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舞台は日本の中心へ
包囲網の発動
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永禄10年(1567年)10月、越前から勝家が慌てた様子で帰ってきた。
「信長様!」
「どうした。騒々しいな。何かあったか?」
「朝倉義景が……こちらに向けて出兵してくる模様です!」
「何っ!?」
呑気に寝そべっていた信長は、勝家の衝撃の一言に勢い良く起き上がった。
「……信玄に唆されたな。信長包囲網が組まれつつあるという事か。ふんっ……面白い。その網、かいくぐってやる。」
「信長様、包囲網とは……?」
「勝家。」
「は、はい!」
「すぐにお前のところの軍勢を連れて越前に戻れ。俺も追いかける。」
「わかりました!」
勝家は信長包囲網について疑念を抱いた様子だったが、何も聞かずに部屋を出て行った。
「次は義景か。となると長政が鍵を握るという訳だな。……市。聞こえるか?」
『はい。お兄様。』
何処からともなく市の声が聞こえる。信長は先程までの固い表情から力を抜いた。
「朝倉が攻めてくるらしい。長政は最近どうだ?」
『長政様は六角と一進一退の攻防を続けておられます。中々決着がつかずに少々焦っているように見受けられますが、わたし達に対してはいつも優しく接して下さいますよ。』
「そうか。子どもらは元気か。」
『えぇ。もうすぐ三人目が生まれます。二人共女の子なので今度こそは男の子であるよう、毎日祈っています。』
「男か女か、それは神だけが知っている事だ。もしまた女でもお前が責任を感じる事ではないぞ。」
『神など信じていないお兄様には珍しいお言葉ですね。でも、ありがとうございます。』
笑い混じりに言われて、信長は苦笑した。
二人目も女の子だと知った時、市は後継ぎを生めなかった自分を酷く責めた。『共鳴』の力でその事を感じ取った信長は、もし三人目も女の子だとしても市には責任がない事なのだと伝えたかったのだ。
信長は市が機嫌良さそうに笑っている様子を思い浮かべながら言った。
「引き続き長政を見ていてくれ。もしかしたら近いうちにそちらに行くかも知れん。」
『わかりました。あ、お兄様。』
「何だ?」
『あの二人はお元気ですか?』
「あいつらは相変わらずだ。だが蘭丸は良くやってくれている。どうせいつかは我慢が出来なくなって離れていくのだと思っていたが、覚悟は出来ているとあの真っ直ぐな目で言われた時からあいつの精神は変わらない。いや、もっと強く大きくなっている気がする。俺はあいつの目を見ていると、信勝を思い出すのだ。」
『お兄様……』
「生きていたら協力し合って共に天下を目指していたのかも知れない、とな。」
『……そうですね。きっとそうだったに違いありません。』
「市。お前にはまた辛い思いをさせるかも知れないな。」
『どんなに辛くても、お兄様とこうして繋がれなくなる事の方がずっとずっと苦しい事なのです。だからそのような事を言うのは止めて下さい。』
「……いざとなったらサルを呼べ。わかったな?」
『わかっております。』
「よし。さぁ、今日はここまでだ。腹の子に負担がかかるといかんから早く休めよ。」
『はいはい。それではお休みなさい。』
「あぁ……」
信長は目を瞑るとゆっくり畳に仰向けになった。
「長政の動き次第で状況は大きく変わる。とにかく会わないと始まらんな。」
小さく呟くとため息を吐いた。
―――
「あーあ……父上がいなくなって寂しいなぁ。」
「可成さん、縁談上手くいったみたいね。これで心おきなく自分の人生送れるって訳だ。あっちにとったらあんたというお邪魔虫と離れられて良かったって思ってんじゃないの?」
「けっ!あの人がそんな根性悪い事思う訳ねぇだろ。新しい城に行ったって信長の家臣の人達にとっちゃ俺と父上は親子って事になってんだから、いつでも遊びに来ていいって言われてんだもん。」
「じゃあ遊びに行きゃあいいじゃない。こんなとこでうじうじしてないでさ。」
「だって……」
「おい、蘭丸!信長様が呼んでるぞ!」
蘭と蝶子が蝶子の部屋でじゃれ合っていると、廊下から秀吉の怒鳴り声が聞こえてきた。蘭が慌てて立ち上がる。
「はい!今行きます!」
「じゃあね~行ってらっしゃい。」
蝶子が脱力しながら手を振る。その顔には『可成さんの所に行けなくて残念ね。』と書かれているように見えて、蘭は思い切り舌を出した。
―――
北近江、小谷城
永禄10年(1567年)11月、信長と蘭は北近江の浅井長政の居城・小谷城に来ていた。
「まさか義景殿が信長公に対して挙兵するとは驚きました。」
「では、長政にとってこの事は寝耳に水だと?」
「もちろんです。知っていたら事前にお教えしておりました!」
長政が焦ったような声で叫ぶと、信長が僅かに頷いた。
(嘘はついていないな。)
「今柴田軍が天筒山城で籠城している朝倉軍と対峙している。今年はまだ雪が降っていないがこれから降るだろう。どうだ?お前の方から義景に撤退するよう、話してみてはくれないか。こちらとしては雪上の合戦は避けたい。そちらだって雪に慣れているとはいえ、嫌だろう?」
「え、えぇ……」
長政が言葉に詰まると信長はニヤリと不敵な笑みを見せた。
「もし義景が撤退に応じたら、六角討伐を肩代わりしてやろう。」
「えっ!?」
「逆にもし義景が撤退しなかったら、俺は徳川と共に出陣する。」
「!!」
電流を打たれたように震える長政を、蘭は複雑な顔で見つめた。
(テキストではこの人が織田を裏切って朝倉に味方するんだよな……でもこの世界ではどうなるんだろう?長年対立して近江を取り合っていた六角を信長が代わりにやっつけてやるって言ってんだ。これ以上の条件はないと思うんだけど……)
蘭が心の中でそう思っていると、長政は一度大きく深呼吸して居ず舞いを正した。
「承知致しました。必ず義景殿に掛け合いますので、六角の件よろしくお願いします。」
「頼んだぞ。」
「……はい。」
深く頭を下げた長政を一瞥すると、信長はさっさと立ち上がり大広間を出て行った。蘭も慌てて後を追う。
「これで安心ですね。」
「何を言ってる。帰ったら早速出陣の準備だ。家康にも連絡する。」
「え?だって今……」
蘭が今出てきたばかりの部屋を振り返ると、信長は鼻で笑いながら言った。
「義景に掛け合うと言いながら、あいつはまだ迷っていた。あの調子では土壇場になって裏切る可能性がある。」
「でも、市さんとお子さんがいるのに裏切るなんて……」
「お前がいた世界での歴史でも、浅井は裏切るのだろう?」
「そうですけどっ……!」
「まぁ、まだ裏切ると決まった訳ではない。取り敢えず戻るぞ。」
「はい……」
蘭はもやもやした感情を抱きながらも、信長と一緒に小谷城を出た。
―――
それから数日後、睨み合いが続いていた天筒山城で戦いが勃発した。
信長の思った通り長政は義景に掛け合う事はせず、ここで事実上織田・浅井同盟は破綻した。
信長は家康率いる徳川軍と共に勝家を助ける為、越前に出陣する事になった。
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