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いざ、戦場の中へ

任務開始

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―――

 結局モニターは蝶子の部屋のタイムマシンの残骸の中にあった。ラッキーな事に画面は割れていなかったが、案の定壊れていた。
 一瞬がっかりした蝶子だったがすぐに立ち直って、自分が直すと再宣言したのだった。

 それで色々と話し合った結果、またイチから連絡がくる事を考えて市の部屋には昼間はねねが常駐する事にして、夜は蝶子が今まで通り寝泊まりする事になった。

 蝶子はその空いた日中の時間を作業に当てるという事にして話は纏まった。…かに思えたが……


「やっぱり道具がないと無理!」
 そう叫ぶとモニターを投げ出した蝶子。蘭は呆れた顔をした。

「当たり前だろ。逆に道具なしでどうやって直すつもりだったんだよ。っていうか、俺も今更だけど。」
「む~~……」
「口尖らすな。……なぁ?俺に考えがあるんだけどさ。」
「え?何?」
「取り敢えず紙にその欲しい道具の絵を描いてくれない?」
「何急に……ってまさか蘭!」
 蝶子が目を大きく見開いて驚いている。蘭は頷いた。

「あぁ。決心がついた。いつ行くかは信長と話をしないとわからないけど、今川の邸に行く。スパイとしてね。」
 悪戯っぽい笑顔でそう言う蘭を恨めしそうな表情で見る蝶子だった。

「だってその道具が無いとモニターが直せないんだろ?モニターが無きゃねねちゃんの力が発揮出来ないんだから、ここで義元の力が必要なんだ。迷ってる暇はない。」
「でも……」
「それに時間がないと思うんだ。」
「時間?」
「史実通りにいくならもうすぐ桶狭間の戦いが起こる。いくらこっちで戦う気がないとはいえ、今川の方で挙兵するかも知れない。その時までに義元にタイムマシンを取り寄せてもらわないと俺達は永遠に帰れないんだ。」
「…………」

 蘭のいつもと違う剣幕に蝶子は息を飲む。

「だから一か八か、やってみようと思う。もしモニターの道具が無事に取り寄せたらそれで直してくれ。上手くいけばモニターを通じてねねちゃんの『念写』の力でタイムマシンの絵が完成する。そして最後にそれを取り寄せればいい。どうだ?」

 勝ち誇ったような顔でそう締めくくる。しばらく蝶子の様子を窺っていたが、蝶子は俯いたまま黙っている。怒っているのかと思い恐る恐る話しかけた。

「あ、あの……蝶子?」
「わかった。蘭がそう言うなら止めない。でも私も今、蘭の話を聞いて決めた。」
「何を……?」
 さっきまでの自信満々な態度は何処へやら。ビクビクしながら聞いた。

「父さん、分割して作ってるって言ってたわよね?」
「言ってたな。それが?」
「だから分割したものをそのまま飛ばしてもらうの。で、こっちで私が組み立てる。どう?」
 さっきの蘭の口調を真似て勝ち誇ったような顔をする。腰に両手を当てるというおまけつきだったが。

「大丈夫なのか?お前にタイムマシンの組み立てなんて出来るのかよ。」
「失礼ね。やってみないとわからないじゃない。それに私を誰だと思ってるの?ノーベル賞受賞者の娘よ?ずっと父さんと一緒に研究してきたんだもん。道具さえあれば何とかなるわよ。」
「どっからくるんだよ、その自信……」
 蘭はため息を吐いた。

(でも俺も同じか。今川の邸に行って生きて帰ってこれるという根拠のない自信がある。後がなくなった人間って何も恐くなくなるのかな。)

「よし、わかった。お互い頑張ろうな。」
「うん!」
「じゃあ俺、信長にこの事を伝えに行くから。細かい事は後で相談しよう。」
「わかった。」
 軽く頷き合うと、蘭は蝶子の部屋を出て行った。



―――

「そうか。決心がついたか。」
「はい。」
「それでは早速偽の書状を用意する。設定は覚えてるな?」
「織田家の密偵らしき人物に後をつけられていて、さては自分を抹殺しようとしているのではと疑っているんです。なのでどうか匿って欲しい!というやつですね。」
「おい……馬鹿にしてるのか?」
「へっ?あ、いや……滅相もございません!」
 そんなつもりはなかったのだが、信長の鋭い目に見つめられて慌てて両手を振った。

「ふん。まぁよい。……紹介しよう。入れ。」
「?」
 不意に信長が襖の向こうに声をかけた。蘭が首を傾げていると襖が音もなく開き、一人の人物が滑るようにして入ってきた。

