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いざ、戦場の中へ
元康の野望
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蘭が通された場所は庭が見える広い部屋だった。ここが大広間なのだろう。
導かれるままに座った蘭だったが、やっと頭が追いついてきた様子でハッとした顔をした。
「あの!どうして俺の事知ってるんですか?まさか俺達の事を調べてた……?」
まさかと思いつつも聞くと、元康は首を振った。
「織田家に密偵は送っていませんし、調べた訳ではありません。私は君の……いえ、君達の味方です。」
「味方?貴方は今川義元の家来なんですよね?」
「いいえ。私はあくまでも今川の人質。あの方がどう思っているかはわかりませんが、家来になった覚えはありません。」
きっぱりとそう言い切る元康。蘭は今度こそ訳がわからなくなって頭を抱えた。
(どういう事だ……?元康が俺達の味方?確かに織田家と松平家は同盟を組むけど、それは桶狭間の戦いの後のはず。それに俺の名前を知っていた。本当に何者なんだ?)
心の中でぐるぐるしていると不意に笑う声がする。顔を上げると元康がにこにこしながら言った。
「私に力がある事は聞いていると思いますよ。信長殿から。」
「え?」
「どんな力なのかは気づいていない様でしたが。」
そこで蘭は思い出した。確か信長は、元康にも何かしらの能力があるらしいと言っていた。一体その力とは何なのか。
再びぐるぐるし出す蘭を表情の読めない顔で見たかと思うと、徐に庭の方を向いた。
「そこにいるのは確か柴田、勝家殿ですよね?」
「え!?」
蘭の声に合わせるように庭の植木がガサッと揺れた。勝家が驚いたのだろう。しかししばらく待っても勝家が出てこないので、仕方ないといった感じで蘭の方に向き直った。
「柴田殿とは一度顔を合わせました。その時に彼の三日後を『予知』しました。」
「よ……ち…?」
「先見の明とも呼ばれますね。私は特定の人物の三日後までの未来を視る事が出来るんです。」
「そんな事が……」
「えぇ。それで柴田殿の未来を視たところ、清洲城に帰って行く姿と信長殿と会っている場面が視えました。という訳で柴田殿は織田家の家臣で優秀な密偵であると確信したのです。」
元康の話を茫然と聞きながら、蘭は庭に視線をやる。ちょうど勝家が植木の陰から立ち上がったところだった。気づかれている以上、隠れている意味がないと思ったのだろう。勝家は蘭と目が合うと「面目ない。」と頭を下げた。
「柴田殿に頼みがあります。私が独立する為に力を貸して下さるよう、信長殿に伝えて頂けないでしょうか。」
「独立!?」
蘭と勝家の声が重なった。思いもよらない言葉に流石の勝家も二の句が継げない。
「ずっと機会を窺っていたのです。いつか松平家を再興して今川を滅ぼす事を。その為に人質らしく大人しくして逆らう事なく生きてきました。元服してからは密かに父の松平広忠に仕えてくれていた家臣を探し出し、数年かかってようやく兵力・武力共に今すぐ出動出来る体制を整えました。後は協力してくれる人物を探すだけ。そしてついに見つけたのです。勝家殿、三日前に貴方をもう一度視させて頂きました。するとこの蘭丸君が信長殿の書状を持ってここに来るとわかりました。私は思わず飛び上がりましたよ。やはり松平家を救ってくれるのは織田信長だとね。」
一気に喋った元康はそこで大きく息を吐いた。興奮しているのか頬が蒸気している。
今まで誰にも言えずにいた思いをやっと吐き出せたという様子だった。すっきりとした表情をしている。
最初に会った時の印象が徐々に柔らかくなっていくように感じた。
「柴田殿。お願い出来ますか?」
「……承知しました。信長様にお話してみます。」
「ありがとうございます。あ、蘭丸君の事は私が上手く義元様に話しておくので、柴田殿は今すぐにでも清洲城に帰られても大丈夫ですよ。」
「しかし……」
「一刻も早くお伝え願いたいのです。」
和らいだと思った鋭い瞳が勝家を貫く。電流が走った様に一瞬体を震わせた勝家は、蘭を見ると何とも言えない顔をした。
「すまない。俺はこれで帰るが、代わりに長信をここに潜ませる。でも信長様に話をしたらすぐに返事を持って戻ってくるから、どうかそれまで上手くやってくれ。」
必死の形相の勝家に怯みながらも蘭は力強く頷いた。
「大丈夫。元康さんは信用してもいいと思うから。それより俺からもお願いしますって信長様に伝えて。『いずれそうなる運命だから。』って。」
「承知した!」
言うが早いか、勝家は庭を後にした。
「『運命』……ね。やっぱり君は何百年も前の未来から来たんですね?」
一瞬誤魔化そうと頭を働かせたが、元康は全部知っているのだと思って無駄な抵抗だと諦めた。
「はい。俺の事視たんですね、さっき。」
玄関で会った時の事を思い出す。あの時、元康の鋭い瞳に見られた瞬間、頭がボーっとして何が何だかわからなくなった。名前を呼ばれて驚いただけだと思ったが、あれはきっと元康の力が作用した結果だったのだろう。そう言えば以前信長も同じような事を言っていた。元康と目が合った途端、訳がわからなくなって気づいたら部屋に帰っていたと。
「あんな一瞬で視れるものなんですね。何処まで知っていますか?」
「君の名前。そして君と蝶子さんという女性が未来から来たというのは知っています。でも私が視れるのは今日から三日後までの君の未来だけ。詳しくはわかりませんでした。なので出来れば聞かせてくれませんか?君がこの今川家で過ごすにあたって不自由しないように、何かあれば私が手助け出来るように。」
にっこりと微笑む元康。人懐っこいようで、その実目は笑っていない。それでも不思議と警戒心は沸かなかった。
それはきっと蘭の松平元康、後の徳川家康に対するイメージのせいである。
徳川家康は自分が天下を取るまで決して焦らず慎重に物事を見極め、誰についていけば成功するのかとことん吟味した。そして訪れたチャンスをものの見事に掴んで、江戸幕府を開いた。
虎視眈々と獲物を狙いながらも、その時までは大人しく身を潜める。歯向かったり見限る事もない。
現に今までだって今川を裏切る事はなかった。今が絶好のチャンスだからこそ、織田信長に助けを求めている。
ここはギブ&テイクだと決意して、蘭は元康に全てを話す事にした。
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