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舞台は日本の中心へ
予期せぬ事態
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その後無事に引っ越しを済ませ清洲城から小牧山城に移った信長は、美濃攻略の為に戦力を増やす事に専念し始めた。
秀吉と光秀には足軽の増員、勝家と可成にはその集まった足軽を鍛える事を命じ、自身も武器の調達や城下の整備を徹底するなど忙しく働いていた。
一方蘭も側近として信長について回り、過酷な日々にくらくたになりながらも充実した毎日を送っていた。
蝶子とは何となく気まずい雰囲気を一方的に感じていたので、部屋に通う事も徐々に少なくなっていた。自然と奇妙丸とも疎遠になって、気になっているのに素直に会いに行けない自分にもどかしさを感じていた。
そして二年程が経った永禄6年(1563年)、ついに戦力、兵力共に万全に整えた信長は大広間にて蘭に聞いた。
「やっとここまできたな。これでいつでも出陣できる。それでだ、蘭丸。」
「はい。」
「織田と斎藤の決着はいつだ?」
蘭は信長の鋭い眼光に怯みそうになりながらも、昨日テキストを見て頭に入れた事を口にした。
「織田と斎藤の戦は数回あったようなんですが、どうも史料に乏しくて詳しい事は不明としか書かれてありませんでした。でも稲葉山城の戦いというのが有名で、それによると織田方の勝利と斎藤氏の滅亡となっています。」
「ふん。稲葉山城か。今は龍興の居城になっているはずだ。親父もあそこを落とすのには苦労したらしい。その内道三と和睦が成立して攻める必要がなくなったが、代替わりして再び戦火に包まれる事になるとはな。」
「リベンジって事ですね。」
「ん?何だ、それは。」
「え?え、とぉ~……あ、仕返しとか雪辱を果たす?みたいな意味です。」
蘭が少々焦りながら言うと、信長は腕を組みながら頷いた。
「成程。言い得て妙だな。」
「え?何です?」
「心配するな。褒めているのだ。」
今度は蘭の方が意味がわからなくて聞き返すと、苦笑混じりにそう返された。
「そうとわかればやる事は一つだな。早速準備をするぞ。お前も出陣だ。」
「はい!」
「これで長年の決着がつく。楽しみだな。」
そう言って信長は不敵に笑った。
しかしそんな中、事件が起こった。
永禄6年(1563年)、三好政権を誇っていた三好長慶が病死した。跡を息子が継いだのだがその子がまだ幼かった為、三好三人衆と呼ばれている家臣三人と松永久秀が後見する事になった。
そしてこれを好機と見た将軍・義輝が上杉謙信や武田信玄らに上洛を呼びかけ、自分に協力してくれるようにと頼むとそれを聞いた三好三人衆はとんでもない事に将軍暗殺を企み始めた。
美濃へ向け準備をしていた信長はこの情報を知って一旦様子を見る事にしたが翌年の永禄7年の5月、ついに三好三人衆は二条城に浸入して義輝を殺害した。その後三人衆は義輝の代わりに従兄弟の足利義栄を時期将軍に擁する動きを見せ始めた。
後に永禄の変と呼ばれるこの事件は今後の戦国の世を大きく動かす事になり、特に織田信長の天下取りの道筋を切り開いた出来事となった。
―――
「信長様!大変でございます!」
「どうした。」
信長の部屋に秀吉が珍しく慌てふためきながら入ってくる。信長もその尋常ではない様子に眉を潜めた。
「義輝様が……」
「将軍がどうした?」
「暗殺されました。」
「なにっ……!?」
思いがけない言葉に立ち上がって叫ぶ。そのまま茫然と立ち竦んでいたがハッと顔を上げると言った。
「確か義輝には弟がいたはずだ。それはどうなった?まさか……」
「いえ、その方は幕臣に助けられて逃げたそうです。ですが、逃げた先はまだわかりません。」
「そうか。しかし厄介な事をしてくれたものだ。どうせ手を下したのは三好の連中だろう。」
信長はため息混じりに言うと、ゆっくりと座り直した。秀吉が近づいてきて膝まづく。
「どういたしますか?」
「どうと言われてもな。次の将軍が決まっている訳ではないのだろう?」
「えぇ。でも三好達は義輝様の従兄弟にあたる、義栄様を推す様です。」
「義栄か……確か阿波公方の。」
「はい。」
「しかし将軍にするとなるとやはり直系に近い人物の方がいいだろうな。よし、その逃げた義輝の弟を探しだして接触しろ。どんな手を使っても構わん。」
「はっ!では早速動きます。何かありましたら呼んで下されば直ぐに参りますので。」
「わかった。」
信長は軽く頷くと腕を組んで目を閉じた。
―――
そしてそれから半年後、義輝の弟が六角義賢の支配する南近江の矢島にいるという情報を秀吉から聞くと、信長は家臣全員を大広間に呼んだ。
「暗殺された義輝の弟、義昭が南近江にいる事がわかった。矢島に御所を構えて時期将軍就任に向けて準備をしているらしい。早速あちこちに声をかけて上洛に協力してくれる武将を探しているそうだ。」
「南近江って事は市様のいる北近江のすぐ隣って事ですか?」
蘭が手を挙げながら発言すると信長は頷いた。
「そうだ。市にはこの事を知って直ぐに文を出して、長政に義昭の動きを逐一報告するよう頼んだ。そうしたら昨日浅井から使者が来て、どうやら義昭は俺と斎藤の戦を止めようとしているらしい。尾張と美濃を和睦させてどちらからも支援を受けるつもりだという事だな。」
「そ、それでどうなさるおつもりなのですか?言う事を聞いて和睦するのですか?」
光秀が額に汗を滲ませながら聞くと、信長はふんと鼻で笑った。
「言う事を聞く訳がないだろう。」
「では断るのですか?」
「いや、相手は時期将軍候補だ。機嫌を損ねたらどうなるかわからない。だから正式に要請がきたら一旦は受ける事にして、後は様子を窺いながら美濃攻略を進める事にする。」
「裏切るのですか?」
勝家が驚いて聞き返すと、今度は笑う事はせず真剣な顔になった。
「裏切る訳ではない。後で何か言われたらあっちが仕掛けてきたと言えばいい。どうせ勝つのは俺達なのだからな。そうだろ、蘭丸。」
「えっ!あ、はい。もちろんです!」
急に振られて慌てながらも肯定する蘭丸を、一部の家臣らは訝しげな目で見ていた。
「とにかくそういう事だからお前らは今まで通り戦の準備をしていろ。色々と邪魔が入ったが今度こそ出陣だ。」
「はい!!」
信長の渇に全員が立ち上がって返事をした。
「よし、これで話は終わりだ。あぁ、蘭丸とサルと光秀、そして勝家と可成は残ってくれ。」
「わかりました。」
代表して光秀が返事をすると、残りの家臣はぞろぞろと部屋を出ていった。
そして全員がいなくなった事を確認すると信長は声を潜めて言った。
「作戦会議をするぞ。狙いは稲葉山城だ。」
蘭丸達は信長のその言葉に、ついにこの時がきたのだと揃って息を飲んだ。
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