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舞台は日本の中心へ

長年の決着

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―――

「稲葉山城という事は斎藤の本拠地を正面から狙うという事ですね?」


『作戦会議をするぞ。狙いは稲葉山城だ。』

 という信長の言葉を受けて可成がそう言うと、信長は大きく頷いた。


「それが一番手っ取り早いからな。しかしあそこは難攻不落の城で有名だ。いい案があれば採用するから、皆どんどん意見を出してくれ。」
「えっ……と…」

 家臣の意見を聞くという珍しい信長の姿に、全員が顔を見合わせる。そして光秀が意を決したように立ち上がると発言した。


「いつものように城下や外堀に火を放って、はだか城にするというのはどうですか?そうすれば慌てて出てくるか籠城するかでしょうから、そこを攻めれば勝機はこちらのものです。」
「火を放つ、か。ここ数年城下の整備をしていて思ったのだがな。やはり一から作り直すのは中々骨が折れるものだ。だから城下に火を放つのは金輪際止めようと思う。民を巻き込むのは流石に可哀相だし、いずれ俺の支配下になる土地だ。死人が出れば貴重な人員も減る。」
「そう……ですよね。失礼しました。」

 一蹴された光秀は力なく項垂れて座った。


「まぁ、そう気にするな。」
「あの、私からも宜しいですか?」
「何だ、サル。」
「斎藤の家臣の何人かを調略してこちらに協力してもらうというのはいかがでしょう。」
「協力とは?」

「城から出てきて戦闘になった時に、織田の旗を持って後ろから攻めてもらうのです。驚いてそちらに気を取られている隙に真っ向から攻める。」
「う~ん……いい案だとは思うのだが、もしその連中が途中で気が変わったらどうする?」
「あ……申し訳ございません。今のは忘れて下さい。」
「他にはないか。蘭丸、お前はどうだ?」
「え!?お、俺ですか?」

 不意に名前を呼ばれて蘭は慌てて座り直す。意気消沈している秀吉以外の目が蘭の方をを一斉に向いた。


「えっと……そうだ!さっきの秀吉さんの案を借りてなんですけど、後ろから攻める役をこっちがやるっていうのはどうです?」
「ん?どういう事だ?」
「こちらの軍の半分くらいが後ろに回るんですよ。で、織田の旗じゃなくて斎藤の旗を持つんです。そうすればあっちは味方が後ろで待機していると思って安心するでしょう?その隙を突いて両方から挟み撃ちにするんですよ。」
「なるほど。それなら裏切られる心配はないし、時間的にも短く済む。蘭丸、良い案を思いついたな。」
「はい!ありがとうございます!」

 つい嬉しくて大きな声が出た蘭だったが、周りからの視線を感じて口を押さえた。


「よし、今回は蘭丸の案でいく。勝家、お前は軍を二つに分けろ。勿論数も力的にも平等になるようにだぞ。」
「わかりました。任せて下さい!」

 今まで発言の機会がなかった勝家は、ここぞとばかりに大声を上げた。


「今回の戦は激しいものになりそうだ。蘭丸は危険だから城下の適当な場所で狼煙を上げる役をやろう。」
「狼煙、ですか?」
「実際に火を放つ事は出来ないから狼煙を上げて城下が火の海だという事を知らせる為だ。稲葉山城は山城だから遠くから煙が見えただけで勘違いしてくれるだろう。頼んだぞ。」
「はい!!」

 信長に肩を叩かれて折角口を押さえたのにまた大きな声が出た蘭だった。

 そんな蘭を鋭い目で見つめる光秀と、光秀のその様子を面白いものでも見つけたかのような顔で盗み見る秀吉に、その場にいる誰も気づかなかった……



―――

 稲葉山城、城下


 蘭は秀吉と秀吉の従者何人かと一緒に、稲葉山城が良く見える場所で信長からの合図を待っていた。

 外はすっかり暗くなり、少々肌寒いくらいだった。


「まだですかね……」
「辛抱しろ、もう少しだ。」
「はーい……」

 秀吉と二人で並んで木陰にしゃがんでいるのが気まずくて話しかけるも、短い言葉でいなされて蘭は口を尖らせる。

 そして不意に昼間蝶子と交わした言葉を思い出した。


『じゃあ……行ってくる。』
『はい、気をつけてね。』

 たったこれだけだったけれど、久しぶりの会話だった事もあり蘭の気分は高揚していた。


(気をつけてねって言われたからには無事に帰らないとな!)


