上 下
48 / 124
混乱の尾張

越後の龍

しおりを挟む

―――

 時は16世紀中頃。後に戦国時代と呼ばれる、この国が戦乱の渦に巻き込まれていた時代。誰もが国の頂点、つまり天下を獲ろうと親兄弟関係なく争っていた。

 その中で熾烈な戦をかいくぐって有力武将となっていたのが、越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄。そして相模の北条氏康と駿河の今川義元。

 甲斐・相模・駿河の三国は甲相駿三国同盟こうそうすんさんごくどうめいを結んで互いに警戒・協調関係を築いていた。そして甲斐は越後と数度に渡る戦いを繰り広げていて、その決着は未だついていない。

 越前では朝倉、北近江では浅井が若き当主を迎えて躍進中であり、西では毛利元就が安芸国をほぼ制圧していた。

 そして尾張では稀代の大うつけと言われた織田信長が、そのカリスマ性と厳しい政策で着々と力を見せつけてきており、一層混迷が広がっていた。

 誰が天下を獲ってもおかしくないこの状況の中で最後に笑うのは一体誰なのか。日々戦の跡が残る中、果たしてこの先平和な世の中が訪れるのか。

 それを知っているのはずっとずっと未来の人間だけ。

 現在この時を生きている人々が抱くのはまた明日も生きていたいという切実な思いと、大切な人の無事を願う心からの想い。


 もし、いつ収束するのかわからないこの世の中を救ってくれるかも知れない風穴がどこからともなく現れたら、人はどうするのだろうか。

 気づかずに通りすぎるのか、自ら手を伸ばすのか。

 未来を変える事が出来るかどうかはその人次第……なのかも知れない。



―――

 越後、上杉邸


「殿。言われた通りの物を持って参りました。これが桶狭間の戦場に落ちていた石で御座います。」
「うむ、ご苦労だった。」
「それと近くにこれもあったので持って参りました。」
「これは……槍か。ん?この家紋は確か今川の。」

 そう言うとこの屋敷の主、上杉謙信は家来に持ってきてもらった石と槍を畳に並べて目を瞑った。おもむろに手を伸ばして石の方を触る。しばらくの沈黙。そして――

「……なるほど。今川義元はやはり能力者だったか。『物体取り寄せ』とはまた便利な力だな。それにしてもあの松平元康が織田信長と手を組むとは流石に考えつかなかった。そしてこの足軽……一体何者だ?う~ん、この石ではこれ以上はわからぬな。それではこっちの槍を視るか。」
 謙信は石から手を離して隣の槍に触れる。また先程と同じように目を瞑った。

「大体は石と同じか。でもこれには義元の最期の思念が色濃く残っている。元康に裏切られた無念の思いと、これは……何かに驚いているのか?思ってもみなかった事が起こった時に人はこういう反応をする。もしかしたらこの足軽に対して心の底から驚愕しているのかも知れない。信長、元康よりも要注意人物という事なのか。」
 ふうっとため息を吐くと石と槍を風呂敷の中に戻す。そして眉間を揉んだ。


 謙信は越後国主である。これまで上杉一族及び周辺の諸将らと戦を繰り返し、特に武田信玄とは深い因縁で結ばれている間柄であった。

 越後の制圧に苦心した謙信は一度は仏の道に踏み込もうとしたが、家臣達の声があって再びこの城に戻ってきたのである。

 そして謙信には凡人にはない特別な力があった。それは『残留思念の分析』という、物質に宿った人間の思念を読み取ったり分析する事が出来る能力だ。

 固体はもちろん、液体でもその力は通用するので、例えば湖や川などに流れてくる思念もわかってしまう。

 謙信はこの力を使って今の地位まで登り詰めた猛者であり、その圧倒的な強さで周りから畏敬の念を抱かれているのであった。

 先程家来が持ってきた石と槍は、先日の桶狭間での織田軍と今川軍の戦いの戦場跡にあった物で、謙信がその戦いの様子を知りたいと願って取ってきてもらった物だった。

 このようにその場にあった物を持ってきて思念を視るという事も出来る、正に便利な能力であった。


「しかし今は奴……信玄を何とかしないといけないな。さて、どうしたものか……」

 謙信は襖の向こうを見てもう一度ため息を吐いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...