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日常に潜む不穏な動き
戦場からの手紙
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「清洲会議、ねぇ~……」
一人になった蝶子は小さく呟きながら、部屋の中央に敷いた布団に寝っ転がった。
ついさっきまでここで蘭と市と一緒に、今まで得た情報を整理していた。その時、蘭がここが何という城かと市に質問をして、その答えが清洲城だった。
聞いた瞬間蘭の表情が変わったのが気になった蝶子は、市が出て行った後に蘭に尋ねてみた。
『清洲城がどうしたの?』
一瞬戸惑った顔をしたが、蘭は答えてくれた。
清洲城は信長が死んだ後、秀吉や勝家らが今後の織田家の後継者や領地の配分等を決める、清洲会議なるものが行われた場所だと。そしてそれを機に家臣同士の間に亀裂が走って、秀吉が天下を取るまで再び戦が始まるのだと、悲しげな顔で教えてくれた。
歴史には詳しくないしあまり興味もないが、今普通に生きてこの世界に存在している『織田信長』という人物が、あと何十年か後に死ぬという事実を知っている。しかも大体の事情もわかっているというのは、ここに来てまだ数日だが実際に本人に会って話をしている身からすればやっぱり辛いだろう。
「蘭は優しいから…まぁそういうところが好きなんだけど……」
ボソッと呟き、一人で赤面する。両手で顔を覆って足をバタバタさせようとして、自分が今着物である事に気づいた。
「慣れないなぁ……」
上半身を起こすと乱れた裾を整える。そしてため息をついた。
「市さんはあんなに綺麗に似合ってるのに、それに加えて私は……」
市は産まれた時からお姫様で、蝶子は22世紀の未来で家の事はイチという家政婦ロボットに全部任せてきた身。
もちろん着慣れている、いないの違いはあるけれど、その前に内面から滲み出てくる凛とした美しさが自分にはない。市はきっと織田家に産まれて辛い事もたくさんあっただろうが、それが強さや自信に繋がっているのだろう。
初めて会った時に当たり前のように上座に座って悠然と微笑まれた瞬間、蝶子は市に憧れを抱いたのだ。
そして思った事は、一人の女性として蘭に振り向いてもらいたい。という事だった。
でも世の中は上手くいかないもので、その時にはもう既に信長の妻になると決められていた。
「偽装だけど……でもどっちみち見込みはないか。蘭の奴、取り敢えず結婚しろとか言うし、私の事気にする素振りも見せないんだもん。」
そう言うと今度は長い長いため息をつき、後ろから布団に倒れ込んだ。
―――
数日後――
「あの、森さん。信長様は大丈夫ですかね?」
蘭は城の台所で夕餉の仕込みをしながら、隣にいる可成に聞いた。
「殿なら大丈夫。」
「どうしてそう言い切れるんです?俺なんか心配で心配で……」
「自分の主君を信じているからだよ。それに織田信長という男はそんなに簡単に死なない。だから大丈夫だよ。」
そうきっぱり言い切る可成を茫然と見つめる。そして次の瞬間、恥ずかしくなった。
自分はこれから起こる事を知っている。この戦では信長は死なない事を知っているのに、不安になってつい弱音を吐いてしまった。蘭は気づかれないように隣に視線を移す。
可成は鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌な様子だった。
(凄いな~家来の鑑だな。未来がわかってる訳でもないのに、こんだけ信じられるなんて。)
信長よりは歳上とはいえ、まだ30代くらいだろうか。この実直で忠実な人が、この世界では自分の父親なのかと不意に不思議な感覚に陥った。
実の父親はポンコツですぐ小言を言うし、精神年齢が幼稚園児以下で実験が成功した試しがない名ばかりの科学者。
天と地ほどの差がある事を実感して思わずため息が出た。
「どうした?まだ心配か?」
「い、いえ!……俺も信長様を信じようって気合い入れたとこです。」
力強く言うと、可成はうっすらと笑った。
「親子なんだから敬語はなしだぞ?他の者の前ではある程度丁寧な言葉遣いを心がけなければいけないが、二人の時はそんなに畏まらなくてもいい。」
「はい、すみません!…あ、ごめん。」
「それと呼び方は『森さん』じゃなくて?」
「……父上。」
「よろしい。」
再び柔らかく微笑まれて、蘭の若干緊張していた心がほどけていった。
「可成様!!」
その時可成の従者とおぼしき男が、何かを右手に握り締めながら台所に駆け込んできた。
「どうした!?」
「……道三氏が……」
震える手が握っていたのは手紙だった。それを可成に渡す。可成は冷静な手つきで受け取ると、中から紙を取り出した。
「……承知した。」
一読すると静かな声でそう言う。一見気丈に振る舞っているように見えたが、だらんと下げた左手は少し震えていた。
パサリと音を立てて落ちた紙を蘭が拾う。一目見た瞬間、そっと瞳を閉じた。
その手紙は道三の死と、信長が自ら軍の最後尾を務めて帰還するという報せだった……
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