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包囲網を突破せよ

驚愕の初対面

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───

 三河国、岡崎城


 その頃、家康は三河国をほぼ平定し、遠江国まで手を広げていた。今川を滅ぼす為、一時武田と同盟を結んだがすぐに手切れとなり、その後は信長と連携をとって武田・今川の動きを探っていたところであった。


「家康様、武田から文が届きました。」

 自分の部屋で寛いでいたところに家来がやって来た。家康はゆっくりと振り向くと微かに頷く。家来は家康に文を渡すとそのまま出ていった。家康は丁寧な手つきで紙を開く。


「勝頼からか……ふん、なるほど。」

 文は武田信玄の息子の勝頼からだった。信玄から家督を譲り受け、今川や北条との戦いで忙しいはずなのだが一体どんな用事なのだろうか。そう思いながら読んでいた家康だったが、ニヤリと口角を緩めた。


「やっとあの方の作戦が功を奏したようだな。」

 そう一言呟くと、開け放たれた障子戸の向こうを見て不敵に微笑んだ。



―――

 甲斐国、要害山城


「父上。お体の具合はどうですか?」

 勝頼が部屋に入ってきながらそう言う。信玄は布団の上に起き上がり、手に持っていた湯飲み茶碗を畳の上に置いた。


「あぁ。今日はだいぶ良いようだ。こうして起きていられる。」
「それは良かった。お粥を持ってきました。食べられますか?」
「少しならな。」

 信玄は難儀そうに勝頼から粥の入ったお椀を受け取ると食べ始めた。


(それにしてもあの父上が急に体調を崩すなんて……昔から健康には気を使っていて、病とは縁のない人だと思っていたが。やはり年には勝てないという事か……)


「もう下げてよい。」

 ボーッとしていると弱々しい声が聞こえた。慌てて父親を見るとほとんど残したお椀をこちらに差し出している。


「体力をつける為にはもっと食べないと……」
「もう十分だ。」

 そう言うと、信玄はゆっくり布団に沈んだ。

 信玄はここ最近急激に体調が悪くなっていて、こうして寝込む事が多くなっていた。その原因は言わずもがな、信長がおくって寄越した味噌に混ざっていた毒なのだが、信玄はもちろん誰もその事に気づかずにどうして急に具合が悪くなったのかわからずに戸惑っていた。


「なぁ、勝頼よ。」
「何ですか?」
「『念力』の力が通じないのだよ。わしはとうとう普通の人間になってしまったようだ。」

 そう言って畳の上に置いた茶碗を見ながら溜め息をついた。

 寝込むようになってから信玄の力は徐々に弱くなっていき、小さな茶碗も動かせないくらいになっていた。当然人の心を操るいう芸当も出来なくなっており、今やもう効かなくなっていた。そうなると今まで『念力』の力で操っていたあちこちの大名らは目を覚まして次々と武田から離反していった。家督を継いだ勝頼にはそんな者達を取り戻す手腕も人脈もなかったので、武田は段々と孤立していった。


「三河の家康から返事はきたか。」
「いいえ、まだです。」
「そうか。あやつも信長の手前、迷っておるのだろう。しかし悪い条件ではない。必ず良い返事がくるだろう。」

 信玄はそう言うと、目を閉じて辛そうに息を吐いた。

 勝頼は痩せ細った父親をしばらく見つめた後、お椀を持って静かに部屋を出た。



───

 岐阜城、大広間


「それで?帰蝶は今日も宇佐山城に遊びに行っているのか。タイムマシンの事は放っといて。まったく……何を考えているのやら。」
「いえ……二、三回は市様を呼んでおやっさん……蝶子の親父さんとやり取りしてたみたいなんですけど、市様の体調の事もあってあまり頻繁にも出来ないみたいで。」
「そうか。それはまぁ、無理は禁物だが。それにしても余りにも城を空けすぎだろう。」

