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舞台は日本の中心へ

久しぶりの会話

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―――

「あ、お帰り。」
「蝶子!何で……?」

 戦から帰ってきてくたくたになりながら自分の部屋の戸を開けた蘭は、中に蝶子がいたので驚いて大声を出した。


「何でって、待っててあげたのよ。良かったわね。今回も勝てて。」
「お、おう……」

 相変わらずの口調だったがその中に優しさも感じられて、何故か顔を赤くした蘭だった。


「今日来たのはまぁ、言いたい事あったからなんだけど。」
「え、何だよ?」
「蘭さ、私の事避けてるでしょ。」
「へっ!?」

 いきなり核心を突かれ、蘭は座ろうとしていた格好のまま固まった。


「べ、別にそんな事はないけど……」
「ふ~ん。まぁいいけどね。」

 そう言ってさりげなく顔を逸らした蝶子の横顔は、見ない内に随分大人っぽくなっていた。蘭はそんな長い間会っていなかった事に今更ながら気づいて少し後悔する。

(3年もまともに会ってなかったもんな。今までずっと一緒にいたからこんな長く離れてた事なんてなかったし、一回離れると元に戻るのって難しい……って、こんな事思ってるの俺だけなんだろうけどさ。)


「あんたもこの3年の間に少しは男らしくなったんじゃないの?アイディア出して採用されたんでしょ?やるじゃない。」
「俺はただ案を出しただけで……それに勝てたのは信長や家臣の皆が頑張ったからだから。俺は何もしてない。」
「火をおこして狼煙上げるのも重要な役目じゃん。っていうか、それしないと戦が始まんないでしょ。いいじゃん、蘭は蘭の出来る事を一生懸命やる。私は蘭に人を殺して欲しくないから、いつも口を酸っぱくしてあいつに言ってるの。戦に連れていくのはいいけど、蘭に危険な事させないでって。」
「へぇ~……」

(いつもって事は俺より信長と会ってるって事かよ……)


『男らしくなった』と言われて気分を良くした蘭だったが、最後の蝶子の言葉に口を尖らせた。


「良く言えば真面目で真っ直ぐ。悪く言えば思い込んだら一直線。そんな蘭が私は好きなんだから頑張んなさいよ。」
「わかってるよ!……って、え?」
「ん?」
「今何て……?」
「だから頑張んなさいよ。って。」
「いや、そうじゃなくて……まぁ、いっか。わかったよ。俺なりに頑張るからさ。」
「うんうん、その調子。」

 蝶子が笑顔を見せる。蘭は『好き』と言われた事で一人動揺していた。

(ふ、深い意味はないんだろ、どうせ。言った事に気づいてないのかそれとも純粋に人としてとか、幼馴染としてっていう感じなんだって。うん、そうだ、絶対そうだ。勘違いなんてしてやらないんだからな!)


「それにしてもさ、ここに来て8年かぁ。早いもんだね。って、毎年言ってる気がするけどね。少しは大人になったみたいだけど、端から見たら全然変わってないみたい。あっちの世界ではまだ3~4年くらいなんじゃないかな。」
「3~4年か。じゃあもう大学卒業するような歳か。まぁ、こんな状態だから退学させられてるかも知れないけどな。」
「大丈夫よ、きっと。父さんがちゃんと休学届け出したって前言ってたし、なんたって一応教授なんだから上手くやってくれてるよ。」
「あ、そっか。おやっさんあそこの教授だっけ。」
「おじさんもね。」
「……そうだっけ?」
「もう……」

 蝶子が呆れてため息をつく。蘭は誤魔化すように頭をかいた。

 そう、二人の父親は二人が通っていた大学の卒業生でもあり、教授として働いているのだ。もっとも、研究や実験畑な為、講義に出る方が稀だが。


「ところでさ、奇妙丸は最近どうよ?」
「きーちゃんね……8歳になったんだけど、今絶賛反抗期中。」
「反抗期?早くね?」
「乳母の人に聞いたんだけどね、このくらいの年齢の子でも反抗期っておこるんだって。子ども扱いしないでとか、一人で遊ぶから構わないで、とかね。下に弟とかいれば面倒みたりしてお兄さんになれるんだけど……」

