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舞台は日本の中心へ

ある夜の決戦

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―――

 美濃、岐阜城


「14代将軍ねぇ~……私も信長と同意見だわ。不本意だけど。そんなに気にする事ないんじゃないの?」
「だってさ……」
「じゃあそのテキストに書いてある14代将軍って誰なの?在位期間は?」
「えっと、ちょっと待って……」

 蝶子の矢継ぎ早な質問に、蘭は慌ててテキストを開いた。


「第14代将軍は足利義栄よしひで。期間はたったの7ヶ月だ。へぇ~、そんなに短かったんだ。」
「7ヶ月なんてないも同然でしょ。何か将軍として特別な事でもしたの?その人。」
「う~ん……これには名前と在位期間と、この人が病気で死んじゃったから義昭が将軍になったって事しか書いてない。」

「ほら、どうせ結果は同じじゃない。この世界でだってその義栄っていう人は病気で死ぬ運命なんだろうし、将軍になろうがなれまいが関係ないんだわ。」
「何か信長と同じような事言ってるけど……」
「え?何?」
「いや、何でもない……」

 蝶子に訝しげな目で睨まれた蘭は誤魔化すようにテキストを押し入れにしまいに行った。


「で?」
「ん?でって?」
「何であんただけ先に京都から帰ってきてんの?」
「え、今さら?」

 蘭は苦笑するとよっこらせと座布団に座った。


「本当は俺も信長と一緒に帰ってくるつもりだったんだけどさ、家康さんが来て密談始めちゃって。」
「家康さんが?」
「あぁ。それで話が終わった途端、お前はすぐに帰れってさ。もっと観光したかったんだけどなぁ~」
「はっはーん……つまり役に立たないから追い返されたって訳。」
「そっ!……んな事はない、と思うぞ。うん……」

 段々声が小さくなっていく。そんな蘭の様子を見て蝶子はニヤニヤした。


「たぶん、家康さんが何か重要な情報を仕入れてきたんだよ。それでもしかしたら危険な事になるかも知れないからって俺を……」
「まぁ、そんなところかもね。」
「へっ?」

 蝶子があっさりと頷くと、蘭はすっとんきょうな声を上げた。


「危険な事になるからって理由で返したっていうのは合ってると私も思う。家康さんの事だから誰かの未来を見て、慌てて信長のところにきたのよ。」
「あ、そっか。でも誰の未来を見たんだろう……?」
「さぁ?そう言えばあんたと一緒に来た秀吉さんは?」
「とっくの昔に信長に呼ばれて行っちゃったよ。」
「はぁ~……大変ね、あの人も。」
「そうだな。」

 せっかく何日もかけて帰ってきたのにとんぼ返りして行った秀吉の事を思って二人共ため息をついた。


「でも戻るのは一瞬だけどな。」
「あはは、確かに。」

 蘭の言葉に明るい笑い声を上げた蝶子だった。



―――

 京都、本圀寺


 信長は草の陰に隠れながら隣の家康に話しかけた。


「そろそろか?」
「えぇ、そうですね。あ!来ましたよ。三好の軍勢です。」

 家康が指を指す方を見ると、確かに三好の軍旗が遠くに見えた。それを確認した信長はため息を吐く。


「義昭が狙われるだろうとは踏んでいたが、こう早いとは思わなかったぞ。お前が義昭の三日後を『予知』していなかったら俺は今頃城に戻っている最中だ。良くやったな。」
「いえ、当然の事をしたまでです。私は自分の力が嫌いでした。ですが今は信長様の為になるのなら、思う存分使ってやろうと思っています。」
「頼もしいな。お前には期待してる。」
「はい!任せて下さい!」
「しっ!大きな声を出すと気づかれるぞ。」
「す、すみません……」
「よし、中に入るぞ。義昭の事はサルに任せたから、二人で裏口から逃げたはずだ。光秀には中で待機と言ってある。俺達も合流して三好を全滅させるぞ。」
「……はい。」

『全滅』と言い放った時の信長の目は普段よりも鋭く光っていて、家康は身震いした。しかしすぐに立ち直るとしっかりとした声で返事をして、颯爽と前を歩く信長に着いていった。


「三好が来た。俺が先頭を切るからお前は殿を務めろ。」

 寺の中に入ると信長はすぐに光秀のところに行き、そう告げた。


「信長様自ら先頭を?」
「あぁ。向こうは俺が帰ったと思っている。だから突然本人が出てきたら驚いて隊列が乱れるだろう。そこを突くのさ。」
「しかし……」
「いいから配置につけ。」
「……わかりました。」

 渋々といった様子で後ろに下がっていく光秀を見送ると、信長は腕を組んで前方の扉を睨みつけた。


「さぁ、いつでもかかってこい。」



―――

 それから半刻程経った時、表が騒がしくなった。信長はニヤリと笑うと扉を勢いよく開けて外に出ていった。


「待ちくたびれたぞ。」
「お前は……!織田信長っ!?帰ったはずじゃ……」
「わざと流した偽の情報に惑わされてのこのこやってくるとは、天下の三好政権も大した事はないな。」
「なっ!」

 先頭にいた三好三人衆の一人、三好長逸ながやすは顔を真っ赤にした。


「よくもこのような卑怯な真似を……」
「ほぉ……将軍様の寝所を警護が手薄なのをいい事に、夜闇に乗じて襲うのは卑怯ではないと?」
「くっ……」

 信長の皮肉に更に顔を赤くさせ、唇を噛みしめる。すると長逸のすぐ後ろにいた家臣が何やら耳打ちをした。それに対してしばらく考え込んでいた長逸は、一度頷くと言った。


「どうやって我々がここに来る事を知ったかは置いといて、こうして出会ったからには決着をつけないとだな。見るからに兵の数ではそちらが劣るようだが容赦はせんぞ。」
「ふんっ……確かに数では負けているが、兵力はこちらが圧倒的に強い。何せ、織田家の誇る精鋭部隊だからな。」

 自信満々に宣言した長逸に対して、信長は今まで浮かべていた薄笑いを一瞬にして消しながら言う。途端に長逸の額から大粒の汗が吹き出した。


「……っ…!?」
「容赦しないと言うのなら、こちらも本気を出さんと失礼に当たるな。よしっ!皆の者、行くぞ!!」
「おーーーー!!」

 信長の合図で織田軍の全員が寺から飛び出してくる。思っていたよりも多い人数が寺の中にいた事に呆気に取られていた三好軍は、あっという間に周りを取り囲まれてしまった。


「くそっ!絶対に織田信長の首を取るぞ!いけっ!!」

 長逸の叫びが響き渡った。



―――

 永禄9年(1566年)5月、後に本圀寺の変と呼ばれたこの合戦は、圧倒的な強さを見せた織田軍の大勝利に終わった。そして長逸以下、三好三人衆の軍勢は誰一人生存者はなく、本圀寺付近の合戦跡は見るも無惨な有り様であった。

 その後信長は三好に協力した大名達の城を次々に落とし、降伏を名乗り出た者でさえも処刑。

 更に城にいた女、子どもも関係なく惨殺し、三好一族及び関係者は全員信長の手によって亡き者にされた。


 これで三好政権は消滅し、足利義昭と織田信長の二人による新しい政権が誕生する事となった。



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