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混乱の尾張
龍と虎の激突 前編
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蘭が蝶子相手にドキドキしている頃、越後と甲斐の関係はますます悪化して今にも破裂しそうな勢いだった。
それというのも、武田が織田信長と同盟を結んだ事を聞いた上杉謙信が、今まで緩めていた北信濃への侵攻を本格的に開始するという情報が信玄の耳に入ったからであった。
しかもついでと言わんばかりに、武田と甲相同盟で結ばれている後北条氏の小田原城をも攻めるとなっては信玄も黙ってはいられなかった。
上杉氏とはこれまで三度に渡り合戦を繰り広げてきたが決着はつかず、ここ数年はお互い決戦を避けていた。
三回とも北信濃の「川中島」と呼ばれる、千曲川と犀川の合流地点から広がる地で合戦が行われており、今回もその川中島で合戦が行われるであろうと、上杉軍の動きを知った近隣の武田方、上杉方の諸将は既に戦の準備をしているほどだった。
武田方の部将や豪族は信玄の『念力』の力で調略されており、もはや負ける気はしないという勢いの信玄であったが、相手が軍神と名高い上杉謙信という事で出陣まではどこか落ち着かない様子であった。
―――
甲斐国、要害山城
「義信!義信はいるか!」
「はい!ここにいます、父上。……どうしたのですか!?そう慌てて……」
信玄が息せき切って部屋に飛び込んできたので信玄の嫡男の武田義信は目を丸くした。
「明日、出陣だ!上杉が動いた。妻女山に布陣したらしい。」
「妻女山に?あそこは狭くて急斜面ですよ?まさか謙信公は我々を恐れる余り、血迷ったのでは……」
「いや、奴には奴の戦略があるのだろう。しかし領国死守の為に行かんとならん。急いで支度をせよとみなに伝えろ。明朝出発する。」
「承知致しました!」
こうして武田軍は、上杉軍の待つ川中島へ向かったのだった。
―――
上杉軍本陣、妻女山
「武田軍は塩崎城に入ったか。」
「どう致しますか?塩崎城に入ったのは武田軍の本隊だと思われます。別隊は海津城にいるのでしょう。位置的に挟み撃ちにする気です。このまま海津城を包囲しますか?」
家臣の甘粕景持はそう言って謙信を見た。
塩崎城は武田の配下である塩崎氏の居城で、海津城は信玄がこの地を軍事的拠点にする為にわざわざ築城した城である。つまりここで戦をする事を密かに念頭に置いていたという事になる。
今の上杉軍は、その海津城と塩崎城の両城から挟まれた格好になっていて、動くなら今ではないかと景持は言っているのであった。
「いや、もう少し待とう。」
「何故ですか?今動けば海津城だけでも落とす事が出来ます。」
「景持。冷静になれ。もし海津城を落とすのに手間取ったらどうなる?塩崎城に背を向ける格好になってしまうであろう。そうなれば信玄の思う壺。一斉に攻撃を仕掛けてくるに違いない。」
「あ……」
「ここは下手に動かない方がいい。いつも教えているだろう?戦に必要なのは強さではない。冷静な判断力だ。」
「……はい。少し気が急いていました。申し訳ございません。」
そう言って体を90度に折り畳んで謝罪の意を見せる景持を、謙信は苦笑しながら眺めた。
「気持ちはわかるがな。きっとこの戦があいつとの最後且つ、最大の合戦になるであろう。私もいつになく気持ちが落ち着かない。」
謙信はそう言うとおもむろに立ち上がった。
「そして更に言えば、長期戦になる予感がする。」
髪を夜風に靡かせて、謙信はそう呟いた。
―――
謙信が予想した通り、それから二週間程が経っても双方は動かず、膠着状態が続いた。
変わった事と言えば、武田軍が塩崎城から海津城へと移ったくらいで、川中島一帯は気持ちが悪い程静まり返っていた。
「まだ動かんか……いい加減疲れてきたぞ……ん?」
謙信が妻女山の本陣から海津城の辺りを眺めていた時だった。何かに気づいた謙信は数歩歩いて山のギリギリの所まで行くと、もう一度目を凝らした。
「どうしました?」
「いや、今日はやけに海津城の辺りが騒がしいような気がしてな。……待てよ、もしかすると……」
そう言って謙信は陣の外に出ていこうとする。景持は慌てて引き止めようとした。
「あ!何処に行くのですか!?」
「大丈夫だ。すぐそこの川に用事があるだけだから。着いてこなくてもよい。」
はっきりそう言われ、景持は思わず立ち止まった。
「で、でもお一人では危険でっ……」
「すぐに戻る。いいからお前は早く休め。明日の朝は早いからな。」
「え……?」
謙信はそう言って意味深な笑顔を見せると、一人で山を下っていった。
「明日の朝は早い?どういう事だろう……」
景持は首を傾げつつも、陣の中の寝所に戻っていった。
―――
「どれ。この辺りでよいかな。」
山を下りて近場にあった川に近づくと、謙信はしゃがんで手を川の中に入れた。そして目を瞑る。
「ほう……なるほど。そうくるか。あいつも頭を使うようになったではないか。」
謙信は海津城の方向へと顔をやりながら微笑んだ。
「ここにきて能力を使う事になるとは、私も歳をとったという事かな。戦中はなるべく使わんように気をつけていたが、やはり宿命の好敵手を倒す為にはなりふり構っていられぬか。」
自嘲気味に呟くと、踵を返して元来た道を戻っていった。
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