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混乱の尾張
初めての上洛
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信長は武田信玄と面会して休む間もなく、今度は京都へ行く事を蘭に伝えた。
「京都、ですか?」
「あぁ。京に行って時の13代将軍、足利義輝に謁見する。尾張の新たな統治者として認めてもらう為にな。」
「そうなんですか。凄いですね!将軍様と会うなんて。」
「おい、何言ってるんだ?お前も一緒に行くに決まっているだろう。」
「え!?俺もですか?」
ビックリし過ぎて目が丸くなっている蘭を苦笑しながら見た信長は、側に控えさせていた秀吉に目で合図した。軽く頷いた秀吉は持っていた書状らしき物を信長に差し出した。
「それは?」
「光秀からだ。あいつには京都で将軍家の身辺を探ってもらっていたのだ。」
「光秀さん、京都にいるんですか。結婚したばかりなのに大変でしょうね。」
「妻と腹の中の子を何処かの寺に預けて行ったそうだ。可哀想には思ったが俺の側近だから仕方あるまい。女ばかりではなく、男も我慢しなくてはいかん世の中だな。」
「……そうですね。」
蘭は複雑な顔で頷いた。
もしかしたら信長は光秀と市の気持ちを知っていて離ればなれにさせて、更に光秀を一人で京都にやったのではないかと一瞬思ってしまって慌てて首を振る。
「話が逸れたな。この書状にはこう書かれてある。『京都だけではなく畿内で強大な勢力を誇っている三好氏が不穏な動きをしています。』だそうだ。三好氏は今の当主は確か長慶ながよしだったか。奴は噂によれば相当策略家らしい。将軍を抑えて実権を握り三好政権と呼ばれていい気になっているようだ。だが、名ばかりとは言え将軍は将軍。ここで顔を売っておけば後々都合がいいという訳だ。そういう事で蘭丸。お前には是非ついて来て欲しい。」
「わかりました。京都かぁ~楽しみだな。実は俺、地元から出た事なくて京都は行った事ないんですよね。」
「そうか。今回はお前とサル。そしてサルの従者数名しか連れていかないから、思う存分観光してよいぞ。」
「え!本当ですか?」
「ただし、無事に将軍に謁見出来たらだがな。」
「えぇ~……」
信長の言葉に思い切りガッカリした顔をすると、信長は笑いながら立ち上がった。
「追って光秀から書状が来る。それを確認したら出発するから準備しておけよ。」
「はい!」
背筋を伸ばして座り直すと大きな声で返事をした。
こうして蘭にとって初めての京都への旅が幕を開いたのだった。
―――
「結局無駄足でしたね……」
将軍がいる御所を遠目に眺めながら蘭は呟いた。
京都まで来たはいいが将軍・義輝が不在だと言われ、追い返された信長一行は取り敢えず今日泊まる所を探しに街をぶらぶら歩いていた。
「そう落ち込むな。俺がわざわざ尾張から上洛した事は将軍や三好の耳に入るだろう。そうなれば何かしらの動きを奴らは起こすはずだ。無駄にはならん。いや、無駄にはさせん。安心しろ。」
「信長様……」
(やっぱり格好良いな!こんな風に言えるなんて自分に自信がないと出来ないもん。自信に満ち溢れているからこその俺様だから、それはしょうがないって事で……)
「……聞こえてるぞ。」
「えっ!?マジですか?」
ボソッと言われて蘭は思わず立ち止まった。信長はそのまますたすたと歩いていく。背中からは禍々しいオーラが放たれていた。
(ヤバい!ヤバい、ヤバい、ヤバい!!心を読まれた!)