 市の体調の事を出されると弱いのか、若干歯切れが悪くなる信長だった。蘭は内心笑いを噛み殺しながら聞いた。


「それで話って何ですか?奇妙丸……じゃなくて、信忠も呼んで。」

 蘭は信長の隣に控えている信忠を見ながら言った。信忠は苦笑しながら首を振る。どうやら信忠も何も聞かされていないようだ。


「会わせたい人物がいるのだ。」
「会わせたい人物、ですか?」
「……入ってこい。」

 信長は隣の部屋との仕切りの襖に向かって声をかけた。すると二人の人物が入ってきた。見る限り、信忠と同じくらいの年齢のようだ。二人は信長を挟んで信忠とは反対側に腰を下ろした。


「信忠、お前の弟達だ。」
「お、弟!?」

 信忠より先に蘭が反応して大声を出す。信長は顔をしかめながら紹介を始めた。


「俺の隣にいるのが次男の信雄のぶかつだ。そしてその向こうが三男の信孝。」
「のぶかつ……?」
「あぁ。字は違うがな。ああいう形にはなったが、俺にとって織田信勝という存在は思ったよりも大きかったようだ。こいつが生まれた時、名前だけは残してやりたいと思って名付けた。」

 そう言うと表情を和らげた。


(良かった……信長は何も変わってなかった。戦になると容赦がなくなるのは仕方のない事なんだ。)

 蘭は心の中でそう思った。


「信雄は伊勢の北畠家に養子に入っていて、もうすぐ家督を継ぐ事になっている。そして信孝は同じ伊勢の神戸家の養子になって、家督を継ぐ事は決まっている。こいつらが幼少の頃からそれぞれの家に入っていてくれたお陰で、伊勢国は今や織田の配下だ。信忠とそう年は変わらんが、俺の子である証拠に野心は人並み以上だ。上手い具合に両家に溶け込んでいる。」

 そう言いながら信長は二人を愛おしそうに見つめた。その時、信忠の表情に陰が差した事に蘭は気づいた。


(そっか……信忠は本当は信長の子どもじゃないんだった。こんな風にいきなり会わされて、複雑だろうな……)


「お互いを会わせたのは他でもない。ここにいる者達で連携を図る為だ。」
「連携って……?」

 小さい声で聞き返す信忠に向かって信長は言った。


「こいつらが家督を継いだら俺は北畠家と神戸家を攻めるつもりでいる。」
「え……?」
「いくら家督を継いだからと言っても先代が生きていては万が一という事もあるからな。こいつらはこれまで様々な手を使って家老や他の家臣を味方につけてきた。そして頃合いを見計らって内紛を起こしてそこを攻めれば、どちらの家も呆気なく滅びるだろう。」

 そう言う信長の顔にはさっきまでの面影はなく、蘭は背筋が凍った。


「で、でも小さな頃から住んでいて愛着や情はあるでしょう?それを裏切るなんて……」

 信忠が遠慮がちに言うと、信孝がふんと鼻で笑った。


「何を甘い事を言っているのだ。俺達が養子に入ったのはそれぞれの家を滅ぼす為。それ以外にない。」
「確かに私達はそれぞれの家の娘を聚ったけど、それも家督を継ぐ為です。後継ぎが出来れば油断しますしね。それはまぁ、情は少なからずありますが、全ては父上の為。致し方のない事です。」

 信孝は信長に似た鋭い目で言い放ち、一見大人しそうな信雄は凄い事をさらりと言いのけた。


「そういう訳で、だ。その時がきたら信忠、お前を総大将にして伊勢を滅ぼす。そのつもりでいろ。」
「……わかりました。」

 複雑な表情で頭を下げる信忠を、蘭は心配そうに見た。

 小さな頃から信長の為に頑張ってきた信忠だったが、ここにきて信長のやり方に疑問を抱いたのかも知れない。

 蘭は信雄、信孝兄弟の方をチラッと見ると溜め息をついた。



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