「あ!蘭丸。信長様からの合図だ。火をつけろ。」
「あ、はい。」

 その時稲葉山の方角からちらちらと明かりが見えた。蘭は急いで集めておいた薪に火をつけた。


「これでよしっと。上手くいきますかね?」
「自分で考えた作戦だろう?」
「まぁ、そうなんですけど。」
「大丈夫だ。あの人なら。」
「そうですね。」

 自信満々の秀吉の態度に、蘭も笑顔で頷いた。


「もうすぐ信長様に呼ばれそうだ。蘭丸、火の始末は任せたぞ。」
「え?呼ばれそうって何っ……はやっ!」

 意味不明な事を言う秀吉の方を振り向いた瞬間、その姿は既になかった。茫然としていると秀吉の従者が秀吉を追いかけて山の方に走っていった。


「はぁ~……逆バージョン初めて見た。マジで早ぇ……」

 蘭の呟きは吹いてきた風にかき消されていった……



―――

 稲葉山城付近、織田軍別働隊


「狼煙が上がった。城に近づくぞ。」

 勝家が麓の方を向きながら言う。隣の光秀も煙を確認して頷いた。


「しかし信長様は一体どうしたというのだろうな。」

 勝家が歩きながらぽつりと呟く。光秀は苦笑しながら答えた。


「さぁ?心境の変化でもあったのでしょう。いいではないですか。家臣の意見を聞いて下さるようになって。」
「家臣の意見って、蘭丸の意見しか聞かなかっただろうが。」
「それはそうですけど……」
「蘭丸が何者かは考えないようにしていたが、こうなってくるといよいよ怪しいな。」
「怪しいとは?」

「何処かからの密偵ではないという証拠はない。武田か上杉か。はたまた三好か……人畜無害な顔をして実は、という事も有り得るだろう?信長様に限って騙される事などないと思うが、やはり心配ではないか。」
「蘭丸君が密偵?まさか……」

 光秀はそう言って一瞬固まったが、直ぐに首を振った。


「有り得ませんね。あの子に限ってそのような事は。そう言うなら帰蝶様はどうなるのです?彼女も密偵の仲間ですか?」

 強い口調でそう問い詰められ、勝家は『わかった、わかった。』と手を上げた。


「話を変えるか。で、どうだ?所帯を持った感想は?」
「いきなりですね。まぁ、良くも悪くもないですよ。実際に一緒に住んだのは短い間ですし、子どもにもあまり会えていません。きっと私の顔など忘れているでしょう。」
「そういうものかね。俺から見れば羨ましいが。」
「柴田殿は何故所帯を持たないのですか?」

 光秀に切り返されて、勝家は渋面を作りながら言った。


「単純に話がこない。それにそもそも信長様の命であちらこちらに飛ぶ生活だから、落ち着く暇がないというのもあるな。あの人もそこを考えてくれているのだろう。もし俺に見合いの話がきた時は、暗にいらないと言われているという事だな。」
「そんな……」
「おっと、見えてきたぞ。稲葉山城だ。」

 何とも言えない顔をして否定しようとした光秀を遮り、勝家は立ち止まって前方を指差す。つられるようにして光秀はそちらを向いた。

 そこには難攻不落と噂の稲葉山城が聳えていた。


「よしよし。斎藤の軍が城から出てきているな。皆、旗を掲げて進むぞ。」
「はい!」

 勝家が後ろを振り向いてそう言うと、家来達は持っていた斎藤の旗を掲げた。


「いいか。絶対に声を出すな。相手に訝しがられないよう自然に合流し、振り向かれても動揺するな。それと本隊が動くまでこちらからは何もしない。わかったな。」

 勝家の言葉に全員が声を出さずにただ頷いた。


(信長様。こちらは準備万端です。いつでもいいですよ。)

 勝家はそう心の中で呟いた。



―――

 永禄7年(1564年)、織田信長は斎藤龍興の居城の稲葉山城を攻めた。


 本隊と斎藤の旗を持った別働隊で前後を固めるという奇抜な作戦が功を奏し、挟み撃ちにされた斎藤軍はあっさり破れた。

 龍興の首は柴田勝家が取り、城内外で多くの死傷者を出した斎藤軍はほぼ壊滅。


 これで斎藤氏は滅亡して、長年に渡る織田・斎藤の戦いの決着は織田の大勝に終わり、信長は美濃を手に入れた。



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