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包囲網を突破せよ

追放

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―――

「と、とにかく我々がすべき事は将軍の首を取る事!槇島城に突入だ!」
「はいっ!!」

 我に返った光秀がそう叫ぶと、その場にいた全員が声を張り上げた。しかしその時、ドーン!という爆音と共に槇島城の裏手の林が燃え始めた。


「な、何だ!?」
「急に火が……」

 光秀が驚いて振り向くと、見る見るうちに炎が大きくなって今にも城に燃え移りそうになっていた。


「いったいどういう事だ!?京も燃えて今度は槇島城まで……」
「どう致しますか?」
「う~ん……」

 顎に手を当てて考える光秀。しかしすぐに顔を上げると言った。


「城の者が火事に気付く前に突撃しよう。逃げられたら元も子もない。」
「承知致しました!」
「行くぞ!」
「はっ!」

 光秀は急いで準備すると槇島城へと向かって行った。



―――

 槇島城、義昭の部屋


「義昭様!早くお逃げ下さい!」
「どう致しました?明智軍が来たのならこちらは迎え撃つつもりですから逃げる必要はありませんよ。」

 義昭が落ち着き払って答えるが、慌てて部屋に入って来た家来は首を激しく振った。


「違います!裏の林が燃えているのです!このままでは城に飛び火してしまいます。今の内に早く!」
「何ですって!?」

 思わず飛び上がる。家来は息を荒くしながら続けた。


「原因はわかっておりませんが、とにかく危険です。早くお逃げ下さい!!」
「……わかりました。支度をします。」

 義昭がそう返事をすると家来はホッとしたように息を吐いた。


「では私が先導致します。ここから一番近い所は……」

 そこまで言って家来の言葉が途切れる。義昭が訝しげに振り返ると、そこには信長が立っていた。


「……どうして貴方がここに?」

 声が震える。信長は何も答えずにじっと義昭の目を見つめていたが、やがてフッと鼻で息をすると不敵な笑みを浮かべた。


「私の事は光秀に任せたのではないのですか?」
「そのはずなのだが気が変わった。将軍様の最期を見届けたくてつい来てしまったという訳だ。しかしその様子だと知らないようだな。」
「何をです?」
「今、京は大変な事になっているぞ。上京も下京も火の海だそうだ。」
「なっ!」

 義昭が絶句すると信長は今度は声を出して笑った。そして廊下の隅に目をやった。


「隠れていないで出てきたらどうだ?」
「そこに誰かいるのですか?」

 義昭も首を伸ばして廊下の方を窺う。一瞬の間をおいて誰かの影が現れた。それは光秀だった。


「信長様、どうして……」
「気が変わったと言っただろう。それにしてもどうして京が燃えているのだ?」
「えっ?」

 パッと顔を上げた光秀を見て信長が眉を潜ませた。


「その反応……もしや俺がやらせたと思っているのか?」
「あ、いえ……」

「稲葉山城を攻める時に言っただろう。城下を焼くのは止めると。いずれは俺の本拠地となる場所を自ら燃やすなど、愚の骨頂。それとも俺を信じていないのか?」
「そのような事は……ありません。」
「ふん。まぁよい。誰が火を点けたかなど俺には関係ない。」
「私をここで殺すのですか?それとも和睦を申し入れるつもりですか?私は何を言われようと貴方とはもう決別する覚悟でいます。」

 決意を込めた目で信長を見据える義昭だった。信長はまた口元に笑みを浮かべると、徐に目を閉じた。


「信長様?」
「……成程。阿波の義栄の元に逃れるつもりか。」
「え……?」

 弾かれた様に顔を上げる義昭を、目を開けた信長が鋭い瞳で見つめる。そして何でもない事のように言い放った。


「義栄は死ぬぞ。明日にはな。」
「……まさか……」
「本当だ。病で体中を蝕まれているようだな。これから助けを求めに行っても間に合わんだろう。あぁ、そういう事もあろうかともう一つ逃げ場所を確保していたか。」

 信長はぼそぼそと呟くと踵を返して廊下に出た。


「北が駄目なら今度は西か。考えたものだな。……毛利輝元。一度お目にかかりたいと思っていたのだ。」
「っ……!?」

 義昭の顔が真っ青になっていく。それを見た光秀は何が何だかわからないまま、二人を交互に見た。


「どうやら城に炎が燃え移ったようだ。このままここにいたら俺達も焼け死んでしまう。今日のところは退散するしかないな。」
「え、どういう事ですか?」
「見逃してやると言っているのだ。但し、金輪際京に入る事は許さない。室町幕府は今この時をもって崩壊だ。今度俺の前にのこのこ現れたら、その時は問答無用で斬る。いいな。」
「…………」

 唇を噛んで俯く義昭を尻目に信長は颯爽と城から出て行った。後に残った光秀は呆然とこう呟いた。


「将軍を追放するなど……何ていう人だ……」



―――

 永禄12年(1569年)3月、上京と下京、そして義昭が入城していた槇島城が燃え、義昭は命からがら逃げ出した。この火事は信長の仕業だとされ、京から西に敗走した将軍義昭は事実上信長により追放されたと噂された。その後、京は信長の支配下に収まり、237年続いた室町幕府は滅亡した。



―――

 岐阜城、信長の部屋


「それで信長様は義昭の心の中を視たんですね?」

 蘭がそう言うと信長は無言で頷いた。


「初めはあそこで将軍様の首を取ろうと思っていたが、火事に乗じて西に逃れようと一瞬考えたのが視えたのでな。毛利とは一度会ってみたいと思っていたところだったから都合が良いと考え直した訳だ。このまま泳がせて生かしておけば、いつか西に勢力を広げる為に使えるだろう。」

 口元を歪める信長を見て蘭が複雑な顔をする。


 確かに義昭は西に逃げて毛利輝元や西にいる武将達に助けを求めると、テキストに書いてあった。この事で事実上義昭は信長に追放された事になり、室町幕府は滅亡するとも。しかしこんな簡単に事が運ぶとは流石に思っていなかった蘭は戸惑いが隠し切れなかった。


(それにしても……上京と下京と槇島城が燃えたのは偶然なのかな?いや、誰かが放火したと考えた方が自然だよな。となると……)

 蘭はそっと信長の方を見る。信長は帯から扇子を取り出すと弄び始めた。


(まさかな……)

 以前信長は言った。城下に火を放つ事は金輪際しないと。一から町を作り直すには時間も労力もかかるし、貴重な人員を減らす事にもなる。それをわかっていながら火を放つなんて事はしないと蘭は思い直す。そうなると誰が放火したのか。将軍を追放して信長包囲網に穴を開けたが、謎が一つ残ってしまった。


「さて、次は上杉だ。勝家からの連絡はないが、そろそろこちらからも動かないといかんな。」

 そう言うと信長は蘭に視線を移して言った。


「蘭丸、教えてくれ。上杉との戦いの事を。」
「……わかりました。」

 蘭は部屋に置いてあるテキストを思い出しながら頷いた。



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