「の、信長様?違うんですよ、あの今のは悪口とかではなくてですね……」
「わかっている。自分の性格は嫌というほどな。しかし蘭丸ごときにもそう思われていたとはな。」
「ご、ごめんなさい……」
「まぁよい。勝手に力を使ったのは俺だからな。それより早く宿を見つけんと暗くなるぞ。」
「は、はい。」
「…………」
思ったより怒っていない様子の信長にホッとしつつも、秀吉の視線が少し痛かった蘭だった……
―――
・永禄元年(1558年)、織田軍は浮野で伊勢守家の軍と衝突。これを撃破する。翌永禄2年、伊勢守家の居城・岩倉城を落とし、尾張統一を果たした。
・蝶子が奇妙丸を預かり、育てる事になる。信長に拒否権はないと言われ腹が立ったが、良く見ると小さい頃の蘭に似ていたのでつい承諾してしまった。
・永禄2年(1559年)2月、市が北近江の浅井長政に輿入れする。市さん、元気かな……
・その半年後、信長は武田信玄に同盟を依頼。『念力』の力を持つ信玄にしてやられ、結局条件付きの同盟を結ぶ事になった。
・それを受けて永禄3年(1560年)、信長は自分の姪を養女とし、武田信玄の息子・武田勝頼に正室として嫁がせた。これによって織田・武田間の同盟は成立した。
「何か所々に個人的な感想が入ってんだけど。」
「いいでしょ、別に。それよりもう4年が経つのね。きーちゃんも4歳になって随分大きくなったし、市さんにも赤ちゃんができたって手紙に書いてあったし。時の流れって早いものね。」
蝶子はふぅっと息を吐いて、庭で遊ぶ奇妙丸を眺めた。
「そうだな。俺が京都に行ってからいつの間にか年が開けて、今は永禄3年、つまり1560年。ホント早いよなぁ。年表もここまで増えたし、俺達もすっかりここの人間として暮らしてる。慣れというのは恐いな。」
蘭が蝶子の作った年表を見てため息を吐くと、蝶子が振り向いて言った。
「でもさ、当たり前の事だけど皆はそれなりに歳をとってるって感じるけど、私達ってそんなに変わってないじゃない?どういう事だと思う?」
「うーん……もしかしたらあっちの世界ではまだ一年そこそこしか時が流れていないとか?」
「そう思うよね。やっぱりそうなのかな。最近ね、思うんだ。いっそこのままここで一生暮らした方がいいのかなって。」
「……え?」
「タイムマシン作りね。あれ結構手こずってて……きーちゃん育てながらだからイマイチ集中出来ないっていうのもあるし、やっぱり父さんと連絡取れなくなったの痛くてさ。でもそう思っちゃうと市さんに悪いじゃない?だから頑張るんだけど上手くいかなくて。下手に弄ったら壊しちゃいそうで恐いし、ちょっと今スランプなんだ。」
「蝶子……」
いつも明るくて前向きな蝶子が珍しく落ち込んでいるのを見て、蘭は言葉に詰まった。
「何てね。ここで一生暮らすなんて嫌だよね。私何言ってるんだろう……ごめん。」
「いや、謝る事ねぇよ。俺の方こそ奇妙丸の世話とかタイムマシン作りとか、お前にばかり任せててごめん。」
「いやいや。きーちゃんの世話はあんた関係ないでしょ。どさくさに紛れて変な事言わないでよね。」
「うっ……ま、まぁとにかくだ。俺が言いたいのは、俺もここでの生活が充実してて例えタイムマシンが完成してもすぐには帰る気ないって事だ。だから無理して作らなくてもいいし、そんなに落ち込む必要ないって。な?」
「うん……そうだよね。もう少ししたらスランプ脱出出来るかも知れないし、私達だけまだ若いっていうのは嬉しい事だし。」
そう言って笑顔を見せてくる蝶子に、蘭はハッとした。
(あ、あれ……?何だかドキドキする。え?何に?誰に?……まさか蝶子相手に……?)
「蘭?」
「へっ?」
「どうしたの?変な顔してたよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫だから!こっち来んな!」
「変な蘭……あ、きーちゃん。ダメよ!木登りしちゃ。危ないから……」
慌てて庭に出て奇妙丸を木から下ろしている蝶子に背中を向けた蘭は、痛いくらいに高鳴る心臓を抑えた。
(一体俺はどうしたんだ……?)
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