 そこで蝶子は複雑そうな顔をした。それを見てしまった蘭は見ていられなくて目を逸らす。

 信長の兄の子として生まれてきた奇妙丸は、信長から半ば無理矢理に後継者にさせられた。だから実の兄弟の存在など知る術もないし、いたとしても会う事は許されないのだ。

 一方信長と側室との子どもは何人かいてその子達は奇妙丸とは義理の兄弟であるが、会った事もなければ名前も知らないという有り様だ。

 ほとんど一人っ子のように育ってきた奇妙丸の気持ちを、本当に一人っ子で生きてきた蝶子は痛い程わかるのだった。だからこそ、我が儘放題の奇妙丸の事が心配でならないのだ。


「最近すぐ怒っちゃうんだよね。自分でも厳しすぎるとは思うんだけど。」
「甘やかすよりはいいだろ。」
「蘭みたいになるから?」
「うるせぇな!俺の事はいいって。それより奇妙丸の事だよ。……そんなに心配なら信長に相談すれば?」
「うん……したんだけど、俺には子育てはわからないからお前に任せるの一点張り。自分の跡継ぎなのに勝手でしょ?腹立つわよね。」
「あ、したんだ……」

 またしても言い様のない苛立ちが込み上げてきて蘭はまたむくれた。


「だからさ、いつでもいいからきーちゃんに会ってやってよ。」
「え?俺が?」
「うん。男同士なら思ってる事話してくれるかも知れないし、きーちゃんもあんたに会いたがってたから。」
「……わかった。」

『会いたがってた』という言葉に顔がにやにやする。そんな蘭を蝶子は若干引いた目で見ていた。


「仲良くしているところ悪いな。」
「信長様!」

 その時信長が現れた。声もかけずにいきなり戸を開けられて、何も疚しい事ないのに慌てる蘭だった。


「入っていいか。」
「もう入ってるけどね。」
「どうぞ、どうぞ。えーっと座布団は……」

 蘭は蝶子の険悪な雰囲気に焦りながら、押し入れから座布団を引っ張り出した。


「稲葉山城を攻略した。近い内にそこに移るが名前を変えたいと思うのだ。いい案はないか。」
「え?引っ越すんですか?つい最近ここに引っ越してきたばかりなのに?」
「あぁ。ここには城番を置いてまた全員で移る事にする。それより名前だ。考えてくれ。」
「そうですね……何がいいかな~……」
「岐阜でいいんじゃない?」
「岐阜?」

 悩んでいる蘭を他所に蝶子があっさり言う。信長は眉を潜めて蝶子を見た。


「だって美濃って未来でいうと岐阜県辺りでしょ?だから。」
「そういえばお前地理めちゃくちゃ得意だっけ。でも何で知ってんの?美濃が岐阜って。」
「だってあんたのテキストの最後らへんに載ってたじゃない。戦国時代の日本地図。」
「あれ?そうだっけ?」
「はぁ~……しっかりしてよ、もう。」
「ほぉ。そのような地図があるのか。では尾張は未来では何と呼ばれているのだ?」
「愛知よ。」
「愛知……成程な。じゃああの辺は岐阜と呼ぶ事にしよう。城は岐阜城だ。」

 信長はそう言うと、来た時と同じく唐突に立ち上がって廊下に出ようとした。


「きーちゃんはすくすく育ってるわよ。ちょっと最近我が儘だけど。血は繋がってないのにあんたに少し似てきたかもね。」
「ふん、そうか。織田の家を継ぐ男だ。そのくらいが丁度良い。」

 短く鼻で笑うと今度こそ部屋を出ていった。


「ね?むかつくでしょ?」

 足音が聞こえなくなった瞬間振り向いてそう言う蝶子に、蘭は思わず吹き出した。


「そうだな。」

(久しぶりに話したけど変に緊張してたのが嘘のように今は笑い合える。俺の気持ちは変わっちゃったけど蝶子が変わらないでいてくれるから俺達は大丈夫。そうだよな?)

 
 蘭はそっと蝶子のますます綺麗になった横顔を見つめて呟いた。



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