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舞台は日本の中心へ
立派な仕事
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(この人が浅井長政か……俺より全然年下だけど流石一国一城の主なだけあって貫禄が違うな。)
蘭は目の前に座る青年……いや見ようによっては少年に見える人物を見ながらそう思った。
ここは小谷城の大広間。蘭と蝶子が市に会いにここに来てしばらく経った頃、長政の従者が殿が是非とも会いたいからと言ってきたので代表して蘭が一人でやってきたのだ。
浅井長政はまだ10代という事でどんな感じなのだろうと興味津々だったが、思っていたよりも大人っぽくて蘭は驚いた。
「森蘭丸君ですね。あの森可成殿の息子さんだそうですね。」
「はい。父上を知ってるんですか?」
「織田信長の家臣の森可成と言えば、戦上手で有名ですからね。私は手合わせした事はないですし、これからもないでしょうけれど。」
「そっか。信長様と同盟したって事は味方ですもんね。」
「えぇ。」
長政はにっこり微笑んだ。蘭も緊張していた表情を少し緩める。
「それにしても凄いですね、長政様は。まだ若いのに浅井家の当主なんて。色々と大変なんじゃないですか?」
「いや大した事はないですよ。生まれた時から……いいえ、生まれる前から浅井の家の跡継ぎであると決まっていましたし。まぁ、この宿命は有力大名の子孫に付きものですがね。」
そう言ってまた柔和な笑みを浮かべた。
(そっか……生まれた瞬間から運命が決まってしまう世の中なんだもんな。信長だって嫡男で生まれてきたというだけで『心眼』の能力が現れたんだし。俺なんて親が科学者だからといって同じ道を目指すなんて毛ほども思ってないもん。)
蘭が密かにそう思っていると長政が遠慮がちに声をかけてきた。
「ところで織田信長公と言えば、世紀の番狂わせと評判の桶狭間での奇襲ですよね。あの今川義元をあっさりと破った。私はまだ家督を継ぐ前だったので詳しくはわかりませんが、それまで織田信長は尾張や三河以外ではほぼ無名の部将だったと聞きました。そんな人物が急に台頭してきた事にあちらこちらで影響が出始めているのも事実です。特に甲斐の武田氏と中央政権の三好氏です。信長殿の行動を逐一監視しているような素振りも見せていますし、気をつけた方が宜しいかと思います。」
「えっ!?そ、そうなんですか?」
「この事は信長殿もわかっておられるようですがね。だからこそ市に文を書いた。」
「どういう事ですか?」
「市に聞いています。市と信長殿は『共鳴』という力で繋がっていると。たまにその力を使って意志疎通している様です。しかし力を使うと体力を消耗するらしいので、長くなる用件は文でやり取りしているみたいですね。」
「え!……というか、知ってるんだ。力の事……」
「えぇ。市が話してくれました。これから共に暮らしていくのに隠し事は出来ないと。」
「市さんらしいですね。」
市の真面目ぶりに蘭は思わず微笑んだ。
「信長殿はおそらく、越後の上杉と越前の朝倉を私に見張って欲しいと頼むつもりなのでしょう。あの二人はまだ今のところ中立ですから。」
「上杉に朝倉……」
蘭は顎に手をかけながら呟いた。
まだ詳しく勉強していないのでよくわからないが、信長はこれから本能寺の変までの十数年間、あちこちの部将と戦を繰り返すはずである。それには上杉も朝倉も入っていた。そして……
(まてよ……確か浅井も最後には裏切るんじゃなかったけ……)
蘭はハッと顔を上げる。そこには先程と変わらず柔らかい微笑みを浮かべてこちらを見ている長政がいた。何となく寒気がして蘭は身を震わせた。
「えっと……」
「さて、長くなってしまいましたね。私はこれで失礼しますが、ゆっくりしていって下さい。帰蝶様にも宜しく仰って下さいね。」
「あ、はい……」
茫然とする蘭を他所に、長政はさっさと部屋を出ていってしまった。
「信長に言わないと!あ、でも帰るのは明日だっけ……」
気は急いていたが勝手に帰る事は出来ないので、取り合えず気持ちを落ち着かせるように深呼吸した。
―――
「帰蝶様。良かったのですか?あのような事を言って。」
「え?何が?」
とぼけた顔の蝶子を見た市は気づかれないようにため息をついた。
市に信長の事を裏切らないでくれと言われた蝶子は、自信満々に信長の手綱を握る責任があると言い放った。
その姿は信長の妹という立場からしてみれば嬉しくて頼もしいものだったが、市は見てしまったのだ。蘭が心底傷ついたという表情をしたのを。
そして確信した。蘭も蝶子の事を意識し始めた事を。
でも蘭はきっと、蝶子の気持ちが信長の方にいってしまったと誤解している。そのきっかけを作ってしまったのが自分である事が酷く申し訳なく思った市だった。
「ところで信長からの手紙には何て書いてあったの?」
「先程さっと目を通しましたが、長政様へのお願い事でした。あとは生まれた子は元気かという事も書かれていました。」
「あいつもそういう気遣いが出来るのね。見直したわ。」
蝶子が何故か偉そうに言う。市は苦笑した。
「私は蘭みたいに歴史が好きな訳じゃないし信長が天下統一する事にも興味がない。ただ毎日きーちゃんと幸せに平和に暮らせるならそれでいいと思ってるんです。でもこの世の中はそうはいかないじゃないですか。誰かが誰かに殺されて、何の罪もない女の子が国とか家の為だけに人質同然に扱われる。そんなのは嫌だけど、だからといって私一人ではどうする事も出来ない。……ホント、不自由ですよね。」
「帰蝶様……」
「でも泣き言言ってはいられないんですよね。私はきーちゃんの母親なんだから。あの子が大きくなって信長の跡継ぎになる時までちゃんと育てる義務がある。そうですよね?」
伺うように市を見ると、市は一瞬考えるような素振りを見せたがすぐに頷いた。
「それがこの世界の女の役割です。私達はその為に存在する。だから立派な事なのですよ。」
「そう、ですよね……一人の人間を育てるんですもん。立派な仕事ですよね。市さん、ありがとうございます。」
「いいえ。今のはわたし自身に言い聞かせた言葉でもあるのですから。」
市がふわりと笑う。蝶子も満面の笑みを浮かべて頷いた。
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