伴長信ともながのぶという。甲賀の忍者だ。」
「忍者!?」
 思わず大きい声が出た。信長は怒る事もなくむしろ楽しげな笑みで続けた。

「そうか。未来では忍者は存在せぬか。なるほどな。」
「あの……」
「あぁ。この長信は全部知っている。俺が話した。何せ、ねねが写したタイムマシンの絵を届けたり、未来から届いたタイムマシンを持って帰ったりする役目だからな。忍びの者だけあって余計な事は見ざる言わざる聞かざるだ。安心して使うがいい。」
「はぁ……」

『忍者』なんて映像でしか見た事のない蘭は、長信を茫然と見つめた。しかし当の長信は方膝をついた姿勢でずっと頭を下げている。

「勝家には今川に張りついてお前に何かあった場合助けるという仕事がある。となるともう一人協力者が必要だ。それがこの長信だ。長信、今日からお前の主はこの蘭丸だからな。くれぐれも抜かりのないように。」
「はっ!」
「あ、主って?」
 戸惑い気味に聞くと、『何を言ってるんだ。』という顔をしながら信長は言った。

「お前が命令すればこの長信は忠実に動くという事だ。」
「そ、そうなんですね……あ、よろしくお願いします。」
「…………」
 頭を下げると長信も無言で頭を下げた。

「それでは書状の準備が出来次第、出発してくれ。」
「はい!」

 こうして蘭の任務が始まった。



―――

「行くのね。」
「あぁ。」
「お気をつけて。絶対に帰ってきて下さいね。」
「大丈夫ですよ、市様。」
「君が留守の間は私が帰蝶様のお世話を仰せつかりました。必ず戻ってきて下さい。」
「光秀さん……蝶子を、帰蝶様をよろしくお願いします。」
 にっこりと微笑む光秀に蘭も笑顔を返す。

 光秀には密偵の任務でしばらく今川に張りつくという事しか言っていない。少しの罪悪感を抱きつつも、自分がいない間の蝶子の事を頼んだ蘭だった。

「まったくあいつは何やってんのかしら。見送りにも来ないで。薄情にも程がある!」
「お兄様は照れ屋ですから。きっと心の中では蘭丸の事を心配しています。しばしの別れが淋しくてきっと出て来れないんですよ。」
「どうだか。」
 ふんっ!と鼻を鳴らす蝶子をまぁまぁと宥めた蘭は、荷物を抱え直した。

「じゃあ……行ってきます。」
「うん。本当に気をつけてね。私、待ってるから!」
「おう。」

 両手を胸の前で組んで少し涙目になっている蝶子に軽く手を上げると、蘭は後ろ髪を引かれながらも踵を返して歩き始めた。



 清洲城から出てしばらく歩いていると、ふと後ろから視線を感じて振り向く。
 そこには忍者の長信が立っていた。

「そうだ。そういえば織田家の密偵の役も貴方でしたね。どうです?一緒に歩きませんか?」
「いえ。私の役目は蘭丸様を守る事ですから。」
「その『蘭丸様』って止めて下さいよ。呼び捨てでいいのに。」
「いえ。貴方様は私の主ですから。」
 頑なな態度に蘭は盛大にため息を吐いた。

(ま、いっか。守ってくれてるのは心強いし、向こうに着いたら勝家さんもいる。)

 そう思うと元気が復活してくる。大きく肩を竦めた蘭は、長信を引き連れて再び歩き出した。



「着いた……」
 蘭は足を止めて目の前の建物を見上げる。清洲城ほどではないが大きな邸だった。
 ごくりと唾を飲み込むと、一世一代の大芝居を打つべく門の中に入っていった。

「ごめん下さ~い……」
 蚊の泣くような声だったが届いたようで、奥から足音が聞こえてくる。蘭はもう一度喉を鳴らしてここ数日繰り返し練習した台詞を放った。

「あ、あの!織田信長公より書状を持って行くようにと仰せつかった者ですが、大変なんです!助けて下さい!僕の名前は……」
「待っていましたよ。森蘭丸君。いや……藤森蘭君?」
「……え…?」
 驚いて顔を上げる。そこにいたのは柔和な表情であるのに目が不気味な程鋭い人物だった。

 蘭が呆気に取られているのにも関わらず、その人物は相変わらず表情を崩さない。そしてダメ押しとばかりにこう言った。

「私は松平元康と申します。さぁどうぞ、上がって下さい。義元様は今は不在ですので。」

 言われるがまま邸の中に足を踏み入れる。蘭は何が何だかわからない状態で、元康について行くしかなかった……



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