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舞台は日本の中心へ
最後の手紙
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織田信長様
この手紙は宇佐山城に来たその日の夜に書いています。
このような素晴らしい城の城主に任命して頂き、信長様には感謝してもしきれません。
それでもやはり貴方様の元で務めを果たしたいと思うのは、いけない事なのでしょうね。
私は浅井と朝倉が進出してきた時の為に要衝となって食い止めるという役目を仰せつかったのですから。
手紙を書き終わったら懐に入れ、肌身離さず持ち歩くつもりです。
私に何かあったらこれが信長様のところに届くようになっておりますので、貴方様がこの手紙を読んでいるという事は私はこの世にいないという事です。
稀代の大うつけと呼ばれていた貴方様に仕えて十数年。私は織田信長こそが天下を束ねるお人だと確信しておりました。そして思った通り義昭様を将軍になさり、今まさに天下統一を実現するべく奮闘しておられます。
貴方様の前では浅井・朝倉はもちろん、武田や上杉など恐れるに足りません。
全ての敵を倒した先で貴方様が見る景色は、一体どのようなものなのでしょうか。叶うのなら是非私も共に見たいと思います。きっと素晴らしい、希望に満ちた光景でしょうね。
その時はこの手紙は一生貴方様の目に触れないまま、密かに処分される運命になるでしょう。
さて、まだまだ書きたい事があるのですが、気持ちが高ぶっていて筆が思うように進みません。やはり伝えたい事は直接伝えた方がいいですね。
どうかこの戦乱の世を生き抜いて、もう一度貴方様に会いたいです。会って感謝の言葉を伝えたいと思います。
私を貴方様の……いえ、天下の織田信長の家臣にして頂き、ありがとうございました。貴方様のお側にいられて、とても幸せでございました。
追伸
もし子どもが出来たら『長可』と名付けるつもりでおります。勝手にお名前をお借りして申し訳ありません。
貴方様のように強く、そして優しい人になって欲しくてそう決めました。お気に召して下さるといいのですが……
名前負けしないように厳しく育てますので、いつの日か貴方様の元で仕える事が出来るよう頑張りたいと思います。
それでは長文失礼しました。
森可成
―――
ポタリと信長の目から涙が落ち、手紙に染みを作る。慌てて手紙を畳むと目の前にいた蘭にそれを差し出した。
「え、いいんですか?」
「あぁ。」
蘭は恐る恐る手紙を受け取ると中を開いた。
「父上……」
見る見る内に蘭の目に涙が溜まっていく。それを見た信長は可成の手紙が入っていた封筒からもう一つ手紙を取り出した。
「それは?」
「お前の事が書いてある。読め。」
「俺の事が?」
止めどなく流れてくる涙を乱暴に拭いながらその手紙を受け取る。震える声で読み始めた。
「『私が言うのも不思議な気がしますが、蘭丸の事をよろしくお願いします。父親としてだけではなく、同じ信長様の側近として活躍を期待しているのです。最初は独身の私が設定とはいえ人の親になる事に不安がありました。だけど蘭丸と接していく内に本当の親子のような絆と信頼関係が生まれたと感じるようになりました。変な話ですね。蘭丸には祖国に本当のお父上がいるのに。蘭丸は素直で無邪気で、でも真っ直ぐで芯が一本通っています。必ず信長様の道しるべとなってくれるでしょう。私に言われなくても貴方様は蘭丸の魅力に気づいておられると思いますが。さて、また長くなってしまいましたが最後にご報告があります。子どもが出来ました。わかったばかりでまだ腹は目立っていませんが、妻と二人で今から【長可】と呼んでおります。生まれたら見せに行きますので抱いてあげて下さい。貴方様のように強く優しく、蘭丸のように真っ直ぐに育って欲しいです。蘭丸。私の代わりに信長様を守ってくれよ。天下の先にある景色を共に見られるよう、お互い務めを果たそう。織田信長様、森蘭丸様へ。森可成』……父上…父上ぇぇぇ~~!!」
「蘭丸……」
蘭が畳に突っ伏して拳を何度も叩きつける。段々赤くなっていくその手を、信長はただ見ている事しか出来なかった。
「何で、何で父上が死なないといけないんだ!強くて優しくて真っ直ぐで芯が通ってるのは父上の方なのに……数千しかいない軍に3万の兵で襲ってくるなんて卑怯にも程がある!」
「蘭丸、落ち着け。」
「延暦寺だか本願寺だか知らないけどお坊さんが人殺していいのか!絶対に許さない……父上の仇を探し出して俺が同じ目に合わせてやる!!」
「蘭丸!!」
我慢が出来なくなった信長は蘭丸を強く抱きしめた。
「お前の口からそのような物騒な言葉は聞きたくない。きっと可成もそう思っているはずだ。」
「…………」
「あいつの仇は俺が取る。延暦寺、そして本願寺……まとめて焼き払ってやる。跡形もなくな。」
「信長様……」
蘭が顔を上げると、信長の何の感情も見えない黒い瞳と目が合った。体が震える。それでも意を決して言った。
「その時は俺も連れて行って下さい。」
「何っ!?」
「大丈夫です。もし手を下したら蝶子に怒られるんで何もしません。ただ見たいだけです。奴らの最期を……」
「……絶対に手は出すなよ。お前にだけは潔白でいて欲しいのだからな。」
「わかってます。」
蘭が力強く頷く。一瞬心配そうな顔をしたがすぐに無表情に戻ると、信長は立ち上がった。
「今は浅井と朝倉の方が優先だ。だが俺は必ずやるぞ。可成の仇討ちを!」
拳を強く握りしめて鋭い目で遠くを睨む。その体からは禍々しいオーラが迸っていた。
―――
永禄11年(1568年)2月、姉川で起きた織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍の戦いは織田・徳川軍の圧倒的な勝利で終わったが、同時期に起きた宇佐山城の戦いでは数千の死者を出した。
しかし信長が駆けつけるまでの間、森可成の家老の各務元正らが奮闘したお陰で宇佐山城落城は免れた。
信長は姉川を出発してからわずか一日で入城し、その日の合戦では浅井・本願寺側に1万人以上の犠牲者が出た。
人々はこの出来事をきっかけに、信長が別人のように変わったと声を揃えて言う。
元々戦となると厳しくなる信長だったが更に残虐非道になり、人を人とも思わないようなやり方で敵を葬る。
自分の家臣でさえ、意に添わない者がいれば容赦はしない。
やがて家臣らは主君を怖れる余り距離を置くようになってしまった。
織田信長は覇王になれるのか、はたまた魔王になってしまうのか。
蘭と蝶子は暴走する信長を止める事が出来るのだろうか?そして未来は変えられるのか?
本能寺の変まであと10年。
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