。何年も歴史を繋いできた、そしてこれからもずっと続いていける事を確信していただろうに、突然の裏切りによってその未来が閉ざされた。しかもその裏切った人物が信じていた息子だという事実はどれだけのショックを与えただろう。
蘭は寒い訳でもないのに体が震えるのを止められなかった……
―――
岐阜城、大広間
「信忠、よくやった。」
「ありがとうございます。」
信長に褒められて、信忠は頬を僅かに紅潮させながら頭を下げた。それを見た蘭は複雑な感情を抱きながら俯いた。
大河内城の落城と北畠家の没落を手土産に帰って来た信忠と蘭を待っていたのは、信長の嬉しそうな顔だった。信雄も一緒に帰って来ており、信長は今度は信雄にも同じ言葉を贈った。こちらは喜色満面な笑みを浮かべており、更に蘭の顔は下を向いた。
「よしっ!今度は俺の番だな。神戸家では来月に家督襲名披露の宴を行う。父上、やはりその時を狙って事を起こすのですよね?」
信雄の隣に座っていた信孝が勢いよくそう言う。信長は信孝に視線をやると頷いた。
「そうだ。その時も今日と同じ作戦で行く。抜かるなよ。」
「わかっています。必ず成功させてみせます。」
拳をグッと握って気合いを入れる信孝を、蘭はちらっと盗み見た。
(凄い気合入ってるな~……信孝君は感情型だって信雄君も言ってたし、どこか信長に似ている。信雄君みたいにゆっくり話す間もなく、問答無用でやるんだろうな……)
「おい、蘭丸。」
「へっ?」
その時急に信孝に呼ばれて蘭は慌てて背筋を伸ばした。見ていた事がバレたのだろうか。恐る恐る窺うと、信長に似た黒い瞳がこちらをじっと見ている。
「な、何?」
「信雄が言っていた。俺と話したい事があるって?聞いてやるから何でも言えよ。」
「え、でもここで……?」
蘭が戸惑いながらきょろきょろと周りを見渡す。大広間には信長を始め、信忠・信雄・秀吉、そして蝶子もいた。言い淀んでいると痺れを切らしたように信孝が少し大きな声を出した。
「俺は忙しいのだ。明日には神戸城に帰る。話をするなら今だぞ。」
「……わかった。」
蘭は一度深呼吸して顔を上げると言った。
「君はきっと神戸の家を平気で裏切れるんだろう。でも……神戸の娘さんは?結婚、したんだろう?」
「ふん。それも神戸を滅ぼす為に必要な事だからした事で、あいつに対して何の感情もないさ。」
「……そう。聞きたかった事はこれだけ。ありがとう。」
「くだらない事を聞くのだな。」
吐き捨てるようにそう言った言い方が信長に凄く似ていて、蘭は何故だか泣きそうになった。こんな所まで似なくても良かったのに、と思いながら。
「さぁ、今日はもう遅い。解散だ。」
ふと落ちた沈黙を破るように信長が凛とした声を出す。それに応えて各々が立ち上がるのを、蘭は座ったまま眺めていた。
―――
一ヵ月後、神戸城
その日は朝から不穏な天気で、これから起こる事をまるで予感させるようだった。遠くで雷の音が聞こえる。信孝は自分の部屋で瞑想していた。城の中は襲名披露の準備の為慌ただしいのに、部屋の中はそこだけ世界から切り離されたかのように静かだった。
「信孝様、時間です。」
その時信孝の側近の家来の声がした。信孝はゆっくり目を開けると深い溜め息を溢して立ち上がる。左に差した刀を確認すると颯爽と部屋を出て行った。
―――
神戸城、信忠軍
「始まったね。」
「あぁ。」
信忠の短い言葉に、蘭も短く返す。見つめる先では一か月前と同じような光景が広がっていた。神戸の人間が同じ神戸の人間を襲っている姿は、目を逸らしたくなるほどに壮絶だ。でも蘭は見て見ぬふりはしないと決めていたので、覚悟を決めて信忠の背中をトンと叩いた。
「ほら、行って来い。」
「うん。今日も父上に褒めてもらえるように頑張るよ。」
そう言って微笑んだ信忠の顔は、北畠を滅ぼした時とは少し違って見えた。総大将としての責任からか、一度経験したから慣れてしまったのか。それとも父親に認めてもらいたいという気持ちの表れか。いずれにしても今日の信忠の顔つきはいつもの控え目なものではなくなっていた。それに気づいた蘭は何とも言えない気分になる。
それでも蘭のするべき事は信忠を送り出す事。蘭は自分の気持ちを押さえ込みながら、戦場に向かう頼もしい後ろ姿を見つめた。
―――
永禄12年(1569年)、北畠家の居城の大河内城が城主・北畠具房の養子だった信雄によって占拠され、一人残らず討ち取られた。この事によって伊勢で権勢を誇った北畠家は滅亡した。
続いて神戸家の神戸城がまたもや養子であった信孝によって襲撃され、同じく伊勢で武家として続いた神戸家は滅んだ。
その後、信雄と信孝は織田姓に復姓し信長の居城の岐阜城へ入り、大河内城と神戸城は信長の家臣である滝川一益が入城して伊勢を統治した。
こうして信長の伊勢攻略は大成功のうちに終わった。
.
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?
三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい! ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。
イラスト/ノーコピーライトガール
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる